第50話 天才と呼ばれた少女の過去

 天才と呼ばれた魔法使いの少女……ほぼ間違いなく、エレナさんの事だ。

 その過去について、ノルドハイム枢機卿は独り言を語って行く。


「親としての自尊心じそんしんを傷付けられた父親は、『子供は黙っていろ』と強く叱責した。彼の正室も『笑顔すら不快だ』と、ことある毎に彼女をののしった」


 親が必ず子を愛する訳ではない。

 そんな事は知識として知ってはいたが……。


益々ますます、彼女は部屋にもらされ、勉学と魔法の探求に精を出すようになる。それ以外はやるな、口答えをするなと、追いやられてね。……そうして彼女はゆがんだ教育を施され、愛を与えられないまま――単身、王都の学校へと通う年齢になった」


 聞いているだけで腹が立つ。

 勿論もちろん、世の中には様々な親が居るのは知っている。


 それでも――自分の友人が、そのような理不尽な目に遭っていたと知れば、知識として知る以上に腹が立つ。

 おっさんやおばさんが、無垢むくな子供に何をしているんだ、とな。


「そして彼女は……優秀過ぎた。入学試験で過去最高の成績を叩き出し、魔法試験では第3魔法師団の団長を圧倒してしまった」


 それは……本当に凄いな。

 才能だけでなく、努力をしたんだろう。


 自室じしつもり魔法の練習以外するのは、まともに認められ無い。

 はたから見たら努力と言える行動が、当たり前な生活の中心になる程に。


「優秀な若き魔法使いは戦力の誇示こじに繋がると、周囲の大人は――幼い彼女を新たな団長に据え、貴族の位を与えて諸王国しょおうこくへと自慢じまんした。……学園交流で他国の学生と行われた魔法競技会まほうきょうぎかいで圧倒するなど。実家の当主の座をおびやかす存在に成長した彼女は――実家から離縁りえんされ、独立させられたんだ」


 ああ……。

 大人に振り回される若者、いや……子供だな。


 年齢から考えれば、導入教育の最初――つまり、僅か12歳ぐらいの事だろう。


 幼い子供は親がいないと、生きて行けない。

 収入も、お金の使い方も、生き方だって……まだ学んでいる最中だから。


 だからこそ、親の顔色を伺いながら、捨てられないように生きて来たはずだ。

 必至に頑張り続けた結果――梯子を外された幼きエレナさんの気持ちは、どれ程に悲痛ひつうまどう、不安なものだったんだろうか?


「実家の後ろ盾を失った彼女は、王都に巣くう権力の魔物共から食い物にされそうになった。『その力を私の元でふるえ』、と。だが幼い少女には、誰が味方で誰が敵かも分からない。権力を持つ者を遠ざけていると、己の派閥に属さない権力者たちは段々と怯えてくる」


 ああ、なんとも――既得権益きとくけんえきを護りたい権力者らしい考えだ。


「侯爵や伯爵と言った高い地位を持つ者は、その力で排除される可能性を潰そうと考える。……常日頃から後ろ暗い事をして者は、特にね」


 それが、今回の一件に繋がった訳か……。


 戦時中、本営でゲルティ侯爵が頻りにエレナさんの罪を認めさせ、自分の指揮に従い手柄を立てたと認めさせたがっていたのは――自分の派閥へ属せと言う、エレナさんへの最後通牒だったんだな。


 何とも――胸くそが悪い話しだ。


 そんな事ばかりしているから優秀な人材が離れ、他国から良いように侵略されるのだろうに。

 なるべくして滅亡の危機に瀕していると言う訳か。


「権威に媚びへつらう者の中、天才の少女は最後まで己を貫き……結末を半ば分かりながらも、最後まで人の良心に期待をした。国を率いる頂きに立つ者は、きっと公平な賢い者であってくれると。しかし、その願いは届かず……彼女は今、理不尽に死の危機へひんしている」


 改めて聞いても、その少女――エレナさんは立派だ。

 若く優秀な芽に水をやらず、摘み取るような腐敗ふはいした国家には……未来などない。


「彼女を排除しようとする者は、法務省の役人の弱味を握り、おどし、賄賂わいろまで握らせた。……それが許せない、とある宗教の武力なき権力者は――友に手を汚してくれないか、と。あんたのんでいる。……全く。出て来る大人は誰も彼もが、とんでもないね」


 自嘲気味じちょうぎみに、ノルドハイム枢機卿はそう言った。

 これで独り言は終了……だろうか?


「おや、ルーカス君? てっきりもう、暗殺へ向かったと思ったが……まだ居たんだね? 私は隠れて見えない月へ話しかけていただけだが……何か聞こえたかい?」


 なんとも白々しらじらしい。


 個人情報だからと、本人の確認なしで話すのは憚られる事情を――俺に伝えようとしていたんだろうに。


 こんな辛い半生を歩んできた少女を、どうか救ってくれ。

 蔓延はびこ腐敗ふはい温床おんしょうに、巨悪に……鉄槌てっついを下してくれ。

 そう願いを込めて、口にしたんだろう?


「……あくまでも一般論を、俺はこれから口にします」


「ああ。……前後の会話など関係ない、あくまでも、一般論だね?」


権威けんいを持つ者にびへつらい、保身の為に動く事は……国を腐らせ、住む民を苦しめる。――天下の大義に反する、武士道にもとる行いです」


 この件は――暗殺とは、酷く汚れているものだ。


 清濁併せいだくあわみ、若者の未来を守るおっさんに相応ふさわしく、キラキラと眩しい若者を関わらせるべき案件じゃない。


 そもそも大人とは――おっちゃんとは、子供のために陰でペコペコと頭を下げ、大なり小なり汚い仕事も我慢してこなしているものだ。


 しかし――それを態々わざわざ、子供にひけらかすような愚かな行為に及ぶべきじゃない。

 子供や若者が笑顔がいてくれれば、それで良いのだから。


 俺も……ノルドハイム枢機卿の考えに同意だよ。

 これは――テレジア殿やエレナさんには伝えずに終えるべき、おっちゃんが手を汚す案件だ。


「己の大切なものを脅かし、義をおびやかす者がいる。……それを知るおっさんが自身の信念、意志への忠義を捨てるぐらいならば……。俺は義を果たす為にほらびの美学びがく――死すべき時に死す武士の生き様を遂行すいこうするでしょうな。武士道で言う所の――を見てせざるは、ゆうなきなり、です」


「……そうか。済まないな。腕が立つ若者に、どうか手を汚してくれ。死の危険を冒してくれと頼むおっさん、か。……そいつは天国には行けない、地獄行きだろうね」


 力なく笑うノルドハイム枢機卿が、暖色系だんしょくけいに輝く鉱石で――みょうさみしそうに見える。

 本当は彼も……このおっちゃんも、最後まで信じたかったのかもしれない。


 陛下やゲルティ侯爵、ササ伯爵が……生まれ故郷こきょうである国家安寧こっかあんねいの為に改心してくれる事を――。



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