アイドル好きの推し活弁当(料理 、おっさん 、アイドル )

朝倉亜空

推し弁当

 平野エリーのライブコンサートは今回も大盛り上がりを見せ、終了した。多く集まったファンの誰もが満足した表情で、今しがた味わったステージの興奮の余韻に浸っていた。その中には後藤大五郎の姿もあった。

 独身の大五郎は今年でちょうど五十歳。何ともいい歳をしたおっさんである。小太りで、毛髪もかなり薄い。この大五郎、今でこそ国民的美少女アイドルである平野エリーがまだまだ売れていない地下アイドル時代最初期からのファンであり、平野エリーファンクラブ会員№4であることに誇りを持っているのだった。

 満足した観衆が皆、ゆっくりと出口に向かい歩いている中、手になにやら中ぶりの風呂敷包みを持った大五郎は、逆方向に歩き、ステージ裏へと続く通用口へと入っていった。本来、関係者専用の場所なのだが、さすが最古参ファンの大五郎、堂々とした姿勢で、すっと入っていった。そこから続く細い廊下を少し進んでいったあたりに、平野エリーの控室がある。大五郎はその扉の前で待機した。直立不動だ。

「あっ、大五郎さん、今日も見に来てくれたんですね」

 控室に戻ってきた平野エリーが大五郎に気づき、右手を小さく振りながら、声を掛けた。「いつも応援、ありがとうございます!」

「ありがとうはこっちのセリフだよ、エリーちゃん。毎回、エリーちゃんから物凄いパワーをもらってるんだ。特に今日のステージはパワフルで感動した」

 大五郎は喜色満面で言った。五十の爺が若い女の子に喜色満面で話しかけるのは、喜色満面であれば喜色満面であるほど気色悪い。だが、エリーもプロ。嫌な顔一つ見せず、天使の笑顔を表情として固定したまま、大五郎の話に乗っかっていく。たいしたもんだ。

「ファンの人にそう言ってもらえると、本当にうれしいな! エリーもまた明日も頑張ろうって気持ちになりました!」

「うん、明日も頑張って! 毎日見に来るから! ハイ、これ。お腹すいてるでしょ。今日もエリーちゃんのために思いを込めて一生懸命に作ったよ! 食べてね!」

 大五郎は持っていた風呂敷包みをエリーに差し出した。それは大五郎お手製の弁当箱であった。

「うわぁー、エリー大感激! 大五郎さん、いつもありがとう!」

 エリーは嬉しそうにそう言い、風呂敷包みを受け取った。

「うちは小さいとはいえ、一応、弁当屋なんで、味には自信あるんだ」

「うん、いつもおいしい!」

「でしょ? それと、今日のはお肉多めにしておいたから。エリーちゃん、お肉が大好きだからさ」

「えっ、どうしてそう思うんですか。私、大五郎さんに食べ物の好みなんて言いましたっけ?」

「ううん、聞いてないよ。実はね、僕にはちょっとした能力があってね、僕の作ったお弁当が、例えば誰かに手渡されたり、出前ボックスに入れ込んだりして、僕の手を離れると、その瞬間に、そのお弁当がどのように食べてもらうことになるのかが分かってしまうんだ。そのお弁当の未来の運命が分かるって感じかな。いやいや無理やりに食べられるんだな、とか、肉団子はとても喜んで食べてもらえるぞ、代わりにお浸しはまずそうに食べられる、とかね」

「へ、へえ……」

「今もこのお弁当が僕の手を離れてエリーちゃんに渡った瞬間に分かったよ。ローストビーフとロースとんかつはすごく積極的に食べられるって。だから、エリーちゃんにもっと喜んでもらえるように、どんどんお弁当の中身を好みに合わせて変えていくね」

「すごい……。なんか超能力の一種って感じ。エスパー大五郎、ただいま参上! ですね。じゃ、遠慮なくこれはいただきますね、お料理エスパーさん」

「うん。それじゃあ、また明日、観に来るね。お弁当もお楽しみに!」」

「はーい。お待ちしてまーす!」

 そう言って、本当はお肉よりも野菜やイモ類の煮つけが大好物のエリーは控室に入っていった。

「お疲れさま、エリー」

 控室にすでに待機していたエリーのマネージャー、島田広子がねぎらいの声を掛けた。エリーが手にした風呂敷包みを見て、「ああ、またあの人からのあれね」と

言った。

「うん……。あの人、最古参のファンだから……」

 エリーの声も、仕方がない、といった感じで抑揚がない。「初めの頃は、食べるものはちょっと困るんですって言ってたんだけど、毎回ライブに来ては何度も何度も……。そのうち、こっちが根負けして、受け取るようになっちゃったね」

「でも、食べ物なんて、中に何が入っているかなんて分からないんだから、絶対、食べちゃだめよ。彼、良い人そうに見えるけど、熱心なファンほど気を付けておかないと。会社の同僚の女性社員に自分の体液を混ぜたお茶を飲ませようとしたり、盗聴器を隠し入れたぬいぐるみをプレゼントしようとした事件がニュースで報道されている世の中だから、芸能人はなおさら注意しないとね」

「大五郎さんはそんな人じゃないと思うけどなー」

「ダメダメ。油断大敵! たとえ彼には悪意がなくても、たまたま食材が痛んでて、エリーが食中毒になっちゃうってこともあるんだし。というわけで、今日もこれは私が貰って帰るねー」

