悪役令嬢…の兄に転生したので知識をフル活用して最悪のバッドエンドを回避します。
加糖のぶ
第1話 約束絶たれた前世。
とある営業課。
昼を過ぎ、各々が任された仕事を打ち込むべくデスクの上にある資料に目を通したり、パソコンと睨めっこして忙しなく業務をこなす。
「――昨日のドラマがさ〜」
「――今日の運勢は〜」
「――仕事終わったら、飲みにいくんだ」
その空間――オフィス内では緊迫した雰囲気はない。むしろ仕事の手を止めては、時おり近くの同僚や部下、先輩と談笑を交わす。
ガタッ。
誰かが立ち上がったことに一瞬その人物に注目が集まるもの直ぐに興味を失う。
その人物…男は身支度を整え、外回り用のブリーフケース片手に自分のデスクに置いてあった一つの写真立てを手に凝視。
「……」
男――
その姿は今から営業をするため外回りをする姿はなく、少し異常。それでも彼を指摘する人はいない…ある人物を除いて。
「――せーんぱ〜い!!」
とある女性社員は後ろ手に手を組みながら男、日下部の背後から近寄り親しげに話しかけ馴れ馴れしくすり寄り…覗き込むように手に持つ写真立てを背後から盗み見る。
「…む。
いつものことすぎて驚きが薄い彼は女性社員柚園の行動に嫌がる様子を見せず、咎めることなく…自慢するように写真立てを見せびらかす。
「見ろ。この間あった運動会の写真だ。うちの楓ちゃんは可愛いだろう? んん?」
写真立てに写る少女の名前を親しげに語る。そんな先輩に苦笑を作る彼女だが…その新調された写真に違和感を抱き、指摘することに。
「わ〜可愛いですね!! でも…どうして横顔の楓ちゃん…遠目からの写真なんですか?」
「…そ、それはだな…」
す、鋭いな…いや、焦る時間ではない。
内心とは裏腹にさっきまでの勢いは衰え、指摘された内容が「マズイ」内容だったためか…目を忙しなく泳がし、口籠る。
「もしかして〜」
動揺する姿を見て上手く口実を作れた彼女は満足げに口角をあげ、可愛い顔を嗜虐的に歪ませると…初めからわかっていた内容を耳打ち。
「――盗撮ですか?」
「(ビクッ)」
…終わった。
わかりやすい反応を見れたことに満足した彼女は青い顔をした日下部に追撃。
「ビンゴ♪ 先輩は悪い人ですね〜そのこと…楓ちゃんが知ったらどうですかね〜怖がっちゃうかな〜嫌われちゃうかな〜???」
社内でも一二を争う美貌をニターと悪魔の笑みへと変貌させる彼女は日下部を追い詰める。
「…な、何が目的だ? 金か? 案件か??」
そのやり取りで勝てないと悟った彼は相手を刺激することなく、慎重に言葉を選ぶ。
「ふふふ。やだなぁ〜私がそんな酷いことする人に見えますかぁ〜?」
ニッコリ笑う彼女は人の良さそうな笑みを携え、綺麗な顔で真下から見上げる。
「…じゃあ、何を…」
「フフッ。これです」
困惑する日下部を他所に彼女は後ろ手に隠していた手を前に持ってきて…初めから用意し、手に持っていた二枚のチケットを見せる。
「…水族館…だと…っ!!」
水族館。その単語だけで日下部の脳裏にある答えが浮かぶ。
水族館→魚→溺愛する甥の楓が魚好きだと。
ま、まさか…柚園は…。
「…楓ちゃんを誘って、二人っきりで水族館にいくつもりか…っ!!!」
他の社員が遠目で二人の会話を聞いている。そんなことなど目に入っていないのか叫ぶ。
会話内容でわかる通り柚園は日下部の甥、楓と面識があり、日下部は盗撮した件がバレた時も知り合いだからバラされると焦っていた。
「…あぁー近い、ですかね?」
欲しい答えとは違ったのか、少し曖昧で微妙な表情を作り「あはは」と苦笑い。
「やはりか…っ!! くそ、俺の弱みを握るばかりか…天使を奪うというのか…っ!?」
そんな裏山けしからんこと…姉さんが許したとして俺が許すとでも…そのための弱みか…。
壮大な勘違いを起こす彼はわからない。
「…弱みって…先輩は自分で自白もとい自爆したわけですし…面識がある私に見せてバレないとでも思ったんですかぁ?」
「んぐっ!!」
大袈裟に捉える先輩を見てジト目を作る。
(…はぁ。これだから唐変木…鈍感先輩は…もういいです。こうなれば…)
内心気が利かないダメ先輩についてため息つく彼女は逆にその勘違いを利用することに。
「…そうです。先輩の言う通り楓ちゃんを水族館に誘うため、先輩の弱みをつきました」
「ま、魔女め…っ」
「魔女って…それで、本題に入りますが…楓ちゃんとの水族館デート」
「デートだと!?」
「デート」と聞いた日下部は過剰に反応し、彼女に凄い剣幕で詰め寄る。
「あぁもう、一々反応しないでください! 顔も…その、あまり近づけないでください!」
前に両手を出し、日下部のそれ以上の接近を封じる彼女は…赤らんだ顔をしていた。
「す、すまん!!」
自分の行動を客観的に考えた彼は急いで離れ、誤魔化すように「コホン」と咳払いを一つ。そんな彼の体裁を保つ早い決断に尊敬の念を抱くも、彼女は少し…複雑な気分。
