第1話 2

 ――あやかし、妖異、怪異、化け物。


 総じて化生と称するそれらは、人がそうであるようにその性分も様々です。


 善く生きる者もあれば、悪しきを働く者もまたあり、中にはそれが悪しき事と知らず、生きる性分として行っている者すらいるのです。


 わたし達マツリベは、そういった化生を時には説き伏せ、時には武威をもって調伏する役目を帝より与えられた一族で、その末姫たるわたし――アメに今回与えられたお役目は、七年前にむらを襲った大猿を、土地神と協力して調伏せよというものでした。


 事前に与えられた説明によれば、七年前に突如現れた大猿は、むらを襲って生贄を要求。


 けれど、たまたま立ち寄ったまつろわぬ神――アカメ様の交渉によって、七年の猶予を得たのだそうです。


 口約束に過ぎない話なのですが、獣を本性とする化生の多くが、不思議と一度結んだ約束を守ろうとする性があります。


 それこそ人とのそれより、よほど信頼できるものと言われるほどに。


 大猿を退けたアカメ様は、邑人むらびとに請われて側の山で暮らすことになり、辺りを治める土地神となったのだそうです。


 そして、生贄に捧げられた娘――幼いシノを引き取って、育て始めたのだとか。


 アカメ様が大猿と交わした約束は、七年の後、再びシノを大猿に捧げるというものでした。


 その時にシノが抵抗できるよう、アカメ様はシノを鍛え上げたのだそうです。


 わたし達に与えられた役目は、シノが敗れた際の対処でした。


 まつろわぬ神であったアカメ様は、土地神と成られてさらにお力を増したそうで。


 なんとか殺生することなく事を収めるために、マツリベに連絡を取ったのだそうです。





「――ア~メっ! なにしてんだ?」


 後から声をかけられて、わたしは筆を置いて振り返ります。


 そこには小袿こうちぎ姿のシノが立っていました。


 その肩には真っ白な体毛を持った小猿が乗っています。


 それはあの晩調伏し、式鬼にした大猿の変じた姿で、わたしはシロの名を与えました。


 一度生贄と定めた者に執着する獣の化生の性なのか、主人であるわたしよりよっぽどシノに懐いているように思えます。


「今日も仲良しですね」


 とても命のやり取りをしていたようには思えません。


「こいつが勝手にまとわりついてくるんだ」


 そう言いつつも、苦笑するシノもまんざらでもない様子。


 なんにせよ、仲が良いのは良いことです。


「それよりなにしてたんだ?」


「ええ、先日のお役目の報告書を作成していました」


 あの夜から五日。


 わたし達は都の屋敷へと帰って来ました。


 むらにはもちろん、同行していた武士達に死者はおろか怪我人すらでない――化生調伏としては異例の成果です。


 それもこれも、シノの力があってこそ。


 わたしと同い年の十歳にして、シノはすでに化生を無傷で無力化できるほどの武を修めているのです。


 再び生贄として大猿と対峙した時に生き延びる為――シノはアカメ様の課した修行を熟して生きてきたのだそうです。


 そして、目的を果たした彼女は、都に上がる道を選びました。


 ――自分と同じように、化生に悩まされる人々を救いたい。


 その想いを……わたしは嬉しく、誇らしく思うのです。


 生贄に捧げられ、アカメ様に救われた彼女のむらでの扱いは、決して良いものではなかったとアカメ様から聞かされています。


 邑人むらびと達も、一度捧げた生贄が生き延びた事で、むらに災いがもたらされる事を恐れたのでしょう。


 シノとの関わり合いを可能な限り避けていたのです。


 化生に対する知識の薄い邑人むらびと達ですから、決して責める事はできないのですが、そんな理屈は当事者であるシノには関係ありません。


 ですが、それでも曲がらず腐らずに素直なままなのは、アカメ様の教育と彼女が生まれ持った性分によるものなのでしょう。


「シノこそ、どうしたのです? 今日は都見物は良いのですか?」


 屋敷に帰り着いて三日。


 現在のシノは、アカメ様の知己であるわたしの叔父上を後見人として、このマツリベの屋敷で暮らしています。


 昨日、一昨日とシノは叔父上に連れられて、都の名所を見て回り、夕餉の時に興奮気味にその様子を語ってくれていたのです。


「や、なんかな? グノリが甲冑を見に連れてってくれるって言っててさ。滅多に見れないもんらしいから、アメも一緒にどうかと思ってな」


 グノリというのは、叔父上の名前です。


 わたし達、調伏士を束ねる長の立場なのですが、山育ちでまだまだ礼儀を知らないシノは、叔父上を名前そのままで呼ぶのです。


 もっとも叔父上は叔父上で、アカメ様に託されたシノを娘のように考えているのか、笑ってそれを許してしまっているのですが。


 豪快で細かい事を気にしないふたりの性格は、とても良く似ているのです。


「甲冑ということは外廷武局ですか」


 知り合ったばかりなのに、外宮にまで連れて行こうというのですから、叔父上は本当にシノを気に入ったのでしょう。


「そうですね。わたしも報告書を奏上しに外宮には用があるので、ご一緒しましょうか」


 わたしがそう告げると、シノは目を輝かせて喜びの表情を浮かべました。


 シノは同じ女のわたしから見ても美しい娘です。


 アカメ様を真似ているのか、口がすごく悪いのが玉に瑕ですが、黙っていれば貴族の姫と言われても気づかないでしょう。


 だからこそ、わたしはシノをアカメ様から預かる際、ひとつの決意をしたのです。


 ――シノを立派な女房にょぼうにしよう。


 これまで武に特化して生きて来た彼女に、常識を教えて礼儀を叩き込むのです。


 シノとて女で、いずれは何処かに嫁ぐはずです。


 その時に女房にょぼう教育を受けているのといないのでは、嫁ぎ先の格が変わってくるのです!


 そんなわたしの内心に気づかないまま。


「んじゃあ、行こう!

 グノリが門まで牛車回してるってさ!」


 そう言ってわたしの手を引こうとするので、わたしはそれを制止しました。


「待ちなさい、シノ。外宮とはいえ参内するのですから、相応しい装いというのがあるのですよ!」


「え~!? どこに行くにも着替え着替えって、都ってそういうトコ、本当に面倒だよな!」


 不満を口にするシノを無視して、わたしは手を叩いて侍女達を呼び寄せます。


 まずシノは、貴族女性の暮らしに慣れてもらうところから始めないといけないようですね。

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