第47話 魔窟

「その連行、待て! 彼女は実家から勘当かんどうされ独立した男爵だ! それに今回の戦でも数々の戦功せんこうで忠義を尽くし――」


「――黙れ若造! 陛下の御前ごぜんであるぞ! 衛兵、何をしている! その無礼者を捕らえよ!」


 ゲルティ侯爵が指示をすると――瞬く間に、剣と槍を抜いた衛兵が駆け寄って来た。

 その中には――ノルドハイム枢機卿の姿もある。


「――ぐっ!」


 ノルドハイム枢機卿まで殴る訳には行かないと思っていると――後頭部に強い衝撃を感じた。


 背後から魔力を乗せ、鈍器どんきのようなもので殴ったのか!?

 謁見の間へ入る前に剣を預けたのが、ここで災いしたか!


 たちまち衛兵たちが魔力を込めた力で俺を取り押さえ――地に組み伏せた。


「ええい、離せっ! エレナさんは悪くない! 若者の未来、笑顔を言いがかりで奪うなど……貴様らは恥ずかしくないのか!?」


「――ルーカス君。ここは抑えてくれ。手はあるから!」


「……ぐ、ぬぅ」


 衛兵と一緒に取り押さえるノルドハイム枢機卿の声に、俺は抵抗を止める。

 確かに、ここで衝動しょうどうに身を任せ暴力を振るえば――国全体を敵に回すのは間違いない。


 とは言え、エレナさんを見捨てるような真似は……。


「へ、陛下! 聖女として願います! どうか、どうかエレナさんとルーカスくんに厚き恩情おんじょうを!」


「……ふん」


 テレジア殿の声に、陛下は鼻を鳴らした。


 抑え着けられる俺を、まるでう害虫へ向けるような視線で見てくる。


 ここは――地獄だ。

 ろくなおっさんがいない。

 未来みらみ取る悪魔の住処すみか――魔窟まくつだ!


 今すぐ武力行使をして。この汚れたおっさんどもを掃除したい!

 だが若者のような衝動に身を任せ、謁見の間を血で染め上げる暴挙ぼうきょをギリギリ止められたのは――長年、権謀術数けんぼうじゅっすう渦巻うずまく世で刀を振るい生きて来た経験から、だろう。


「……陛下。ルーカスくんは、共に備蓄庫を襲撃した私に恩義を感じてしまっただけです。どうか、その深い御心に免じてご容赦ようしゃを」


 取り押さえられてエレナさんの姿は見えない。


 だがエレナさんが――震える声で、そう言ってくれた声は聞こえる。

 衛兵の「許し無く口を開くな!」と言う言葉の直後「あっ」と、痛そうな声を僅かに漏らしたエレナさんの声が聞こえた。


 声を抑えたのは――俺が暴れないように、か?

 なんて事だ……。

 こんなにも、こんなにも優しく、魔法を磨いてきた少女が……理不尽りふじんに罪を着せられるなんて!


「……ふむ、終わったな。余は心が広い。聖女の言葉に免じて、ルーカス男爵の行動は不問に付す。後日、まとめて叙任式典じょにんしきてんで正式な爵位授与しゃくいじゅよを行おう。以上だ」


 それだけ言うと陛下は玉座から立ち上がり、謁見の間から立ち去った。


 抑え着けられる俺の顔を覗き込むゲルティ侯爵とササ伯爵の表情は――愉快そうな笑みを浮かべていた。


「この、人でなしのおっさん共がぁあああああ!」


「がははっ! 生意気な若造めが、身の程を知ったか! 貴様の悔しそうな顔を見ると、徹夜の疲れも吹き飛ぶわ!」


「戦場では私たちに散々、失礼な事を言ってきましたからね。自業自得じごうじとくですよ」


 取り押さえられている俺の頭が、ゲルティ侯爵とササ伯爵の足に踏みつけられる。


 絨毯じゅうたんに顔面を突っ伏した俺を甚振いたぶるように、2人は足でグリグリとにじり――哄笑こうしょうをあげた。


「ぐ……ぬぅ! この、恥知らず共めが……。おっさんの風上かざかみにも置けぬ、鬼畜共きちくどもめがぁあああ!」


 無念に歯軋はぎしりする俺を尻目しりめに、ゲルティ侯爵やササ伯爵も去っていった――。



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