第46話 若者へ罪を押しつける、おっさん

 頭の整理が追いつかない。


 罪科だと?

 第3魔法師団を率い、備蓄庫びちくこへの火計かけいを成功させた立役者たてやくしゃ――エレナさんが?

 何故なぜだ。

 どうすれば、そうなる?


「軍の指揮をしたゲルティ侯爵の口から、エレナ男爵の罪を説明せよ」


「はっ」


 歩み出て来たゲルティ侯爵は、エレナさんを見て――。


「――今回の戦、ジグラス王国は多くの城と砦を失う事になりました。その責は――ラキバニア王国との国境こっきょうを護っていた、リンデル辺境伯の裏切りにあります」


 意気揚々いきようようと語り始めた。


 演技がかって悔しさをにじませる辺り、古狸ふるだぬきのおっさんらしい。

 しかし……リンデル辺境伯へんきょうはく

 姓名せいめいから察するに、エレナさんの親か?


「陛下から国境を護る為に多大な権限を与えられた辺境伯でありながら、大恩を裏切る所業しょぎょう。事もあろうか、徴兵ちょうへいに応じたと見せかけ自らの寄子よりこを含めた――裏切り!」


 なん、だと?

 エレナさんの実家が……。

 そのような事を?


「ラキバニア王国付近の城と砦は、こぞって寝返っておりました! それによって進軍した我が軍は想定外の被害を被り、一時は壊滅の危機にまで陥ったのです!」


 それだけを聞けば、確かに敗戦の責は――エレナさんの実家にあるとも言える。


 しかし、だ。

 エレナさんの話では――エレナさんは実家から勘当かんどうされ、独立した男爵だろう?

 実家の犯した罪を、まさか武功を立てた幼い子に問うつもりか?


「うむ。エレナ男爵。ゲルティ侯爵の申すことに、何か申し開きはあるか?」


 陛下の声も冷ややかだ。

 大敗をきっした怒りを、ここぞとばかりに込めているかのように……。


「私は独立した男爵であり、実家は――」


「――エレナ男爵。くれぐれも言葉には気を付けられよ」


 小さな声で反論しようとしたエレナさんの声を、ゲルティ侯爵がさえぎった。


 その声に、エレナさんの小柄で細い身体が小さく震える。

 やはり……覚悟を決めていても、怖いのだろう。


「まさかおそれ多くも陛下の前でも、血の功罪こうざいは関係ないなどと……。そんな無礼な事を言うつもりではなかろう?」


 自分の血を誇る陛下の気質を利用したのか!?

 おのれ……。

 何処どこまでも汚いおっさんなんだ、この男は!


「……私の父。実家がした裏切りは事実です。申し開きはありません」


 ああ……。

 エレナさんは、完全に覚悟を決めてしまった。


 そのはかな微笑ほほえむ姿。

 まるで――おとりになって討ち死にするのを覚悟したサムライのようだ。


「この通りです、陛下。大軍をお預かりした指揮官として、エレナ男爵を懲罰委員会ちょうばついいんかいにかけた後――死罪しざいに処する事を進言します」


「なっ!?」


 思わず声が漏れ出てしまった。

 謁見の間にも、今までで一番のどよめきが広がっている。


 それはそうだろう。

 まだ14歳の若者だぞ!?


 それも親がした裏切りで、エレナさん自身は落ち度が無いだろうに!

 事もあろうか、死罪!?


「ゲルティ侯爵。それは懲罰委員会での取り調べ次第だ」


「これは失礼しました。……陛下よりお預かりした兵を失う痛恨つうこん。陛下への忠義による痛みから、結論を早まった事をお許しください」


 おのれ……。

 確かに国境を預かる膨大な領地を有する辺境伯の裏切りは痛恨だっただろう!

 だが――それをエレナさん自身が関与したか、ろくな調べもせずに死罪に処せだと!?

 事もあろうに――それが忠義だと!?

 巫山戯ふざけるのも大概たいがいにしろ!


「良い。ゲルティ侯爵の余に対する忠義に免じて、許そう。――衛兵。懲罰委員会までエレナ男爵を牢へ幽閉ゆうへいせよ」


「「「はっ」」」


 衛兵は瞬く間にエレナさんの身体を取り押さえ、連行を始める。


 謁見の間から牢へ連行されるエレナさんの背に俺は目線を向け――怒りに打ち震えた。


 確かに生前の俺が生きた時代にも――国家や主を裏切り、家族まで処罰される事例はあった!


 だが――幼気なまでに小柄な少女が体を縮こまらせ、騎士に連行される姿。


 こんなにも庇護ひごしたくなる光景があるだろうか?

 ましてやエレナさん自身は――実家から勘当されているんだぞ!?


 生い立ちが偶々、そういう親だっただけなのに……。

 エレナさんは何も裁かれるような罪を犯していないどころか、勇敢に戦い抜き、功績をあげた独立した男爵だろうが!

 それを認めずの裁きなど、筋が通っていない片手落ちの裁きだ!


 ここで助太刀しないのは――武士の名折れ!



―――――――――――

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