銀の公子と碧の王女

入江 涼子

第1話

  其の昔に美しい公子がいた。


 彼はある王国の大公家に生まれるが。珍しい色の髪と瞳を持っていた。見事な白銀の髪と透明感のある翡翠色の瞳であった。

 父である大公は彼にシルヴェスターと言う名を与える。そしてシルヴェスターは長じていく内に類稀なる頭脳と武芸の腕などあらゆる分野で卓越した能力を発揮した。

 当代の国王陛下は御自らの娘である王女の婿にと望むようになった。当然ながら大公に内々の形で縁談を申し込むが。まだ、シルヴェスターも王女も幼いからと断られてしまう。仕方ないかと陛下も一度は諦めた。

 だが、それから十年が経つ。王女は成人しており十八歳になっていた。


 王女もとい、フェリシティはため息をつく。シルヴェスターは未だに妻を迎えていない。彼も二十三歳だ。フェリシティはシルヴェスターを兄のように見ている。到底、恋愛対象ましてや、自身の夫としては見れないでいた。けれど、国王たる父や王妃である母は彼との縁談を是非にと思っている。フェリシティはまたしても、ため息をつきたくなった。


 女官長のヘレナがフェリシティの部屋にやってくる。手紙を持ってだが。


「……殿下、ジェスター公爵令息からお手紙です」


「ジェスター、シルヴェスターからね」


「はい、すぐにお返事をほしいとか」


 ヘレナが言うと、フェリシティは困惑する。何故、今になってと思う。シルヴェスターは自分との結婚を嫌がっていたのではないか?

 仕方ないとため息をつきながら、手紙を受け取った。ペーパーナイフで封を切り、内容を確認する。


<フェリシティ殿下へ


 お元気でしょうか?


 私は今、父である大公と共にジェスター公爵領に視察に訪れています。


 殿下にはすぐにお手紙を出したかったのですが。


 色々と立て込んでいて、出せず仕舞いでした。


 さて、陛下からは私との婚約についてお聞き及びかと存じます。


 私はお断り申し上げようと考えていますが。


 殿下はどのようにお考えでしょうか?


 また、手紙で伺わせて頂けたらと思います。


 それでは。


 敬愛する殿下へ


 シルヴェスター・ジェスター>


 そう、綴られていた。フェリシティはどうしたものやらと思う。やはり、自分との結婚は断るつもりなのだとわかった。別にそれはいい。自分も彼のことは少し年の離れた兄みたいに思っている。到底、夫としては見れそうにない。が、この縁談を断ると両親である陛下や王妃がどんな行動に出るか。それが気がかりだった。フェリシティは立ち上がると、ヘレナに返事を書くと告げる。机に向かうのだった。


 その後、シルヴェスターに返事の手紙を送った。内容はこうだ。


<ジェスター公爵子息へ


 お手紙をどうも、ありがとう。


 あなたが視察に行っていることは女官から聞きました。


 いつも、お仕事お疲れ様です。


 さて、私との婚約話を断りたいとか。


 それについては私も考えていました。


 あなたのことは異性として見れそうにないから。


 お互いに別々の相手を見つけた方が上手くいくと思うの。


 陛下や王妃陛下にもそう申し上げてみます。


 ただ、お二人が納得してくださるかはわからないけど。


 それでは、お元気で。


 敬愛する兄様へ


 フェリシティ・フローラル>


 そう書いてはおいたが。あちらが納得してくれるかどうか。フェリシティはまた、ため息をついた。


 翌日、フェリシティは父である国王に面会を申請した。いくら、親子と言っても国王は多忙を極める身だ。なので、前もって会う約束を取り付ける必要があった。


「殿下、陛下が執務室にて待っておられます」


「わかった、すぐに向かいます」


「では、ご案内します」


 フェリシティが返事をすると、女官が深々とお辞儀をする。そうしてからフェリシティは立ち上がり、背を向けて歩き始めた女官を追った。


 執務室にたどり着くと、女官がドアをノックする。フェリシティは深呼吸した。中から、男性の低い声で返答がある。女官はドアを開けて入るように促す。頷いてフェリシティは中に入った。

 執務室の中にはフェリシティと顔立ちがよく似た赤みがかった金の髪に淡い碧の瞳の中年の男性がソファーに腰掛けている。目元にはわずかながら、シワがあった。この男性こそが父である国王だ。今年で四十五歳になるが。まだまだ、若々しくもあった。


