第56話 友の温もり

 緊急脱出路を通り、再びノルドハイム邸の執務室しつむしつへと帰ってきた。


 返り血に塗れた俺を迎えてくれたのは――。


「――おお、無事だったか! 良かった……。本当に、君が無事で良かったよ……」


 声を濡らした、ノルドハイム枢機卿だった。


 血で汚れている身体にも拘わらず、彼は俺をギュッと抱きしめてくれる。


 その事実に――人斬りとしててっする冷めていた俺の血脈けつみゃくが、音を立てて流れ始める。


 ドクンドクン、と。

 この生きている証、鼓動こどうは――俺のものか。

 それとも、温かな抱擁ほうようをしてくれる友のものか。


「……ノルドハイム枢機卿。貴方まで、血に汚れますよ……。折角の白い神官服が……返り血で汚れてしまいます」


「構わない! このおっさんは、既に魂から汚れている! 危険きけんおかし、多くの無辜むこな人々をしいたげる輩を……。私ではどうにもならなかった権力を持つ悪逆あくぎゃくを、君はさばいてくれたんだ!」


「…………」


「そんな勇敢に、己の大義を成し遂げて来た友を――汚い、汚れるなどと……。私は決して思わない!」


「……神官の、枢機卿猊下の言う言葉とは思えませんね」


 そう言いつつも俺は――血に汚れた手で、友を抱き返してしまう。


 ああ、温かい……。

 武士道とは――孤独こどくけわしい道だ。


 人を斬る、命を絶つのも道を歩む過程かていである。

 親しき友とも、大義がたがえれば刃を交えなければならない。


 仲間も戦火せんかに散って行き、徐々に1人で歩む……。

 生前の俺は、この人の為になら死ねるとしたう人物さえ失った。


 そうして変革へんかくする動乱の世で、最後に残されたサムライとして――武士道ぶしどうった。


 そんな俺に……。

 温かな温もりで支えてくれる友が、新たにこの異世界で出来るとは……。


「ノルドハイム枢機卿……。俺の友よ、ありがとうございます……」


「私こそだよ、ルーカス君」


 ルーカス、そうだ。

 今の俺は――この世界で生きる若者、ルーカス・フォン・フリーデンだ。


 中身が経験を積み重ねたおっちゃんでも、身体は若い。

 まだまだ寿命は残され、肉体の最盛期さいせいきもこれから。


 学園で学べば、魔力を交えた戦闘技能も、何もかもが成長の余地がある。


 この友の為――そして俺の大義の為に、歩み続けよう。

 時には迷い、立ち止まるかもしれない。


 そんな時こそ――快活かいかつに友と笑い、道を違えぬよう見聞きして学ぶのだ。


 今生こんじょうでこそ、武士道ぶしどうこいみちを探求し――納得が出来るざまをしようじゃないか。


 一先ひとまず、だ。

 エレナさんを助ける為にも、書類を渡さねば。


「こちらが密偵みっていのアジトにあった書類です。……これでエレナさんを、俺の友を救えますか?」


 書類を受け取ったノルドハイム枢機卿は、何枚もの書類に真剣な眼差しを向けた。

 そして――。


「――十分だ。複数人数の筆跡ひっせき、ゾリス連合国加盟国貴族家の家紋が入った押印おういん。複製も可能、これならばルークが一晩ひとばんでこなす準備が整っている」


「良かった。良かった……。はははっ! 俺は役目を成し遂げられたのだと、その言葉で実感致しましたよ! はははっ!」


 頼もしい言葉だ。


 これで――理不尽に死罪にされそうになっていた、頑張り屋で慈愛に満ちた少女を助けられる!


 魂が清いエレナさんやテレジア殿とは……もう距離を取ろうかと思う。


 殺らねば殺られる戦争ではなく、暗殺と言う形でルーカスという若者の手と魂を汚してしまった俺には――2人の傍に立つ資格はないだろう。


 それでも――こうして俺を認め、道を誤れば正してくれる友が1人いるだけで、また歩み続けようと言う気持ちになれる。


 ノルドハイム枢機卿は、机に置かれていた呼び鈴を鳴らす。


 すると、深夜だと言うのに――。


「――旦那様、ルーカス様。お待たせいたしました」


 ルーク殿が直ぐに入室して来た。


 あっという間だったから、扉の前で控えていたのかも知れない。


「ルーク。手筈通てはずどおりに進めてくれるかい?」


「直ちに。……それと、差し出がましいようですが浴室へ湯を張らせて頂きました。ルーカス様、おもの洗濯せんたくしておきますので、どうぞ名誉の血を洗い流して来てください」


「風呂ですか、それは嬉しいですね! それでは――」


「――私もご一緒しようかな」


「え? ノルドハイム枢機卿もですか?」


「ああ。……この通り、私も返り血で一緒に汚れてしまったからね。暗い影に隠れた勇者の背でも流させてもらおう」


 思わず苦笑してしまう。


 確かに、俺にこびり付いていた血のせいで……ノルドハイム枢機卿の手や顔までべったりと汚れている。

 抱擁なんてするからだ。


 でも――友と入浴とは、いきなもんだねぇ。


「それでは、俺も背中を流させてもらいましょう。刃でしかない俺に、振るうべき場所と知恵を授けてくださった恩人の――良きおっちゃんの背中をね。はははっ!」


 そうして俺たちは、人目を忍んで浴室へと向かった。

 間違っても、テレジア殿に見つかる訳にもいかない。


 身体を清め、翌朝まで作業を続け――テレジア殿が起きてくるより早く、俺は自分の寮へと戻った。


 ノルドハイム邸を見張り、寮まで俺を追いかけてきた騎士団員は、無駄足に終わるだろう。


 むしろ――俺が朝まで、ノルドハイム邸に居た。

 そのアリバイを証言する側になるはずだ――。



―――――――――――

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