第十三首「庭にはね 二羽の鶏 しかいない これじゃ今月 どう暮らすのさ」

 混沌寮。混沌師カオシストたちを養成する朝廷の施設だ。

 ここで多くの混沌師カオシストが日々鍛錬に励んでいる。その中でも宗家と呼ばれるのが汐瑪しおめ家であり、その現当主が汐瑪影月しおめのえいげつ、そしてその娘にあたるのが汐瑪晴しおめのはる、うちの混沌師カオシストだ。

 混沌寮も朝廷の機関なので、基本的に光帝のおはす流水殿を中心とした都の一部をなしている。だからいってしまえば、俺も由香李も晴もご近所さんなのだが、一軒一軒がでかすぎるせいで混沌寮はあまり近いとはいえず、荘厳な雰囲気も相まって用もないのに訪れるような場所ではなかった。

 来たのは久しぶりだ。

 木造平屋建てなのは他の屋敷と変わらなかったが、異様に塀が高かった。さらに、ところどころにのぞく植物に、他ではお目にかかったことのない類のよくわからんものが混じり、いかにも食べたらお陀仏でござい、というような、毒々しい実をつけていた。

 牛車が目的地に到着すると、俺は辛抱たまらず転がりでて近くの溝に吐いた。

「まいどありぃ!」

 闘牛爆走交通の運ちゃんは、俺の惨事を見ても感じるところはないようで、終始陽気なまま颯爽と走りさっていった。

 二度と使わん。

 怒りで腹の底がむかむかしてきた。そのせいで再び波がせり上がってくる。

 俺はさらに吐いた。

 ひとんちの前でげーげーやるという、もはや一生ものの恥をかき終えた俺は、なんとか立ちあがる。

 二人は平気の平左といった調子だった。

「ほら、行くわよ」

 和泉が先陣を切る。少しくらい心配してくれてもよさそうなものだ。子供の頃から隣で俺がげーげーやるのは嫌というほどみてきたので日常茶飯事として流されてしまうのである。

「成通さん、だいじょうぶですか?」

 由香李は心配そうに声をかけてくれる。

「……ああ、すまん……だいじょぶだ……待たせたな……」

「いえいえ、なおったならよかったです。成通さんをみていたら嘔吐接吻ゲロチューの可能性について考えさせられました」

 心配そうなだけで、心配しているわけではなかった。

 放っておくと和泉がぐんぐん先に行ってしまうので、がっくりとうなだれている暇もなく、俺たちは大門をくぐっていった。

「おやおや、皆さん揃ってどうされたんですか?」

 脚立の上から庭師が振りむき様に声をかけてくる。前庭で高枝切り鋏を巧みに操りながら庭を整えていた。

 ぬらりひょんである。

 後ろに長く伸びた後頭部、ぎょろぎょろとした大きな目と、長いひげ。特徴的な要素はそのあたりで、あとは人間とほとんど同じだった。落ちついた紺色の着流しを身につけていた。

 ぬらりひょんは、ここ混沌寮の庭師をしていた。

 これまで蹴鞠リグローブに絡めて混沌師カオシストの話ばかりしてきたから、混沌師カオシストというのは、蹴鞠リグローブのための職業なのではないかと誤解させてしまったかもしれないが、それは副次的なものにすぎない。混沌師カオシストの本分とは、この国の各地に住んでいる妖怪たちと交流し、良好な関係を築くことにある。

 だから特に混沌師カオシストと密接な関係にある妖怪たちは近辺に住んでいたり、混沌寮で働いていたりする。圧倒的に人語を解さない妖怪が多い中で、このぬらりひょんは日本語を流暢に話せるので、こうして庭師として雇われているというわけだ。

「ぬらりひょんさん、お久しぶりです。ちょっと晴から連絡をもらったもので」

「あぁ、そういえばさっき鳳凰さんが飛んでいかれてましたねぇ、やっぱり明さんの件です?」

「御名答です。それで俺たちも探すのを手伝えたらとおもいましてね」

「いやぁ、それは晴様もお喜びになるでしょうな。ご友人が有事に駆けつけてくださるなんて、これほどうれしいことはないですよ」

 ぬらりひょんの大仰ないい草に少し照れくさくなる。和泉なんか耳を赤くしている。しかし指摘するのはやめておいた。また肉体言語にうったえかけられそうだったからだ。

「いやはや、明様も困ったものです。ちょっと目を離すとすぐこれですからな」

 ぬらりひょんは肩をすくめた。

「どうにかすぐ連れ戻せるよう努力しますよ」

「ははは、期待しております。晴様でしたらそこの――」

 と、ぬらりひょんが言葉を続けようとした瞬間、裏庭の雑木林が結界で囲まれた。

 全員の注目がそこに集まる。ぬらりひょんは微笑む。

「――私が申し上げるまでもないようですね」

「ええ、じゃあ行ってきます」

「お気をつけて。ご武運をお祈り申し上げております」

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神のまりまり 井中昭一 @shoichi_inaka

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