第52話 今生でも俺の魂は染まる

 通路をしばらく進み、やがて上へと繋がる階段を見つけた。

 そうして重い石蓋いしぶたを、魔力で肉体強化してずらす。


ずは、第一段階をクリアだな」


 帰りもここを通る事を考慮し、指を引っかけられる程度に閉めておく。


 倉庫を出れば――そこは王都の外れにある教会の敷地内だった。

 手渡された地図を見て、悪所と呼ばれるスラムを目指して歩く。

 目立つ訳には行かない。


 そうして歩くこと、数十分。

 明らかに街の様相が廃れて来た。

 浮浪者ふろうしゃがそこら中に横たわる道を、足音を殺しながら進んで行く。


「……ここか」


 一見いっけんすると、そこらの廃墟と変わらない。


 だが――浮浪者ふろうしゃまぎれ、その廃墟を見張る者がいる。


 件のゾリス連合国から派遣された刺客しかく一味いちみだろう。

 廃墟の中をわざとらしく観察するよう覗き込んでから、俺は人気の少ない路地へと入り――。


「――釣れたな。俺に何か用かな?」


「なっ!?」


 角を曲がった所で待っていると、先程の浮浪者が追って来ていた。


畜生ちくしょう!」


 両手に短剣を抜き、魔力を込めて構える男。


 この素早い動き――明らかに素人ではない。


 間違いなく、暗殺者だろう。

 それでなくても、先に剣を向けてきたのはあちらだ。


「おっちゃんは道を避けるのが苦手でね」


「――ぇ……」


 抜刀術ばっとうじゅつは得意中の得意だ。


 魔力強化された突進力で踏み込み、俺に短剣を突き刺そうとしていた男は――自ら導かれるように、俺の剣へのどつらぬかれ絶命ぜつめいした。


 いつ剣を抜き、突き付けられたかが――彼には見えなかったのだろう。


「剣が違うと、抜刀術も遅くなっていかんなぁ……。日本刀が恋しい。これも恋の道――いや、違うか」


 思わず笑いそうになるが、笑い声でバレてはいけない。

 だからこそ、相手が叫び声をあげられなくなる喉元を狙ったのだ。


 これで見張りもいなくなった。


 ゆっくり音を立てないようにドアノブを壊し、俺は足音を殺して屋内へと入った。

 丁度地下室にいるのか、絨毯の下に隠されていた地下への扉は僅かに開いている。


 渡された魔道具を使えば確実だが――本番はこの後だ。

 1度しか付かない消音の魔道具は残しておこう。


 地下への階段を進むと――壁と壁の間に糸が張られ、鳴子なるこのように音を発生させるような罠が仕掛けてある。

 この徹底ぶりは見事だ。


 前世で俺も暗殺を幾度いくどか成功させ、その道の先達者せんだつしゃに手ほどきを受けていなければ……見事に引っかかっていただろう。

 本当に、出会いと知識の伝授でんじゅに感謝せねばな。


 ここをアジトにしている連中は、ノルドハイム枢機卿の誘拐を企む者だと聞いている。


 だが……それが本当かはまだ分からない。

 友とは言え、ノルドハイム枢機卿1人からの情報を鵜呑みにしてはいけない。


 刃を振るうべき義をあやまれば――それは凶刃きょうじんだ。

 己の武士道を誤って進む、辻斬つじぎりサムライになってしまう。

 先ずはしっかり、見聞きをしてからだ。


 階段を進んだ先にある扉に耳を寄せると、内部の声が聞こえてきた。


「――聖女とは厄介だな」


「ああ、嘘か誠かは知らんが、本当ならゾリス連合国にとっては凶報きょうほうだ。――しかし教会が正式に認めていない今なら、虚報きょほうで処理が出来る」


「要は枢機卿猊下のみをさらい、聖女は教会が認定する前に暗殺すれば良いんだろ?」


「簡単に言うな。あの邸宅内で暗殺すれば、ガンベルタ教へ刃を向けた事になるんだぞ」


「普段は馬車で移動しているようだが……。ジグラス王国へクーデターを起こす暴徒ぼうとになりすませば良いんじゃないか? 聖女の乗る馬車が不幸にも巻き込まれた事にすれば良い」


「それには民衆の扇動せんどうとタイミングを計る必要があるが……悪くない手だ」


 ふむ、成る程。

 おっちゃん――手加減無く行こう。

 よりにもよって――俺の友であり、俺にとっての聖女を殺す算段をしているとはねぇ……。


 口元に――薄い笑みが浮かぶのが、自分でも分かった。


 斬るべき敵の数は5人。

 証拠の指示書や報告書を燃やされる前に――一息で片付けるとしよう。


 魔力を使えば、相手につむじ風のように波動が広がる。

 間違いなくバレるだろう。


 だから――。


「――失礼」


 扉を開け、全速力で駆ける!


「――なっ!?」


 瞬時に内部を把握し、最も火の手に近そうな者の首を跳ねる。


「貴様、何者だ!?」


「クソッ! ジグラス王国側にバレていたのか!?」


 腕を上に動かせないよう、机を蹴り飛ばして抜けないように壁へと挟み込む。


「なっ!? 腕が!」


「剣が引っかかって抜けな――……」


 机の上を駆け――腕と身体をを挟まれ戸惑っていた2人の首を斬る。


 魔力での肉体強化が発動していれば、こうは上手く行かなかった。

 俺の実力だけではない、幸運だったな。


 残りは2人だが――。


「――はぁあああ!」


「ぬっ!?」


 上段から振り下ろす俺の剣を防ごうとした者の剣ごと――叩き斬る。


 元より――太刀要たちいらず、一刀いっとう全身全霊ぜんしんぜんれいをかけて叩き斬る技は磨いてきた。

 魔力を適切なタイミングで用いれば……硬い頭蓋骨とうがいこつごと両断が出来るのか。


「魔力ってのは……つくづく凄いね。おっちゃん、驚いてばかりだよ」


「おっちゃん、だと!? ふ、巫山戯ふざけるな、そんな若い顔をしたおっさんが――」


「――はい、隙あり」


 剣を構えていた男だが、両断された仲間に動揺したんだろう。


 、おしゃべりまでするもんだから――魔力を発動されていても、隙を見つけるのは容易い。


 元々、この世界は魔法による戦闘が発達してきたからか――純粋な剣術がまるで洗練されていない。


 剣をグリップするべき時、目的とする動作に必要な肉体の部位、斬る刃にしぼって魔力を込めれば、タイムラグも最小限。


 他愛たあいも無く、全員のいのち灯火ともしびを消すことに成功した。


「資料とは、これか。……確かにノルドハイム枢機卿をさらうよう指示された書類に、諜報ちょうほうの報告書やメモがあるな。これを持ち帰れば……」


 そうすれば、エレナさんへ不当に被せられた罪を晴らす事が出来る。


 裏切ったのはあくまで、彼女の実家なのだ。

 偽装書類を混ぜる悪事に手を染める事にはなるが――大敗の責任は、内通していたゲルティ侯爵やササ伯爵にあると主張が出来る!


「よし、後は――仕上げだな」


 剣をビッと振り払い、血糊を飛ばし――鞘へと仕舞う。


「自分の手がまた……血に染まっていく」


 だが――無実の友を護るという大義と、腐敗を斬るというサムライとしての信義の前では、手や魂に血が染み付く事など何てことはない。


 これが俺の歩む、武士道なのだから――。



―――――――――――

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