第1話 3

 都の大路を牛車はゆっくりと進む。


 ワシは床板の上に敷かれた毛皮に座り、すだれ越しに見える都を眺めていた。


 都に来てなにに驚いたって、まず建物のデカさだな。


 世話になっとるマツリベの屋敷も、麓のむらがまるごと収まりそうなほどだ。


 一族がまるごと暮らしてるというのに、まだ空き部屋があるというのだから、贅沢という他ない。


 昨日、一昨日とグノリに連れらて、あちこち見せてもらったが、中には二階、三階建てのものさえあった。


 なんでも異界から渡ってきた、渡来人に教えてもらって拵えたらしい。


 あと、人が多いな。


 今も大路の両端では市が立って、様々な品を持ち寄って交換し合っているし、道を歩く人も多い。


 多分、ここから見えるだけでもむら全員より多いんじゃなかろうか。


 しかもそれらすべてが、思い思いに彩り取りな出で立ちをしているのだから面白い。


 それにしても、だ。


「昨日も思ったが、なんで牛車なんだ?」


 牛二頭に牽かせた車は、恐ろしくのんびりだ。


 今もちょっと急ぎ足で何処かに向かう者に追い抜かれた。


「ほれ、都に来る時に使っとったアレ……なんと言うたか……」


 むらから都までは、でかいいぬの化生に牽かせた車でやって来たんだ。


 滅茶苦茶速かったし、森だろうと山道だろうと、お構いなしで駆け抜ける事ができとった。


 よくわからんかったが、そういう魔道なのだとか。


「ああ、式鬼車ですね。アレは基本的に都の中では使えないのですよ」


「そうなのか?」


 首を傾げるワシに、アメの隣で胡座を掻いたグノリが、よく鍛えられて引き絞られた身体を揺らして笑う。


「シノはアレを気に入ったか?」


 豪快な性格をしているグノリだが、その見た目は女のような細面で、髭面で厳しい見た目のアメの父親――ノスリと中身を入れ間違えて生まれてきたんだと、ワシは思っとる。


 ノスリは強面の癖に恐ろしく優しい男で、アメにもワシにも甘いからな。


「ああ。速くて便利だと思ったぞ」


「そうかそうか。だが、都の中では速すぎて問題なのよ」


 ふむ?


 首をひねると、グノリはワシの頭を撫でて前方のすだれ越しに通りを指差す。


「見ろ、これだけ人が大路を行き交っておるのだ。そこを式鬼車が駆け抜けてみぃ。そこら中で人をはね飛ばして死人まみれよ」


「ああ、なるほど」


 それは良くないな。


 誰だって殺されたくないし、好き好んで誰かを殺したいとも思わないものだ。


 だからそういう取り決めがあるのだろう。


 どこかへ行くたびに、アメがワシを着替えさせるのと似たようなものだな。


 取り決めというのは、必要があるから用意されるものなのだ。


 師匠も自らの取り決めで、七日に一度は修行を休みにして、ワシに美味いものを食わせてくれておった。


 それからアメとグノリは都について、色々と教えてくれた。


 南大門から続く中央大路の先に内裏――帝がおわす宮殿があり、今はそこに向かっているのだとか。


 内裏に近い場所ほど、位の高い身分の者が屋敷を構えているのだとか。


「んん? じゃあ、大門のすぐそばにあるマツリベは身分が低いのか?」


「――なぁっ!? シノっ! 我がマツリベ氏は冠位三位、所領八邑を抱える大貴族にして大豪族です!」


 と、ワシの問いかけに、アメが声を張り上げる。


「いやいや、アメよ。今の説明だと、そう思っても仕方ないだろう?

