第4話 錬金術師、雛鳥を探す(前編)


「あはは。傑作ね」


 引っ越し祝いと称してやって来たミリーは興奮を隠せない。


 錬金術師はソファーで膝を抱えている。殺人容疑は晴れたものの、今や好奇の的だ。笑える気分ではなかった。


「商売繁盛何よりだわ。やっぱり引っ越して正解だったでしょう」


「何が正解だ。こっちに来てから踏んだり蹴ったりだ。やっぱり王都は水が合わないよ」


「あんたはここにいるべき人間よ。間違いなく」


 弱音を吐く錬金術士師の目を正面に捉え、ミリーは断言した。


 忘れかけていた未練を呼び起こされ、錬金術師は狼狽する。人の役に立てたことは嬉しい。だが、精算できない過去が安住を許さない。


「ミリー、やっぱり私……」


 やはりここは自分の居場所ではない。弱音を口にした瞬間、けたたましいドアベルの音に遮られた。


「あら、お客様。あたし帰るね」


 くるりと身を翻し、滑るように階段を下りる淑女。


「待ってくれミリー! 帳簿の付け方がわからないんだ。助けてよ」


「おこづかい帳でもつけときなさい。あんたにはそれで十分」


 錬金術師は途方に暮れ、ソファーに寝転んだ。ミリーにもらった深紅のそれは、ふて寝にちょうどいい。その間もノックは続いていた。


「むう……、うるさいな。待てよ、前にもこんなことがあったような」


 頼りない記憶と戦いながら、いつしか浅い眠りに落ちていった。


 目覚めた時は昼過ぎで、飲みかけの紅茶は冷めている。


 ふと不愉快な客を思い出し、一階へと下りる。不老不死を願う金持ちや、面白半分で錬金術師の顔を見に来る輩が後を絶たない。今のところすぐに食いつめることはないため、来客は全て断っている。


 念の為扉を開けるが、誰もいなかった。


 不要な人付き合いをさけられ、安堵する。


 目を落とすと玄関口にリンゴが置いてあった。下には白い紙が敷かれていた。錬金術師の口中に唾液が湧く。


「むう…、小癪な。わたしがリンゴを食べたいのを見越したか」


 なかば習慣と化している独り言が熱を帯びる。果物は貴重だ。長いこと食べていない。分別があろうとなかろうと美食への欲求には抗えない。


 錬金術師はずっしりしたリンゴを拾い上げ、満面の笑みを浮かべる。紙は捨てようと思ったが、文字が書かれているのに気づいた。つづりは怪しいが、大事な部分は読み取れた。


『ごめんなさい』


 丸めかけた紙を伸ばし、出かける準備にとりかかる。昼間出歩くのは久しぶりだった。


 表通りは閑散としていたが、ちょうど女たちの一団と出会った。三人とも赤毛で、薄いゆったりとしたドレスを着ている。じゃれあいながら横に広がり歩いている。


「ねえ、ちょっとあれ」


 突如、一人の女が錬金術師に気づいて声を上げた。他の女たちも足を止めて注目する。


「な、なんだよ…」


 たじろぐ錬金術師を女たちは取り囲み、我先にと話しかけてきた。


「どこ行くの?」


「お腹空いたの?」


「きっと迷子よ。おうちに帰れない雛なのよ」


 彼女たちの表情は真剣で、茶化す様子はない。感情が先走り、もどかしそうである。錬金術士は人の情に触れた気分になり、素直に助けを求められた。


「人を探しているんだ。このくらいの背丈の」


 彼女たちは一斉に同じ建物を指した。城のような堅牢な建物だ。赤い外壁には蔦が絡み、入り口は鎧を来た兵士が固めている。


「籠の鳥ー♪籠の鳥ー♪籠を知らない雛は幸せよー♪」


 肩を組んで歌を唄いながら、三人は去っていった。

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王様の駄菓子屋さん 濱野乱 @h2o

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