第55話 人斬りの宿命

「歩んできた……道だと?」


「な、何を言っているのかサッパリです……」


 分からないか。

 そうか、そうだろうな。


 ただ漫然まんぜんと生かされていたから――自分で道を選び、歩む尊さも、成長も知らないおっさんなんだ。


「大人と子供の違いは多々ありますが、その最たる物が成功と失敗の体験量から生じる対応力ですよ」


 ツカツカと、俺は2人に歩み寄る。


「そして大きな失敗――それこそ文字通りの致命的な失敗をかてとすれば、あらゆる力が上昇するのは道理」


 2人は後ずさりし――ササ伯爵は、尻餅しりもちをついて後ずさりを始めてしまった。


「そんな力を得られるはずの大人……おっさんなのに、あなた方は誤った力の使い道を選び続けてしまった」


 俺が剣を振るうと――ヒュッと空を斬り裂く音がした。


「それは、あなた方が非道ひどうを歩んでおっさんであるあかし。――それが、あなた方の本質だ。若者わかものまもらず保身ほしんに走るおっさんの力など……義に反する、有害ゆうがいそのものですよ」


 魔力を込めると、腰を乗せずとも、こうも鋭い音がするのか。


 これで正しい斬り方をすれば――さぞ、良い切れ味が手に伝わるだろう。


 そのするど風切かざきおんが――自分を斬る音だと感じたのか、2人の顔面は蒼白。


 ああ、もう一足一刀いっそくいっそうの間合いに入った。

 いよいよ――。


「――貴様……さっきから何を、何を笑っている。止めろ、止めろ! その薄気味悪うすきみわるい笑みを止めろぉおおお!」


 おっと、やはり……我慢が出来ていなかったか。


「ああ、すいませんねぇ。俺は人の世の大義かられた悪人あくにんれる時、思わず薄く笑ってしまうんですよ。――おっさんなりに、良い世に近付る助太刀すけだちが出来ると思ってね?」


 俺も大概たいがい人斬ひときりとして悪徳あくとくを積み重ねているサムライだ。

 だが――こいつらのように、胴欲どうよくを満たす為に悪徳を積み重ねたりはしない。


「ひっひぃいいい! 止め、金なら――」


「――お覚悟を」


 ヒュッと剣を振るい――ササ伯爵の首を薄皮1枚残して断ち切る。


 切腹同様、首が跳んでざまが汚れぬようにと――せめてもの情け。

 サムライの情けだ。


「くっ、あっ……。に、逃げ――……ひっ」


 テラスから飛び出し逃げようとしたのだろうが――その高さは、魔法を使わねば無事に着地するのが困難なもの。


 魔力を練らずに駆けたゲルティ侯爵は、すくませ止まり――。


「――ぁ……。そん、な」


 背後から、俺の剣により胸を貫かれた。


「……背を向け、背後から突かれるとは。進むべき道に背を向け逃げ続けたゲルティ侯爵らしい最期ですね」


 しばらく剣に貫かれながら藻掻もがいていたゲルティ侯爵だが――やがて、ぐったりと脱力した。


 剣からその身体が抜け落ち――ゆかしかばねさらしている。


 これで……斬るべき悪は斬った。


「いけないな……。おっさんは迂遠うえんな言い回しが多くなってしまう。精神が若い頃なら、単刀直入に『お覚悟を』だけで済ませただろうに……」


 おっちゃんになると、若い頃を思い出して変化に悩み出すものだ。


 ついつい、会話を交わしてしまった。


 しかし、そうして考え続ける事こそが――道を誤らない武士道の探究には、必要なのかもしれない。


「……2度目の生だろうと、俺は自分の大義の為に暗殺や人斬りを繰り返す」


 手を、魂を――血で染め、悪徳を重ねて行く。


 何かを変革すべく動くと言うことは、醜い現実を直視しなければならない場面も必然的に増えるものだ。


「こうして己が義を果たす為の刃として、俺はまた――おっちゃんになって行くのだろう」


 またしても、ドス黒い血で手を……魂を汚してしまった。


 前世からであり、今更な話だが、俺は決して正義の者ではない。


 ただ武士道ぶしどう大義たいぎのっとり、己の思い描く信義を成していく――人斬ひときりのやいばだ。


きょらかな若者の友に――こんな積年せきねんの汚れが付着した、おっさんの魂が……。果たして本当に、相応ふさわしいのだろうか?」


 今更ながらに、葛藤かっとうせずにはいられない。


 自分は、もしかしたら――あの2人の側から離れるべきなのかもしれない。

 友の今後を思えばこそ、そう思わずにはいられない――。


「――これもサムライとして生きるごうか。それとも、人斬ひときりの宿命しゅくめいか? いずれにせよ、おっちやんの精神は今更、信義を変えられない程に固定観念こていかんねんで練り固められている。――是非ぜびもなし、だな! はははっ!」


 人を斬ったばかりなのに笑う俺は――間違いなく、人間として壊れている。


 生と死の境界が薄い動乱の世を、武士道の探求のみで駆け抜けた俺は――壊れたおっちゃんだ。


「……この世界で俺は、新たな武士道の道と、人間らしい恋の道を見つけられるだろうか?」


 ふっと、自嘲気味じちょうぎみに笑みが漏れてしまう。


 そうして俺は己の信義の為に成すべき事を成し、ノルドハイム邸へと帰還した――。



―――――――――――

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