第1話 4
「――グノリ、グノリっ!
すごいなっ! 甲冑、すごいな!」
ワシは右隣に立つグノリの袖を引っ張って、興奮気味に言う。
「そうだろう、そうだろう。朝廷はこの武威を以て、世に仇なす化生やまつろわぬ神を調伏しておるのだ」
「どうやって動いてるんだ、アレ? 師匠の
舞道の型稽古の時に見本に使っていた傀儡は、魔道で動く人形だ。
「ああ、アカメが使うアレか。
似たような理屈で動いとるらしいが、甲冑はな、人が着て動かしておるのよ」
グノリはそう言うと、ワシを鍛錬場の端の方に連れて行く。
そこには数体の甲冑が跪いていて、その周りを何人もの武士や職人風な格好をした者が行き交っていた。
その内のひとりが、グノリに気づいて。
「――おお、これはこれは。カナデタケル殿!」
そう声をかけてくる。
顔に無精ヒゲを生やした、熊みたいにでかい男だ。
「カナデタケル?」
「オレの役職名だな。マツリベ氏の調伏士はカナデと呼ばれるんだが、その長だからタケルの位をもらってる。
兄貴はその上――マツリベ全体をまとめる者として、カナデミコトだな」
「よくわからんが、名前とは別の名前で呼ばれるなんて、面倒くさいんだな」
そう応えると、グノリは苦笑してワシの頭を撫で回した。
「ヨロイタクミノツカサ殿、邪魔してしまったか?」
どうやらこの熊みたいな男は、ヨロイタクミノツカサというらしい。
たぶん、これも役職の名前なんだろう。
内裏内では役職名で呼び合う取り決めのようだ。
「いやいや、とんでもない。本日はどうなさいました? そちらの御子は?」
と、ヨロイタクミノツカサはワシを見下ろして目を細める。
「おう。先日、オレの養女になったシノだ。
今日はこやつに甲冑を見せてやろうと思ってな。
――ほれ、シノ。挨拶せい」
そう言ってグノリはワシの背中を押す。
「シノだ。よろしくな。ええと、ヨロイタクミノツカサのおっちゃん」
ワシがペコリと頭を下げると、おっちゃんは豪快に笑って。
「ガライと申します。こちらこそよろしくお頼み申す、姫」
膝を折ってワシと目線を合わせると、ガライは頭を下げた。
「――ひ、ひめぇっ!?」
驚きグノリを見上げると、グノリはニヤニヤと面白そうに笑っている。
「対外的にはオレの養女――娘ってことになるからな。
マツリベ氏のカナデタケル家の娘――姫だろう?」
「似合わんだろう!? 姫ってのは、アメみたいに綺麗で可愛くって、おしとやかな女の事を言うんだって、ワシでもわかるぞ!?」
「いや、シノ姫もお可愛らしいですぞ?」
「そうだろう? 黙ってれば、十分に貴族の娘として通じるよな?」
と、グノリはどこか自慢気にガライに答えた。
大人ふたりに褒められて、ワシは照れてしまう。
むしろ化け物でも見るような目ばかりだったから、ワシは自分を
だが、大人二人――特に顔が良く、昨日、一昨日の都見物でも行き交う女共にきゃあきゃあ言われとっても、手慣れた感じであしらっとったグノリが褒めるということは、それなりの造りということなのだろうか?
「どうした、シノ? おかしな顔をして」
「いや、ワシって
思っていた事をそのまま口にすると、途端、グノリはワシを抱えあげた。
「誰かにそう言われたのか!?」
顔を真っ赤にして、怒っているようで。
「そうではない! ただ、
「それは……」
と、グノリは今度は顔を青くして、目に見えて落ち込んだような――泣き出しそうな表情を浮かべて、ワシの頭を撫でる。
なんだコイツ、忙しいやつだな?
「ひょっとしてシノ姫は、ご自身の顔を見たことがないのですか?」
ガライが不思議そうにそう訊ねてきて。
「そ、そんな事ないぞ? 朝、顔を洗う時とか、桶に映ったのを見た事がある!
山育ちだからって、バカにするなよ?」
むしろだからこそ、ワシは水面に映った顔を見て、自分が
波打つ水面に映ったワシの顔は、目ばかりがギョロギョロと目立っていた。
毎朝、顔を洗うたびに――なるほど、これならあの大猿も食う気が失せて、しばらく育つのを待つ気にもなろうというものだ――と、そう思っとったものだ。
「……ふむ」
と、ガライはうなずきひとつ。
袖に手を差し入れて、そこから手の平ほどの丸いモノを取り出して、ワシに差し出した。
その輝く表面には、琥珀色の瞳に不思議そうな表情を浮かべ、ぷっくらとした頬を桜色に染めた赤毛の小娘の顔が映っている。
「渡来人に教わって拵えた、鏡と言うモノです。それがシノ姫のお顔ですよ」
「――これがワシっ!?」
水桶に映ったのとぜんぜん違うぞ!
「グノリ! グノリ! これ、本当にワシなのか!?
