感謝の声と鈴の音を背に店を出る。

 閉館まで勉強をした後、どうしてか帰るには早い気がしてしまい、思い付きで徒歩では少し遠いファミレスまで来てしまった。

 柄にもなく大盛りにした定食と食後のコーヒーまで味わったため、思ったよりも帰宅は遅くなりそうだ。


 朝は心地良く感じていたが、今の夜気はこの装いには厳しい。

 一台の車が横を通り過ぎて起きた風に、わずかに体が震える。

 風が吹くたびに身を縮こまらせながら進み、角を左折する。

 ここからはずっと直進をし、もう一度左折すればすぐに自宅がある。

 まっすぐ続く道に街灯は多くなく、店や家から漏れ出る明かりも少ない。

 車がまだ動いてくれている時間なおかげで、少しは明るさが保たれている気がする。

 また一つ後ろから強い明かりに照らされ、過ぎて暗さが戻る。

 暗さは後ろ向きを示すものではないが、どうしても思考が後ろを向く。

 過去はいつまでも過去で、変わらないからこそ、その輝きもおとろえない。

 過ぎたもの、置いてきたものの明るさで足元さえ真っ暗で進むべき道も、進めているかも分からない。

 変わらず動く足が刻む音をかすかに耳が捉える。

 人気もなく、静かすぎるほど静かだ。

 深夜と呼ぶにはまだ早く、大学周辺であればまだまだ人の行き来が多くてもいいような時間であるのに、すれ違った人すら数えるほどしかいない。

 漂う寂しさに、独りであることを実感させられる。

 今日も残すところ三時間もないだろう。

 そういえばこのくらいの時間だっただろうか、あの日も。




 夏休み前最後の登校を終え、来る二か月ほどの休暇に心が躍る。

 優秀とまでは言えないが悪くない成績を修め、今学期も無事単位を落とさずに終えられたことに安堵する。

 本当であれば浮かれ気分で友達とどこかへと行きたいところだが、やれいつまでにレポートを提出だ、だのと皆何かを抱えている様子だったので、今日は大人しく家路につくことにした。

 夕食を済ませ、パソコンとにらめっこをしていると傍らに置いてあったスマホが震え始める。

 1コール鳴り終わらないほどの速度で応え、右耳に当てる。


 『もしもし?今大丈夫?』


 適当に時間を過ごしていたんだ、当然問題はない。

 むしろ彼女の方は、友達とのご飯の予定があり今夜は忙しくしていたはずだ。


 『今、解散したとこ。私だけ方向違くて一人になっちゃったから、寂しくて掛けちゃった』


 そんなかわいらしいセリフがよくすらすら出てくると感心する。


 『思ったより早く終わったからさ、今日そっち行っていい?』


 もちろん断る理由なんて一つもない。

 一度通話をスピーカー状態にし、部屋着から外出用の服へ着替える。

 お店は駅側だっただろうか、大学側だっただろうか。


 『お店の場所?ううん、大学側。なんか見た目普通のお家みたいなお店だったんだけど、すごいお洒落しゃれだったし、美味しかったから、今度二人で行こ!』


 一年過ごしただけでは、この土地もまだ知らないことばかりだ。

 大学側なら一番近いコンビニは、大学の最寄りと同じだろう。


 『そうそう。今そっちの方に歩いてる』


 今から向かうとなると、少し待たせてしまうかもしれないため買いたいものを選んでおくように伝える。


 『ありがとう。何か食べ物ある?』


 すぐに食べられるようなものは冷蔵庫に入っていなかった気がする。

 ご飯を食べたばかりだろうに、また食べる物のことを考えてるなと向こうには気づかれないように笑う。


 『今、まだ食べようとしてるなって思ったでしょ』


 これにはさすがに笑いをこらえることが出来ずに吹き出してしまう。

 夜の静けさに一際大きく響いてしまった笑い声をすぐに収め、同じことを考えていたからお互い様だと謝罪を入れる。

 続く話題は今日あった出来事の話。

 よく聞こえるように少し音量を上げたスマホは、声はもちろん足音さえも届けてくれる。

 その足音がいつもより随分とゆっくりで、遅れるだろうこちらを気遣ってのことではと思い至る。

 そんな些細な音さえ取りこぼしたくなかったからこそ、次の音は文字通り衝撃を与えた。

 唐突に右耳に響いた金属と金属がぶつかり合う音、数瞬の間を置いてする悲鳴と轟音。

 そこで繋がりは途絶え、光は消えた。




 嫌な耳鳴りはするが、歩く速度は変わらず、気付いたら見慣れた景色に。

 どの場所、どの時間にも君がいる。

 そのことを今一度認識する。

 振り返ることを良しとしないながら、前も見ず、ひたすらに足元だけを見続けた。

 過去の明るさは、今の暗さを見るための光じゃない。

 そう思っていながらも、かつての光の濃さと温かさに、これからが曇らされる。

 また一つ後ろから強い明かりが迫ってくる。

 過ぎ去って戻るはずの暗さは、より強まる明るさに飲み込まれる。

 失われた繋がりは、再び光で繋がれる。

 最期に右耳に響いたのは、悲鳴のように静寂を割くクラクションと文字通り衝撃を起こす轟音だった。

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灯る日 麗 音 @leon0129

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