第2話 こんにちは今世。
どうも、赤ちゃんです。
…。
……。
………。
…………いや、わかってる。
ふざけたかったわけではない。ただ聞いて欲しい。俺自身まだ頭の中が混乱していて自分でも今の状況に追いつかないんだ。そうだな。わかることから一つずつ順に追っていこう。
名前は日下部孝介。
某製薬会社の営業職に就いていた。
某大学卒、今年で38才になる。
地球の日本という地域に住んでいた。
…と、今のところ、それしかわからない。
ただ――
「――! ―― ――、――!!」
自分を抱っこして笑みを向ける綺麗な女性が「母親」だということはわかる。言葉は不明だが、魂的な何かで認識できているのかも。
「母親」?だと思われる女性の横で微笑んでいる男性は…「父親」?…こちらは美丈夫。どちらも同じ灰色髪なので兄妹なのかも。
この少ないヒントの中から何かを得るには難しい。それでも…この世界が自分が住んでいた世界、地域ではないことは理解した。
言葉が伝わらないこと、記憶では「灰色」という髪の人種を見たことがないから。何かの催しで奇抜な格好や髪型をする…物はあったようにも感じるが、この人たちは違うだろう。
そして何よりも――
約数時間程経ち、動かせるようになった目を動かして「両親(仮)」の顔を見る。
「――!! ―― ――!!!」
「――。―― ――、――」
視線を向けられた女性は微笑み、男性は何が楽しいのか恐る恐る…頰をつつく。
この人たちの顔に…見覚えがある。
そんなことはありえない。初対面だ…という気持ちはあるが、確信めいたものがあった。
自分は産まれて間もない可能性がある。失われた記憶は…自分の置かれた状況、環境は時間が経つにつれてわかるだろう。まず、何よりも…彼らの言語を理解しなくては始まらない。
日下部孝介(仮)もとい赤ん坊は意味不明な状況を打破すべく真撃に務める。
・
・
・
転生してから一年が経過。
「エリックちゃん。ママは大事な用事があるから…今日もお利口にしていてね〜帰ってきたら沢山、甘えさせてあげるからね〜」
灰色髪の美女は同じく灰色髪が生えてきた…「エリック」と呼ぶ赤ん坊の額にキスをすると赤子をベビーベットに置いて部屋を後にする。
「……」
ふむ、ようやく一人になれたか。
「母親」が確実に居なくなったことを確認した彼はむくっと立ち上がる。
「……」
父さんもそうだが…母さんはそれ以上に過保護だな。最近の赤子は自分のことなど自分でできるというのに…(特例中の特例)。
日下部孝介もとい…エリック・フラッジは赤子とは思えない思考を持つ。
この世界に生を成し一年が過ぎ去る間色々とわかった。大雑把にまとめた三つを話そうか。
一つ、自分が地球の日本から転生してきた存在であること。どうして転生したのかは未だに不明だが…「神」という存在と会ってもいないし、使命も受けていないので楽ではある。
二つ、自分の両親は「貴族」であり、この世界の「英雄」を担う。その話は他で話そうか…息子の自分もまた然り。家名は「フラッジ」。フラッジ辺境伯と言い、地方貴族だ。この世界の貴族の階級は…国王、公爵、侯爵、伯爵…その「伯爵」辺りに該当する地位だと思う。国王を除けば上から三番目に偉い地位に納まる。
三つ、この世界が「失恋のイタズラ〜真実の愛を求めて」という乙女ゲームの世界だとわかった。まだ不確かなことはあるが…最も有力なものが自分の両親の存在であり…自分自身の姓にもなっている通り「フラッジ」という名前。
「失恋のイタズラ〜」通称「シツイタ」は女性向けの乙女ゲーム。その中でも悪逆の限りを尽くす「悪役令嬢」が出てくる。その人物の家名が「フラッジ」。作中では「エリック」という名前だけが公表され、その悪名高い「悪役令嬢」には長男が居た…という情報もある。
