第51話 天国を知ってます

「天国と言うものが、死後にあるのかは知りません。しかし天国と言うものを――俺は知っています」


「……ほう? どこで知ったのかな?」


「己の精神世界です」


「精神世界? それは瞑想めいそうさき、と言うことかな?」


「無になる瞑想とは別ですねぇ。――自分が極限まで利己的りこてきに望む、癒されて優しい妄想もうそうの世界。いちじるしく利己的りこてきで、誰にとっても普遍的ふへんてきな天国ではないと思います。ガンベルタ教の教えでは、そこは天国ではないのかもしれませんが」


 俺が言っている天国とは、武士道の信義に基づき脳内で描いた理想の――優しい世界だ。

 宗教家であるノルドハイム枢機卿には、納得が行かないのかもしれないが――。


「――少なくとも、俺にとっての天国はそこにあります。目を閉じ、リラックスをしたそこに、ね」


「…………」


「だから俺は、手を血に染めて死ぬ事などまるで怖くありません。永遠えいえんねむりと言うなら、道を歩み続けた人は必ず最後、永遠に利己の極致……自分が妄想で夢見て描く天国へ辿り着く事が約束されていますから」


「成る程……。死が怖くないとは、羨ましいね。では君は、何を怖れる? まさか、何も怖くないのかい?」


「いえ。俺に怖いものはあります。それは――死に様に納得が行かないことです」


 思えば――前世の最期、鉄砲玉てっぽうだまで死んだのにも納得が行かなかった。


 自分の刀で咄嗟とっさに喉をカッ斬ったが、どちらが原因で死に様を晒したのかもさだかじゃない。


 死の場面に至るまで、全力で駆け抜けたが……。

 戦ばかりで、後悔の多い人生だったのも事実だ。


「どう生き、どう死ぬか。誇れる死に様であるか。それこそ俺が探求する武士道――サムライの生き様には重要なんです」


「……サムライとは、強く自分に厳しい存在なんだね。私もその極地……自分の中で見つけた天国へと、至れるだろうか?」


「ふむ。おっちゃんだからと立ち止まり、己のプライドを捨てて保身ほしんの為の安定ばかりを求めていては道を歩めない。――己の抱える大義、利己の局地には至れませんな。精々せいぜい、保身の為に媚びを売る妄想世界に浸るだけでしょう。はははっ!」


 俺の言葉に、ノルドハイム枢機卿は目を剥いて驚きを顕わにした。

 この場で笑い出すのは、予想外だったのかも知れない。


「どうでしょう? こう考えると、保身に走らず腐敗を正そうと理想を思い描き、歩む事を選択されたノルドハイム枢機卿も――天国へ行く資格は、十分にあるとは思いませんか?」


「……君は、本当に凄いね。自分で依頼いらいしておいてなんだが……。君には死んで欲しくない。友としても、おっちゃんとしてもね」


「死ぬ覚悟はありますが、死ぬつもりはありませんよ? 今生こんじょうでは恋やら愛やらも知り、家庭を持たねば俺は満足が出来まないでしょうからな。ままで面倒な――良く居るおっちゃんなのですよ!」


 俺はノルドハイム枢機卿に感謝している。


 このように――斬る場を整えてもらわなければ、俺は犬死いぬじにを覚悟で突っ込んでいたかもしれないから。


 案外、ノルドハイム枢機卿もそう思ったから……若者の手を汚すのはと躊躇ためらいつつも、最終的に俺へ依頼する決断をしたんじゃないかな?

 俺は後先も考えず、謁見の間で暴れだすぐらい浅慮せんりょだからな。


 さて、そろそろ行かないと――2人の密談までに、忍び込んだネズミどもの暗殺を片付けられない。

 先ずは暗殺者の処理と、証拠の書類集めからだ。


「それでは、行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい。……暗殺後の手筈は、既に整えてある。問題は手練れが多い中、遂行が出来るかだ」


 ノルドハイム枢機卿に見守られ、俺は執務室の本棚を横にずらす。


 すると――隠し通路が現れた。

 光を放射する鉱石を1つだけ持ち、俺は暗い通路へと足を踏み入れる。


「くれぐれも無理そうなら自分の命を……。いや、武士道に生きると決めた君には、余計な忠告だったかね」


「はははっ! ノルドハイム枢機卿も、俺の生きる武士道の忠義を理解されてきましたね?……しかし、行ってきますと言って旅立てるのは、良いものだ。おっちゃんになっても、初めて知る事ばかり。たまりませんな~。これでは落ち落ち死んでいられない。はははっ!」


 暗い通路の奥にまで、俺の声が響き渡る。

 ここを抜け出た先に、俺がサムライとして刃を振るうべき相手が居る。


 俺の友を攫うことを画策かくさくする者。

 俺の友の手柄てがらを横取りし、派閥に属さないからと処分しようとする――汚いおっさん。


 人斬りとして、間違いなく刃を振るうべき時だ。

 それでなくても――汚れを掃除をしたいと、腕がうずき続けていたんだよね。


 さて、殺るとしますか――。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る