第49話 暗殺提案と、独り言

 暗殺が得意か?


 それが意図する所は、直ぐに理解が出来た。

 前世でも暗殺や諜報を務める事はあったし、問題はない。


「成すべき事を成す。それがサムライです」


 俺がそう答えると、ノルドハイム枢機卿は大きく頷いた。


「実は私を誘拐ゆうかいしようとしている者がいてね。ラキバニア王国を始めとするゾリス連合国からの密偵みってい……そして暗殺者たちが王都のスラムに忍び込んでいるらしいんだ。……これが潜伏先せんぷくさきの地図だよ。ヤツらは廃墟の地下にアジトを作っているらしいんだ」


 ノルドハイム枢機卿は――スッと、執務机の上に数枚の紙を置き、そう言った。


「……は?」


「私がジグラス王国の王都に居るのは、ラキバニア王国としてもゾリス連合国としても不都合なんだよ。万が一、私やこの屋敷に戦火が及べば――それはガンベルタ教への宣戦布告を意味する。そうでなくても、自国に枢機卿が1人もいない状況は都合が悪いんだ」


「い、いや。そうではないでしょう! 狙うのはゲルティ侯爵やササ伯爵ではないんですか!?」


「……どうか友を助けると思い、ゾリス連合国から派遣された密偵の暗殺を引き受けてくれないか? かなりの腕利うできき集団らしくてね、私の権限で動かせる聖職騎士団せいしょくきしだんでは、戦力が足りない。私は困っているんだ」


「それは友として引き受けますが、その前に――」


「――ありがとう。アジトには必ず指示書や報告書が大量にあるはずだ。もしもアジトがバレたと知れば、ヤツらは直ぐに燃やそうとするだろう。全力で阻止して、持ち帰ってきて欲しい」


「…………」


 どういうつもりだ?

 ジグラス王と同じ、なのか?

 俺の話を聞こうとしない。


 いや……これは取引と言う事なのだろうか?

 自分の為に動く代わりに、エレナさん解放へ力を貸そうと。


 友の間柄だ。

 無償むしょうでも良いと思っていたが……。


 俺の一方通行な想いだったのだろうか?

 それは切なく、悔しいな……。


「……分かりました。やりましょう」


「ありがとう。それでは君に、稀少きしょうな魔道具を渡そう。半径20メートル程度の有効範囲だが、物音が外部に漏れなくなる優れものでね。使用時間は数分程度、1度だけしか使えないから注意をしてくれ」


 そう言ってノルドハイム枢機卿は椅子から立ち上がると、置いていたバッグを俺に手渡して来た。


 既に準備は出来ているのか……。


「この部屋には緊急脱出用の地下道へ通じる隠し扉がある。王都外れの教会倉庫へ通じているから、外を見張る騎士団にもバレないはずだよ」


 淡々と語るノルドハイム枢機卿は、そのまま窓を開けて外を眺め出す。

 俺がバッグの中身を確認していると、中にあるのは見慣れない魔道具。


 そして――。


「――これは、鍵縄かぎなわ?」


 しのびが窓枠まどわくや塀に引っかけ、忍び込む道具に酷似こくじした道具が入っていた。

 地下にあるアジトへ暗殺をしかけるなら、絶対に要らない道具だろうに……何故なぜ


「――まさか!?」


 ノルドハイム枢機卿が机に置いた数枚の紙を手に取って見る。


 1枚は王都のスラムと潜伏先への地図だ。

 そして他の紙には、全く関係ない事が書かれていた。


「……ゲルティ侯爵邸宅内外の地図。巡回路じゅんかいろに、警備体制。そして密談するだろう部屋と、時間か? まさか、最初からこのつもりで……」


 ノルドハイム枢機卿は最初から、ゲルティ侯爵やササ伯爵を俺に暗殺させるつもりでいたのか?

 だとしたら、これはノルドハイム枢機卿の身を脅かす者を暗殺する対価たいかのつもりだろうか?


 どうにも違和感がある。


襲撃しゅうげきの危険が無い――もし襲撃されれば即座そくざに証拠を処分出来る人員が居るアジトには、沢山の指示書や報告書が保管されているだろう。……その中に数枚、偽物にせものまぎんだとしても――誰も真相は分からないだろうね? たとえばゾリス連合国軍へ大打撃を与えた指揮官――若者わかもの悪徳貴族あくとくきぞくを暗殺するよう指示した書類とか。たとえば途中まで良いように自軍を壊滅させられた指揮官が内通を図っていた事を示唆しさする書類がまぎれていても、ね」


 まさか――最初から、そのつもりで!?

 ただ感情に身を任せて俺がゲルティ侯爵やササ伯爵を斬っても――捜査の手が伸びて、やがては逮捕処断たいほしょだんされるだろう。


 エレナさんの嫌疑だって、晴れない。


 しかしゾリス連合国から派遣された暗殺者が……2人を斬るよう指示された証拠が同時に出れば、話は変わる。


 ゲルティ侯爵やササ伯爵の死は、ゾリス連合国へ打撃を与え、内通を裏切った罰に。


 途中まで抵抗らしい抵抗も出来ず、敵国ですら想定していた以上に侵略をされていた指揮官がエレナさんへ被せた容疑も――その指揮官が裏切りを画策かくさくしていたとなれば、被せた罪だって説得力が皆無になる!


 後は運悪く、暗殺の帰りに巡回していたノルドハイム枢機卿の部下……聖職騎士団せいしょくきしだんとやらに遭遇そうぐうして暗殺者たちが斬られた事にすれば――全ての真相は、闇へとほうむられる。


 残るのは実情を知る僅かな者と……汚いおっさんの遺体。

 そして暗殺指示書や内通書類があったと言う事実だけ。


 なんという事だ……。

 ノルドハイム枢機卿は、ここまで頭を使って状況を整えてくれていたと言うのに……。


 俺は、友を疑ってしまった。


 これは……働きで報いねば!

 エレナさんが救われる未来へ通じている道ならば、おっちゃんの胸もおどおどって駆け抜けられると言うものだよ!


「今夜は月がない、か。……こんな夜には、思わず誰にも言えないひとごとを語ってしまいそうだ。天才と呼ばれ親からもうとまれてしまった魔法使いの少女と、法務省にまで収賄しゅうわいを行う腐った権力者について、ね」


 言葉の裏を読めば――これはあくまで、独り言。


 だから……自分が口にした事は、誰にも言わないでくれと言っているのだ。

 恐らく、身内にでさえも。


「独り言なら仕方ないですな。たとえ誰かに聞かれたとしても、独り言を漏らしたりする不義ふぎやからはいないでしょう」


 俺のその言葉に、ノルドハイム枢機卿は返答はしない。

 だが、意を察してくれたと理解したのか――口角こうかく三日月みかづきのように上げた。


「天才の少女は、幼い頃からグングンと魔法の腕を成長させた。その才は偉大なる魔法使いであり、辺境伯の自分をもしのぐものだったんだ。……そして皮肉な事に、彼女は正室の子ではなかった。更に彼女は賢く――両親の統治とうちで至らない所を指摘し、有効な改善案を提案してしまった」


 ノルドハイム枢機卿は、月の無い夜空へ話しかけるように語っていく――。



―――――――――――

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