 広子はそう言って、大五郎の弁当包みを自分のビジネスバッグの中にしまい込んだ。そういえば、広子さんって、焼き肉大好きって言ってたっけと、エリーは思い出していた。


「それでは、次は、大好評、『ユニーク! 私のスペシャル推し活さん登場!』のコーナーでーす」

 テレビ番組、「ミュージック・POP・ステージ」の女性司会者が右手にマイクを握り、声を張り上げて言った。公開生放送の高視聴率を誇る人気歌謡番組だ。『ユニーク! 私のスペシャル推し活さん登場!』とは、その中の人気企画で、アーチストやアイドルに全力で推し活をしている熱心なファンをスタジオに招き、他のファンたちとは違う独特な、ユニークな押し活動ぶりを語ってもらうというものだ。

 今回、その企画リクエストが平野エリー宛に届き、さて、どうするかと事務所スタッフで頭を悩ませた結果、あの無休無給の弁当配達魔、大五郎で行こうかという話になった。マネージャーの広子からも、毎回、持ち帰った弁当を消費しているが、別段、体調がおかしくなったという様子もない。ちゃんとしたものを入れているようだ。番組内で、二、三口ぐらいならエリーが食べても大丈夫だろうと判断された。

「ええっ! ぼ、僕がエリーちゃんと一緒にテレビに出るのーっ!」

 後日、事務所に呼ばれた大五郎にこの話をぶつけた時、この五十のおっさんは気色の悪い喜色満面の笑顔を見せて、驚きの声を上げた。もちろん、喜んで出させていただきます! と即答で答え、「もう、こうなったら、その日の弁当はエリーちゃんがいっちばーん大好きなものをぎっしり詰めるぞー!」と、吠えるように語っていたのだった。


「今日の推し活されてるアイドルとユニーク推し活さんは、平野エリーちゃんと後藤大五郎さーん。さあ、エリーちゃんと後藤さん、スタジオの中央までどうぞー」

 司会者に促され、エリーと大五郎はスタジオの真ん中まで歩いて出て行った。

「ねえねえ、エリーちゃん、こちらの後藤さんは、いったいどんなスペシャルな推し活さんなんですか?」

 司会者がエリーにマイクを向けて、訊いた。

「はい。この後藤大五郎さんは、毎回、コンサートの終演後に私に手作り弁当を届けてくれる、いわば、私専属のお料理番なんです。私がデビューしてすぐにファンになってくださって、その頃からずーっと愛情弁当を届けてくれているんですよ」

「へー、お弁当の差し入れですか。でも、なかなか無いですよね、いくら自分の大切なファンからのものだといっても、食べ物を受け取ってもらえるなんて」

「普通はそうですよね。何を具材の中に入れてくるかもわからない。危険なものかもしれないって思っちゃいますよね。でも、私と彼、大五郎さんとの信頼ある間柄なんで、その点は全然大丈夫なんです。ね、大五郎さん」

「えへへ。エリーちゃんにそう言ってもらえると照れちゃうなー。それと、僕はちょっと特殊な感覚があって、自分の作った弁当を食べた人の好き、嫌いの好みが分かっちゃうんです。肉類が好きなんだな、野菜が好きなんだな、へー、意外なものが好きなんだ、えっ、こんなものまで美味しそうに食べちゃうの? とか。それだから、エリーちゃんの好みに合わせて、おかずの品目は徐々に変わっていってたんです。今じゃ、エリーちゃんの一番大好きなものが何なのか分かっちゃいました。というわけで、今日はもう、エリーちゃんに思いっきり喜んでもらおうと思って、ある種、究極のお弁当にしてきました! 正直、これでいいのかなとも思ったんですけど、僕にとって、エリーちゃんが喜んでくれることが何より一番だから!」

 大五郎は頬を紅潮させて、一気にまくしたてた。

「うわぁー、エリー、すっごく楽しみー! 早く食べたーい!」

 エリーも調子を合わせて言った。

「では、いよいよここで平野エリーちゃんのために後藤さんが作って持ってきてくれた、その究極とやらのお弁当を見せてもらいましょうか!」

 司会者がそう言うと、スタジオの横手から、台車に乗せられた一つの簡易弁当箱が運び込まれてきた。大五郎がいつもエリーに手渡しているものと同じだ。

「さあ、エリーちゃん、このカメラの前でそのふたを開けて、全国のお茶の間の皆さんに、平野エリーのスペシャル・ファン、後藤大五郎さんご自慢の究極弁当をご披露してください!」

「はい! 美味しくいただきまーすっ!」

 元気よく返事をして、エリーは弁当箱のふたを開けた。

 スタジオ設置の大型モニターに大写しになった弁当の中身に、観客席からはオオーェ! という異様などよめきが起こった。

「こ、これは……、これを、エリーちゃんは、いつも食べているんです、か」

「え、いや、はい……、その、えっと……」

 困惑するエリーに番組スタッフからスプーンが手渡された。

「えー、で、ではですね……、歌の準備ができるまで、エリーちゃんには大好きなお弁当を食べていただくことにしましょう」

 カメラがアップにした弁当箱の中身は、隙間なくぎっしりと詰まっていた。茶色い粒粒のドッグフードが。

 マネージャーの広子は毎回持ち帰った大五郎の弁当を、飼い犬のペスに夜のエサ

として与えていたのだった。

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