第十二首「電動の 自転車怖い 速いから ぶっとい車輪 さらに恐ろし」

 牛車を降りると、強い日差しに目がくらんだ。朝は涼しかったが、日が高くなるにつれて、むしっとした暑さが増した。それを除けば絶好の練習日和だった。

 二人はすでに待っていた。

 表情は対照的だ。

 由香李は朗らかに笑いながら遠足敷物レジャーシートにちょこんと座っている。いつも以上ににっこにこである。おそらく前回の嘘が効いて、畦長の裏をかくことができたからだろう。由香李がここにいられているのがその証拠だ。

 逆に和泉はむっつりとして腕を組み、こちらを睨んでいる。

「お待ちどうさん」

「遅いわよ! 今日だってあんたに合わせてるんだから、普通最初に来るもんじゃないの? 自覚がないんじゃないの!」

「まあまあそれはいいとして」

「よくないんだけど」

「晴はまだ来てないのか? 誰か知らないか」

「てっきりあんたと一緒に来るもんだと思ってたんだけど、違うのね。晴が遅れるなんて珍しい……心配ね……」

 扱いにえらく差がある。

「わたしも特には聞いてないです……」

 由香李も顔を曇らせる。

 しかし確かに心配ではあった。

 混沌師カオシストである晴がいないと練習もできない。まあただの寝坊とかなら構わないのだが……。

 なんとなく不穏な空気が漂いはじめた頃、かすかな羽ばたきの音とともに何かがこちらへ向かってきていた。

 輪郭がはっきりすると、鳥とわかった。

 俺の肩にとまる。

 片福面鸚哥オカメインコだ。

 なんとなく見覚えがあった。

 記憶を探る。そうだ、晴の伝書鳩(鳩ではないが)の鳳凰ほうおうさんだ。

 鳳凰さんは長距離を渡ってきたからか息を荒くしていた。激しい呼吸音が耳元で聞こえた。

 息が整うと鳳凰さんは口を開いた。

「弟が逃げた。ごめんなさい」

 低く響く渋い壮年男性の声でそう伝えられる。こうして口頭で伝聞するのは他の伝書鳩とは一線を画す。あまりに賢いのと、見た目に反していい声なのとで一瞬内容が頭に入ってこなかったが、あらためて言葉を咀嚼してみる。

 晴が言葉足らずなのは相変わらずなので、それはいいとして、つまり急に弟が修行から逃げたのでとっつかまえる必要があり、練習には行けなくなった、ということだろう。

 役目を終えた鳳凰さんは飛びたっていった。

「またぁ? 晴も大変ね」

 俺の気持ちを和泉が代弁する。

「そうですね。でも、家庭の事情じゃ仕方ありません、今日の練習は中止ですね……」

「そうだな……」

 せっかく全員で集まれるまたとない機会だったのだが。くやしいがやむを得ない。

「さて、じゃあどうするか」

「だいぶ時間が空いちゃったわね。ま、仕事なんて作ろうとおもえば無限にできるからいいけど」

「わたしも締め切りまでは時間があるので、ゆっくり変態的妄想でもしながら帰りますかね〜」

 皆この日のためにしっかり時間を作ってくれていたので、暇になってしまったようだった。

 そこで俺は一つ提案をした。

「あー、二人ともに聞いてくれ」

「何よ」

「何でしょう」

「全員であきらを探すのを手伝いに行かないか?」

 明というのは晴の弟の名前である。

「そうね、いつも晴には助けてもらってばっかりだし、たまには恩返ししないとね」

 うなずく和泉。

「賛成です! ちょうど姉萌えの作品を書こうかなとおもっていたところだったので、お二人を観察して参考にさせていただきます」

 動機が真反対であった。

 俺はというと、少しでも晴の負担を減らしたいのはもちろんだったが、それに加えて、どうにか全員で顔合わせをしたいというのがあった。

 別に雑談でも構わないから少しでもいい、会って話しておくことが、組織チームの仲を深めることにつながるとおもったのだ。

 各々違った魂胆ながらも向いている方は一致していた。

 俺は管理事務所を訪ね、牛車を手配してもらった。

「なるはやのやつでお願いします」

 しばらく歓談して待つ。すると砂利をはねちらしながら猛然と牛車が走りこんできて俺たちの前に止まった。

 牛は筋骨隆々で、いかつい角が生えていた。目の前に赤い布をぶら下げており、そのせいでとんでもない興奮状態にあった。

 籠の部分には、

『電動補助アシスト牛車』

 と、書かれていた。

「まいどお! 闘牛爆走交通でございまぁす!」

 牛はふんすと勢い良く鼻息を吹いた。

「和泉」

「何よ」

「酔いどめ持ってないか」

「持ってるわけないでしょ」

 予想通り闘牛爆走交通はおそろしく速かった。

 そしておそろしく酔った。

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