「…これでは話が全然進まないので先輩は余計な言葉を挟まないでくださいね」
口を閉ざす日下部を見た彼女は続ける。
「楓ちゃんとの水族館デート。当日完璧なエスコートをするため私は考えました。それは…視察をすることです。そのことで楓ちゃんの…エキスパートである日下部先輩に…えっと、一緒に水族館を回って欲しいです…ダメですか…?」
上目遣いで見上げる彼女の目は潤んでいた。
なるほど。楓ちゃんに最大限に楽しんでもらうため事前に下見をするのは良い判断だ。俺を頼るのは…最善な結果、か。
「あ、あくまでも…視察ですからね!! 先輩とデートしたいなんてこれっぽっちも思っていないですから! 勘違いなきように!!」
「わかってる」
真っ赤にした彼女は「勘違い」されないように釘を刺す。そんな彼女の想いなど通じない日下部は満面な笑みで親指を上げる。
「〜っ!!!」
彼女は日下部の一ミリも何も理解していない反応に何か物申したい目線を向け、それでも自分からその想いを悟らせるのは癪で…黙る。
『『『素直じゃないな』』』
遠目で二人の会話を見て、聞いていたほとんどの社員の心の声は重なる。
実は日下部とその後輩である柚園の…痴話喧嘩は日常茶飯事だったりする。
だから彼女の恋心を知っている他の社員は見ぬふりをして、彼女に一任していた。
「――外回り、時間じゃないですか?」
ムスッとした顔を隠すことなく壁掛け時計を見た彼女は不機嫌に迫る時間を伝える。
「! そうだな…しかし…なんで怒って――」
「怒ってません!!」
「…そうか」
これ以上、野暮なことはよそう。柚園の不機嫌タイムは面倒くさいからな。
明らかに虫の居所が悪そうな彼女を見て、彼女の横を通ってオフィスを出る――
「水族館デートっ…じゃなくて!…水族館の視察の日程、帰ってきたら決めますからね!!」
「ハイハイ」
右から横に彼女の言葉を流し、片手を上げるだけで返事を返す。
日下部が居なくなったオフィスでは今日の日下部vs柚園の話で持ちきり。
・
・
・
会社を出て。
「…ふむ」
水族館デートかぁ。楓ちゃんと親密になれるチャンス。柚園には悪いが…当日は俺も尾行…奇跡的に水族館にいく予定が入る可能性があるからなぁ。仕方のないことだ。まったく。
担当先が歩いていける距離のため徒歩で向かう日下部は信号待ちのなか邪なことを考える。
「――ちゃんの家に集合ね!」
「――待ってるから!!」
一人、くだらないことを考えていた日下部の横で小学低学年女子と思われる子供たちが元気いっぱいに談笑をしていた。
楓ちゃんと近い年齢の子たちがこんな時間に…今日は早帰りなのか…最近、変なウイルスも流行っているようだし学級閉鎖かね。
その少女たちが自分の甥と近しい年齢だという理由に親近感が湧き、横目で見て和んでいると青信号になったので一歩前に踏み出す。
「子供は元気がいい――っ!!」
一歩踏み出した瞬間、違和感を感じた。それが何か言葉にするには難しいが…普段よりも空気が重く、自分の体が思うように動かない。
なんだ、これ…あの子たちは…。
自分の心配を他所に、お人好しの日下部はさっきまで近くにいた小学低学年女子たちが無事か確かめるため目を向ける。そこには――
「――嘘、だろ」
二人談笑する彼女たちに向けて赤信号にも関わらず右反対方向から乗用車が猛スピードで走ってくる。彼女たちは話に夢中で気づかない。
「ッ。クソッ、タレ…っ!!」
無理くり重い体を動かして、足を動かして、彼女たちの元に走りより――
「――すまないっ!!」
彼女たちのランドセルを掴み、無我夢中で後方に吹き飛ばす。
『きゃっぁ!?』
後方から悲鳴が聞こえた。突然のことで力の加減など考えられなかったからケガを負わせた可能性がある。それでも許して欲しい。
「よかった――っ」
彼女たちの声を聞き無事なことを確認した日下部は一言呟き微笑み、次に来る体全体に伝わる衝撃に吹き飛ばされる。
はは、あぁ、こりゃあ死んだかな…走馬灯なんて、見ないもんだ…当たり前か…担当先にも会社にも迷惑をかける。楓ちゃんとももう会えない。そうだ。柚園との…約束も、守れ――
宙に舞っていた日下部は頭部から地面に強く打ち付け…意識を永遠に手放す。
◆◇◆◇◆
〇〇〇〇。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
赤子の声が聞こえる。
「――! ――、―― ――!!」
誰か、話してるみたいだけど、目も見えないし、何を話しているのかさっぱりだ。夢かな。
途切れ途切れの意識のなか、特に気に留めることなく、また、意識を手放す。
「――!? ――!?!?」
「――。――、―― ――」
「… ――」
最後まで何語かわからない言葉が聞こえた。
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