うわぁ……」
なんと言ったら良いのかわからん!
アメや師匠のように、圧倒的に美しいってワケではないが……
うむ、
……むしろ、可愛い……のか?
「お気に召したのであれば差し上げますよ」
ガライは気前良くそう告げた。
「良いのか!? 貴重な品ではないのか?」
「いえいえ、最近、工部で量産体制が組まれたので、それほど貴重ではなくなっています。
それがしのような無骨男が持つよりも、姫の健やかなご成長の一助となれれば、その鏡も本望でしょう」
そう笑って、ガライは恐る恐るというように、ワシの頭を撫でてくれた。
「ありがとうっ! ガライのおっちゃん! おまえ、良い男だな!」
熊みたいな見た目だが、それはそれで強そうで格好良いと思うぞ。
「嫁にもよく言われます」
ワシの言葉に、ガライはにやりと笑って胸を張った。
「良かったな。シノ
ところでヨロイタクミノツカサ殿、こやつに甲冑をそばで見せてやりたいのだが、良いだろうか?」
グノリがワシを抱え直しながら、そう尋ねる。
「ほう、シノ姫は甲冑にご興味がおありで?」
「ああ。あんなデカいのが、どうやって動いてるんだ? 魔道か?
グノリが
ワシは思わず興奮気味にガライに尋ねる。
「
ではシノ姫、どうぞこちらへ。
せっかくなので、とっておきをご覧頂きましょう」
ガライが先導して歩き始め、グノリがワシを抱えたままそれに続く。
案内されたのは、広い鍛錬場の北側にある大きな土蔵だった。
昨日、グノリと行った冥府の女神を祀る社殿より屋根が高い。
中に入ると、何体もの甲冑が跪いた体勢で置かれていた。
「すっげえ。甲冑がいっぱいだ!」
「
と、中央の通路を歩きながら、ガライはそう説明してくれる。
――その最奥に、それはあった。
他の甲冑は、平面的な――角張った意匠だったのに対して、それは丸みを帯びた造りをしていて、特に腕を覆うほどに大きな肩の装甲が印象的だ。
全体的に漆黒の装甲に覆われ、黄金色の縁取りが成されている。
無貌の面は鮮やかな白。
額の額冠には上に反った短い二本角が生えておる。そこから伸びて背中に流れるたてがみは青みがかった白で、師匠が集めている水晶を思い起こさせた。
「……なんだ、これ?
明らかに他のと違うんじゃないか?」
他の甲冑からも魔道の働きを感じたが、これは別格だ。
ワシの呟きに、ガライが振り返って驚きの表情を浮かべる。
「おわかりになりますか。さすがはカナデタケル殿のご息女ですな」
「いや、こやつは土地神に育てられたからな。魔道には敏感なのよ。
――この騎体はアレか?
北辺――冥府のほとりで発掘されたとかいう……」
グノリの言葉に、ガライは真剣な顔でうなずく。
「はい。八大将軍はおろか、四公様方でさえも動かせなかったシロモノです」
と、ふたりはよくわからない事を話しながら、その甲冑に近づいた。
「魔道を通せば、
ガライはそう告げると、背伸びして大きな手で甲冑の胸に触れた。
途端、音もなく甲冑の胸の装甲が左右に滑り開く。
甲冑の胸の中は、狭い球形になっていて、中央には鞍のような座席があり、そこに四つの筒が繋がっていた。
「――よっと!」
グノリがワシを抱えたまま、その空間に跳び上がる。
「良いか、シノ。ここが甲冑の中でな、
この中央にある鞍に座って扱うから、甲冑を
「ふむ」
「それでこの鞍の横に筒があるだろう? アレに手足を通せば、騎体に合致して動かせるようになるのだ」
「それを着るって言うのか?」
いまいちピンと来なくて、ワシは首をひねる。
「そういう表現をしてはおるが、実際は甲冑に成ると言った方が正しいかもしれんな。感覚すべてが甲冑そのものになるようなものだ」
「よくわからんな」
「まあ、感覚的なものだから、そうだろうな。
……そうだなぁ」
と、グノリはワシを
「なあ、試しにシノに着せてみても良いか?」
「――マジかっ!?」
ワシは思わずグノリを見上げた。
「良いのか? ぜひ! ぜひ着てみたいぞ!」
ここまで来て、ただ眺めて終わりなど我慢できん!
「本人もノリ気だ。頼むよ、ヨロイタクミノツカサ殿」
「頼む、ガライのおっちゃん!」
ふたりでガライに両手を合わせる。
「仕方ありませんなぁ。まあ、この騎体は動かないと思いますが、ダメなら普通の甲冑で試せば良いだけですしな」
そう苦笑して、ガライはうなずいた。
「やったっ!」
ピョンと跳ねて喜びを表し、ワシはすぐさま鞍によじ登った。
それから左右上下の筒に、それぞれ手足を入れようとして。
――その時。
「そこに居るのは誰だ! なにをしているっ!」
蔵の入り口の方から、鋭い怒声が響いた。
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