「シツイタ」について詳しく話すなら…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
・失恋のイタズラ〜真実の愛を求めて。
二十年前、勇者とそのパーティは世界に絶望と恐怖の混乱を招いた魔王を討伐し、安寧の生活を取り戻した。
原作のヒロイン兼主人公テレシアはレニアム公爵の長女として性を成した。その本当の実態は…二十年前に討伐した魔王の生まれ変わり。ただ本人は記憶を失くしており、自分が魔王だという事実を知らずに人として育つ。
様々な人と交流し、出会いと別れを繰り返す。そんな最中、彼女は初めて心から惹かれ、愛する男性と出会い恋に落ちる。それを邪魔するのが…「悪役令嬢」エレノア。
彼を奪われ、失恋をした彼女。最悪なことに自分が魔王の生まれ変わり…転生体だと知る。それでも彼女は破壊の衝動や憎悪など感じなかった。それは人の優しさ、温もりを知ったから。
彼女は失恋から前を向き、自分が魔王の生まれ変わりとして知ってなお愛してくれる男性を探す。試練を乗り越え、過去と現在。運命にイタズラをされながらも真実の愛を探す。
それは魔物の王として産まれ、人として歩むただ一人の少女の群青劇。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
…うろ覚えだがこんな内容のはず。
それはいいのだが…俺が知る内容通りでなおかつ「シツイタ」の世界線なら…「BADエンド」という胸糞展開が用意されているはずだ。
わかりやすい例をあげるとするなら…ヒロイン兼主人公のテレシア嬢が人間を見限り、魔王の力を取り戻し破壊の衝動に駆られる…「シツイタ」をプレイしていたら誰もが味合う胸糞エンドの一つでもある…「破滅エンド」。
日下部もといエリックは厳しい顔を作る。
使命は無いと言ったが、それは第三者の介入の物がないだけであり、自分自身が折らなくてはいけない使命という名のフラグが存在する。
それは全ての悲劇の始まりである…「主人公」テレシアと我が妹となる…「悪役令嬢」エレノアの接触を防ぐこと。
そもそもの話、約四年後に産まれてくるはずである妹様を俺自身の手で「真っ当な令嬢」へと育て上げ、純粋無垢な少女にすればいい。
その間にも色々と障害になるものある。あるが、自分のためであり、世界のためでもある。兄である俺がなんとかしなくてはならない。
「…だいいちかんもんは…つよくなること」
エリックはまだおぼつかない言葉遣いで言葉を発し、両手を広げると力を込める。少しすると…蒼白い光が手のひらを中心に集まる。
昔、地球に居た頃聞いたことがあった。異世界に転生した記憶所持者は幼い頃から…自分の体を虐めて鍛えたり、魔力を高めたと。
幸い、この世界には――「オラクル」という物が存在する。それは名前が違うだけで「魔力」となんら変わらない軌跡。
「悪役令嬢」の妹が「魔力過剰体質」。両親が「英雄」という話の時点で自分には「魔力」――「オラクル」の才能があると知っていた。
「――みらいを、かえてみせる」
先駆者の知恵を借りる。
エリックは幼いながら自分の役目を定め、その目には決意の兆しとなる光を灯す。
「――エリックちゃん〜ママの用事が早く終わったから帰ってきたわ〜」
「あ、あぅ」
突然の母親の帰宅に驚きつつ、練習のため手に溜めていたオラクルを四散させ、両親や使用人、普段通りの普通の赤ん坊になりすます。
前途多難だな、おい。
それでも、止まることはない。
約四年後まで彼は邁進する。
※作者です。
もともと、長編で投稿する予定でしたが、色々な都合の上短編でまずは投稿します。
悪役令嬢…の兄に転生したので知識をフル活用して最悪のバッドエンドを回避します。 加糖のぶ @1219Dwe9
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