50マイルの笑顔(カフェシーサイド13)

帆尊歩

第1話 幸せの形 1

「手代さー」とカフェシーサイド「柊」の謎の店主、遙さんが声をかける。

砂掻きも一段落で、店内に戻って来たときだった。

「はい」

「50マイルってどれくらい」

「1マイル1.6キロだから、80キロくらいじゃないですか」

「ああ、ちょうど東京から塩浜くらいか」

「何ですかそれ」

「いや、今日カコちゃんと孝君が真希ちゃんに会いに来るんでしょう。花火大会、予算減で中止なのに」

「そうですよね。二人、上手くいっているのかな。50マイルの笑顔が見えたら良いですね」と、何故かいつもいる数少ない常連の香澄さんが、幸薄そうに言う。

「うまい、と言いたい所ですけれど。香澄さんが言うと、不幸になっていそうで」最近の僕は香澄さんに遠慮がない。

「酷いな、私は少しでも幸せをお裾分けしてもらいたいだけで。ねえ遙さん」

「いやー、私に振られても。そもそもお裾分けという思考が、もう不幸をしょってるでしょう」

「ああ、遙さんまでひどい」

「ただいま」息を弾ませながら、ウエットスーツの上半身だけ脱いだビキニ姿の真希が入って来た。

「カコ達来ました?」サーファーの真希はこんな日も海に出る。

「まだ」と遙さんが短く答える。

「真希ちゃん、寒くないの。もう秋だよ」香澄さんが寒そうに言う。

「いえ暑いくらいですよ」

「いいね、若いって」と香澄さんが寂しそうに言う。オイオイ、と僕は心の中で香澄さんに突っ込んだ。

「眞吾さん、砂掻きは?」

「終わった」

「じゃあ、遙さん着替えてくるんで。店内の方に入りますね」

「良いよ、急がなくて。お客さん香澄さんだけだから」

真希とカコはサーフィンをするために、二人でこの塩浜にやって来て、僕の隣に部屋を借りた。

その後、カコは妊娠が発覚。一人で育てる決心をした矢先、相手の孝が、この塩浜に迎えに来た。

一人残された真希は、ここ「柊」でバイトしながら、今だ僕の隣の部屋にいる。

今日はカコがなんと、生まれた子供を東京から見せに来るのだ。


酒盛り、いやもとい、お食事会はいつものメンバー、遙さん、沙絵さん、香澄さんと僕、眞吾、そして真希、カコとその旦那孝、新しいメンバーの赤ちゃんで楽しく進んだ。

七ヶ月前ここで同じように、カコの送別会を開いたのが、昨日のようだった。


お開きになり、元の真希とカコの部屋に、カコと孝と赤ちゃんが泊まることになり、お邪魔虫の真希の居場所が問題となった。

「手代、真希ちゃん泊めてやんなよ、隣の部屋でしょ」と遙さんが言う。

「えっ」

「だからといって、変な事はするなよ。何かあったら、あたしが許さん」いや、沙絵さん恐いです。

だったら真希を泊めろなんて言うなよーと、僕は思った。

「私は別にかまいませんよ。眞吾さんの事、信用していますし」信用されていると言い切られるのも、複雑な心境だ。

一応部屋は二つあるので、別々に布団を敷く、とは言っても仕切りはふすまだ。

二人で夜のバルコニーに出る。

「眞吾さんのお部屋、海見えるんですね」うちのマンションは海に面して垂直なので、基本海は見えない。

「いや、この首を伸ばして、ねじって、こんなだよ」と言って、僕は手を十センチくらいの幅で真希に見せた。

「だってうちなんか、そこの木で全く見えませんよ」

「そうなんだ」

「でもカコ達、幸せそうで良かった」真希がバルコニーの手摺りに肘を突いてつぶやく。

「まあ人生いろいろあるけど、二人が頑張れば」

「あれ、眞吾さん否定的ですね」

「そんなことないよ、次は真希ちゃんだろ」

「私はダメ。みんなの幸せを奪いそうになったんだから」

「でもだから、全てを捨ててこの塩浜に来たんじゃないか、結局誰も不幸せにしていない」

真希の愛した人は、子供もいる既婚者だった。

駆け落ちしてくれとまで言われ、一度は崩れそうになったが、自分の存在で多くの人を不幸にする重圧に耐えられなくなった真希は、カコと共にこの塩浜に逃げてきた。

「でもカコちゃんばかり幸せになったら、悔しいでしょ」

「そんなことないですよ。カコが幸せなら、私だって少しは幸せになれる。そういう幸せの形だってあるんです。それにみんないるし、遙さん、沙絵さん、香澄さん、そして眞吾さん」

「いや僕は、別に、真希ちゃんが幸せになれるなら」返事が意味不明だ。真希には幸せになって欲しい。

「アッ流れ星」

「えっどこ」

「ほら」真希の指す方にいくつかの流れ星が見えた。

「真希ちゃん、お願い事した?」

「カコ達が、幸せになりますように。眞吾さんは?」

「僕は、お金持ちになれますように。来年は塩浜の花火大会が開催されますように。

可愛い彼女が出来ますように。「柊」のバイト代が上がりますように」

「そんなに頼んだんですか。もう欲張りなんだから。あんまり頼むと、神様がこの欲張りめ、そんな奴の願い事なんか、聞かんて言われますよ」

「そうか。ヤバイヤバイ」と言って、僕は笑った。

でも嘘だった。

僕の願い事は、たった一つだ。


真希ちゃんが幸せになれますように。

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50マイルの笑顔(カフェシーサイド13) 帆尊歩 @hosonayumu

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