 シノ、ウチの屋敷が都外れにあるのは、先程の話が関わってくるのよ」


 一方、グノリはと言うと、大して気にした風もなく、ワシの頭を撫でくりまわしながら教えてくれる。


「ほれ、ウチは式鬼車を使うだろう? 都外れの方が便利だから、あえて外れに屋敷を構えておるのさ」


「なるほど。それなら人をはねる心配もないものな。

 ところで今、アメが言っとった冠位ってなんだ?」


「ああ、それも知らぬか。

 なるほど、アカメの奴め。シノの学識を深めるのを、まるっとオレ達に丸投げしおったか」


 と、グノリは苦笑する。


「五王四公十冠と言ってな。一口に貴族と言っても、様々な位があるのよ。

 いずれ詳しく教えてやるが、マツリベはこの十冠という位――冠位の上から三番目だな」


「よくわからんが、アメが怒ったって事はかなり偉いって事か?」


「だいたいの貴族なら、ぶん殴っても怒られない程度には偉いぞ」


 グノリはニヤリと笑って、力こぶを作ってみせる。


「――叔父上っ! シノに変なこと吹き込まないでください!」


「ま、それでもそんな事したら、アメには怒られるんだけどな」


「それじゃあ、アメはそこらの貴族よりよっぽど偉いってことか!」


 怒ったアメは怖いものなぁ。


「もう! 叔父上もシノもっ!」


 そんな事を話している間も牛車は進み、やがて大きな門をくぐり、それからほどなくして停車した。


 乗ってきた牛車だけじゃなく、たくさんの牛車が並んでいて、すぐ側に建てられた牛舎では、多くの牛達が旨そうに草を食んでいるのが見える。


「さあ、ここからは歩きだ」


 御者が用意してくれた階段を降りて、グノリはそう告げる。


「あ、叔父上。わたしは局に報告書を提出して参ります」


「ああ、そういえばそうだったな。わかった。じゃあ、終わったら武局でな」


「はい。じゃあ、シノ。叔父上の言うことを良く聞いて、良い子にしてるのですよ」

「大丈夫だって。昨日も一昨日も、ワシ、ちゃんと大人しくしとったろう?」


 まるで人を暴れん坊のように言いよる。


 ワシの応えに困ったような笑みを浮かべつつも、アメはワシに手を振ってから、石畳が敷かれた通りが続く向こうの建物へと歩いて行った。


「なあ? ワシ、良い子だったよな?」


 アメの後ろ姿を見送り、ワシは長身のグノリを振り仰ぐ。


「ああ、シノは良い子だったぞ!」


 グノリはワシの頭を撫でながら、そう請け負ってくれた。


 ほれみろ!


「じゃあ、オレ達はこっちだ」


 グノリはそう告げて、ワシの手を引いて歩き出した。


 それにしても広い。


 牛車を留めた場所は駐車場というのだそうで、内裏の一番外側なのだという。


 そこから外壁伝いにずっと歩いているが、むらの端から端までよりさらに歩いている気がする。


 石畳の左右には白玉砂利が撒かれ、その向こうには綺麗に整えられた芝地となっている。


 あちこちに低木が植えられ、向こうの方には小川まで見えた。


 建物の屋根は高く、へやの外を繋ぐろう渡殿わたどのは綺麗に磨き上げられているのがわかった。


「あそこを掃除するのは大変そうだな」


 決して広くなかった師匠の庵の掃除でさえ大変だったのだ。その役目を負っている者はきっと苦労していることだろう。


「おまえは変なところを気にするなぁ。ちゃんとその為の者達が雇われておるから心配するな」


「ふぅん」


 建物を左手に外宮を東に進み、やがてワシらは再び馬鹿でかい門に差し掛かった。


「……なあ、グノリ。なんがすごいうるさいぞ?」


 門が遠目に見え始めた頃から気になってはいたのだ。


 岩を砕いたのにも似た――けれどそれより高く、重々しい衝撃音。


「おうよ。ちょうど鍛錬の真っ最中だろうからな」


 グノリはニヤリと笑うと、ワシの手を引いて門をくぐる。


 ……そして。


 露地むき出しの開けた場所にたどり着き、ワシは目を見張った。


「――な、な……なんじゃこりゃあっ!?」


 轟音を立てて太刀を交わす――屋根より高く、そしてでかい人型。


 手足は人と違って短くて、ずんぐりむっくりな印象を受けるが、衝撃音をともなってぶつかり合うその様は、まさに極められた武具と言えよう。


「……なにって。アレが甲冑よ。シノよ、よもやおまえ、知らずに見たいと言っておったのか?」


 呆れたように尋ねるグノリをよそに、ワシはその威容に完全に魅せられてしまった。


 ――甲冑、すげえ……

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