第45話 ルーカス男爵。めでたし……え?

 ノルドハイム枢機卿が陛下の提案した報償に異論いろんを挟むと――謁見えっけんの間は、にわかにざわめき始めた。


「ノルドハイム伯爵。余の考えに異論があると申すか?」


 不機嫌さを滲み出させた陛下の声に、謁見の間は静まり返る。

 ノルドハイム枢機卿は膝を付くと――。


「――怖れながら、陛下と国家の為にはげむよう指示された伯爵として、そしてガンベルタ教の枢機卿として……陛下に意見上奏いけんじょうそうしたく思います」


 うやうやしく、そう述べた。


 確かに先程、ノルドハイム枢機卿は陛下と国家の為に励むと言い、陛下も励めと言った。

 舌の根も乾かぬうちから控えろとは言い辛いだろう。

 そして何より――陛下が反応した言葉は、だ。


「……上奏じょうそう、か。ガンベルタ教の枢機卿が、余に上奏じょうそう。ふっ、良いだろう。意見を申せ」


 上奏と言う――最大級に敬って意見をしたいと言う意味の言葉に、陛下は気を良くしたようだ。


 大陸の半分で国教となっているガンベルタ教の枢機卿が、上奏と言ったのだ。

 高貴な血を誇る陛下の目には、枢機卿が自分をはる天上てんじょうの人だと認めたように映ったのだろう。


「はっ。聞けばそのルーカス・フォン・フリーデンと言う者、此度こたびの戦において我が娘――テレジアの恩人でもあります」


「……ほう、聖女のか?」


「ええ。娘が未熟さから聖女という名の重圧へ屈しそうになったおり、支えてくれたのは……そこのルーカス殿だと」


「……テレジア・ド・ノルドハイムよ、相違そういないか?」


「は、はい! 仰る通りです。ルーカス・フォン・フリーデンさんの支えが無ければ、私はお役目を果たせず折れていました」


「……ふむ」


 陛下は考え込むように、肘を突いて顎に手を当てている。


 国王として何を考えているのか、俺のように平民同然で生きて来た者には分からない。


「更に、です。たくみな用兵ようへいの手助けがあったとは言えラキバニア王国の将軍を討ち、子爵と伯爵の首をあげ、敵の備蓄庫へ火計かけいを仕掛けた実行者でもあります」


 その声に、謁見の間は更にどよめく。


 成る程、この情報に驚くと言うことは……だ。

 ゲルティ侯爵やササ伯爵は、詳細に誰が敵を討ったかを報告していなかった事が覗える。


 エレナさんの功績も含め、ゲルティ侯爵やササ伯爵は自分たちの用兵の結果として報告をしたのだろう。


 ゲルティ侯爵やササ伯爵が歯軋はぎしりしながら拳を振るわせ悔しがっている姿は――少し胸がスッとするな。


 若者の功績を奪う汚れたおっさんは、何処の世界にも蔓延はびこっているものだなぁ。

 汚れを掃除したいと……手がうずく。


「それだけの戦功せんこうをあげればゾリス連合国は勿論もちろん、帝国からもルーカス・フォン・フリーデンは注目されるでしょう。それが一介いっかいの騎士へ任じられるのが褒美では……」


「……確かに、な。相応そうおうの褒美を取らせぬ王だと、他国から見くびられるのは思わしくない。……ならばノルドハイム伯爵は、どのような褒美が妥当だとうだと考えている?」


「学生の間は――男爵位だんしゃくいを与え、正式に貴族として任ずる事。そして軍部ぐんぶでも相応そうおうの指揮権を与える事が妥当かと。卒業後は改めて再考さいこうすると公表すれば、他国から侮られる事はないと思われます」


 俺が――間違いなく貴族と認められる、男爵位だと!?


 まさかノルドハイム枢機卿は『己で功績を主張せずとも周りが自ずと押し上げ、気が付けば人を率いる立場に居る』。


 俺が昨夜、そう語った言葉を――実践じっせんに移そうとしているのか!?


 ありがたくはあるが……。

 その推挙すいきょで友の身が危うくなるのは、いただけない。

 程々にして欲しい。

 俺も余計な事を口にしたと、責任を感じてしまう。


「……そうか。しかし、貴族位か……。つとまるのか? 準男爵家の3男に」


 新たに爵位持ちの貴族が誕生するのを嫌がっていると言うより、準男爵家の出自を気にしているようだ。


 如何いかにも血筋至上主義が言葉の端々から垣間見かいまみえる、ジグラス王らしいな。


不肖ふしょう、このノルドハイム。推薦すいせんした責任があります。娘の恩人としても、私が寄親よりおやとなり世話をしましょう」


「……ふむ」


 寄親とは、貴族の世話をする貴族――つまり下位の貴族の面倒事が起きれば、親である大貴族の自分が世話をすると言う事だ。


 同時に寄子よりこの責任は、親の責任でもある。


 領地が与えらなければ、宮廷か軍で働く貴族になるだろう。

 領主貴族よりも、問題が起きやすい――貴族勢力間の謀略ぼうしゃくめられやすい立ち位置だ。


 昨日、友になったとは言え……そこまで俺を信用してくれるとは。

 本当に、俺は友には恵まれているな。


「どうか信賞必罰しんしょうひつばつの原則にのっとり、マテウス・ヴァン・ジグラス陛下の大御心による宸断しんだんたまわりたく存じます」


 結局、その最上級敬語が決め手だったんだろう。

 しぶっていたジグラス王の顔が笑みに変わり――。


「――良かろう。ルーカス・フォン・フリーデンを男爵位に任じよう。軍部での昇格については、大臣へ一任する。良いな?」


「はっ!」


 視線を向けられた大臣は、うやうやしく礼をした。


 ゲルティ侯爵とササ伯爵は悔しそうに拳こそ振るわせているが――表情には、嫌らしい冷笑れいしょうが浮かんでいる。


 なんだ?

 これから俺に何を仕掛けて来るつもりだ?

 武力行使ぶりょくこうしなら、何時いつでもむかつが――。


「――それでは最後に……第3魔法師団団長、エレナ・フォン・リンデル男爵」


「……はい」


「そなたの――罪科ざいかについて申し開きを聞こうではないか」


 罪科ざいか――処罰しょばつされるべき、罪?

 功労こうろうではなく、そう言ったのか?


 驚愕し過ぎて、エレナさんの顔を思わず見る。


 切腹前のように――覚悟の決まった眼。

 裁断さいだんをくだされるのを覚悟したその眼は、俺の聞き間違いじゃない証左しょうさ


 幼さが残る若い顔の中、死を前にして揺れる事のないサムライのような瞳が、そこにはあった――。



―――――――――――

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