「……フェリ、よく来てくれた。それで話したいことがあるとか」


「はい、父上。ジェスター公爵子息のことなのですが」


「ジェスター、シルヴェスターのことだな。彼がどうかしたのか?」


「私と兄様との間で婚約話が出ていましたでしょう、それをお断りしようと思いまして」


「なっ、フェリ。それは本当か?!」


 フェリシティは苦笑いしながら、頷いた。国王は苦々しい表情になる。ふうと大きなため息をつきながら、立ち上がった。


「……仕方あるまいか、シルはお前に恋慕の情は持っていないだろうから。わかった、別の相手を探す。フェリ、そのつもりなのだな?」


「はい、私には心に決めた方がいます」


「なら、三大公爵家の一つのアーロウ家の子息か。お前はあそこの嫡男を慕っていたな」


「……ご存知でしたか」


「王妃が教えてくれた、お前がアーロウ家のスティーブン卿が好きだとな。彼なら、シルより年も近いし」


 そう言って国王は、フェリシティの肩を軽く叩いた。なかなかに沈痛そうな表情だ。


「シルにお前を嫁がせたかったが、仕方あるまいよ。まあ、大公は私の弟だしな。血が近すぎるかとは思っていた」


「そうですね、今のご時世では血が近すぎる間柄での結婚は避ける傾向があります」


「だな、フェリ。スティーブン卿に嫁ぐ気はあるな?」


「それはありますよ、父上」


「うむ、決まりだな。フェリシティ、父としてまた、国王として。お前の幸せを私は心から願うよ」


 国王はにっこりと笑った。優しい笑顔には父としての穏やかな愛情が滲む。フェリシティは涙ぐみながらも、同じように笑うのだった。


 あれから、一ヶ月が経った。フェリシティは正式にアーロウ公爵子息で嫡男のスティーブンと婚約する。これには、シルヴェスターも安堵していた。内心では彼女に恋慕も愛情も抱けないからと申し訳なさや罪悪感に苛まれていたからだ。フェリシティには実の妹に向けるような愛情は持っていたが。それ以上の感情は湧きそうになかった。これで良かったのだと心底から思えていた。

 窓から空を眺める。あの従妹のフェリシティの瞳のような曇りのない碧い空だ。シルヴェスターは笑いながら、可愛い従妹の幸せな未来を願った。


 あれから、フェリシティは薄い藍色の髪に濃い紫の瞳が麗しいスティーブンと何度も時間を作っては会って親睦を深めた。時にはお茶会を互いの邸の庭園でしたり、一緒に出掛けたりもする。シルヴェスターとは違い、スティーブンは明るくて朗らかだ。シルヴェスターが穏やかで控えめであるなら、スティーブンはその真逆の性格をしていた。なかなかに積極的でもある。


「フェリ、今日もお茶会をしようか?」


「そうね、そうしましょうか」


 こんな調子でスティーブンは声を掛けて来てくれていた。フェリシティは嬉しくて頷く。二人は穏やかながらも楽しいひと時を積み重ねていった。


 一年後に、フェリシティはスティーブンに降嫁した。正式にアーロウ公爵夫人となる。結婚式や披露宴にシルヴェスターも出席した。


「……おめでとう、フェリシティ」


「ありがとう、兄様」


「これからは私もアーロウ公爵夫人と呼ばなければなりませんね」


「兄様?」


「あなたはもう従妹とはいっても、私からすると。人の奥方ですから。夫君の手前もあります」


 確かにとフェリシティは思う。


「そうでしたね、ご忠告をありがとうございます。ジェスター公爵」


「ええ、では。私はこれで。公爵夫人」


「……お元気で」


 フェリシティが言うとシルヴェスターは穏やかに笑う。軽く手を振りながら、彼は会場を去っていった。フェリシティは隣にいるスティーブンと二人で静かに見送った。


 二年後、シルヴェスターは隣国の侯爵令嬢と結婚したとフェリシティはスティーブンから聞いた。名前はホイットニー・ヘラート侯爵令嬢というらしい。年齢は彼より六歳下の二十歳だそうだ。訳あってホイットニー嬢は今まで独身でいたとか。偶然、シルヴェスターと政治や経済で話が合い、婚約まで進んだ。そして今年に結婚という運びになったらしい。

 フェリシティも我が事のように嬉しかった。すぐに夫と祝いの品を贈ったのだった。


 フェリシティはスティーブンとの間に三人の子宝をもうけた。シルヴェスターもホイットニーと四人の子宝に恵まれた。後にフェリシティが生んだ娘はホイットニーの故郷である隣国の王太子に嫁いだとか。また、シルヴェスターの娘もフローラ王国の王太子に嫁いだ。二人の王太子妃は仲が良くて互いに手紙を頻繁に送り合った。その手紙は現在でもフローラ王国のアーロウ公爵邸にて大事に保管されている。

 ちなみに、二人の王太子妃は王妃になり、互いに切磋琢磨しあったと語り継がれているのだった。


 ――The end――

 

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