第44話 陛下、異議あり!

「――テレジア・ド・ノルドハイム。そなたは死者蘇生ししゃそせいの奇跡を成したそうだな?」


 テレジア殿へ、そう尋ねた。

 テレジア殿は少し狼狽ろうばいしながら口を開く。


「は、はい。しかし、その……1度だけでして。ここに居ります、ルーカス・フォン・フリーデンさん以外には――」


「――実に素晴らしい!」


 陛下はテレジア殿の言葉をさえぎり、両手を広げて喜びをあらわにした。


 人の話を聞かないタイプのようだ。

 王族や支配者階級には、その生い立ちに育ちから、ありがちなタイプではあるが……。


 賢者は聞き、愚者は語ると言う。

 これが興奮の余り思わず出てしまった軽率な言動だと、ジグラス王国側で剣を振るった俺としては信じたい。


まぎれもない聖女の誕生だ。これこそガンベルタ神が地上の平定へいていを命じられたメル・ヴァンの血を受け継ぐ王家に与えた奇跡であろう!」


 ああ……ダメかもしれない。

 テレジア殿を褒め称えるよりも、自分の血により神が奇跡を与えたと思っている。

 そんな感情が、言葉から滲み出ているな~……。


「奇跡の代行者、聖女であるテレジア・ド・ノルドハイムには格別な報償が必要であろう。何か望みはあるか?」


「あ……。い、いえ。私は自分の役割を果たしただけですので。それに聖女と言うには、力が――」


「――何と献身的けんしんてき謙虚けんきょなのだろうか! 流石は聖職者のかがみたる聖女だ。皆もよくよく見習え」


「「「はっ」」」


 居並ぶ騎士や貴族に訴えかける陛下に、皆が軽く頭を下げる。


 だから……若者の話を聞け。

 おっちゃんの独りよがりは、見ていて辛い。

 憤りすら覚えてしまう。


「しかし如何いか謙虚けんきょと言えど、だ。これだけの偉業に何も褒美を与えなければ、余の沽券こけんに関わろう。……協会内での地位には口出しは出来ぬ故、教会側に任せる。良いな、ノルドハイム枢機卿?」


「……はっ」


 ノルドハイム枢機卿は、表情を引き締め頭を下げた。


 本当は実の娘が望まない昇進など、させたくないのだろう。

 しかし、ここまで言う陛下に逆らう訳には行かない、と言った所か?


「しかしこれ程の偉業だ。神の使徒たるヴァンの血を受け継ぐ王家としても報いぬのは、恥だ。聖女の実家が中級貴族と言うのも、外聞がいぶんが悪い。それ故に――テレジア・ド・ノルドハイムの実家であるノルドハイム家を伯爵位に陞爵しょうしゃくしよう。誰ぞ異論のある者はいるか?」


 異論があろうが、言える訳がない。


 そもそも辺りを見渡せば、王に媚びへつらうイエスマンばかりに映る。

 この連中の中では……ノルドハイム枢機卿も、国の為にとは動きづらいだろうな。


「うむ。正式な叙任じょにんと民への聖女誕生のお披露目ひろめは、後日の叙任式典じょにんしきてんおこなう。良いな、ノルドハイム枢機卿……いや、ノルドハイム伯爵?」


「はっ。陛下からの報償ほうしょう、ありがたく頂戴いたします。伯爵として陛下、そして国家の為に励みたいと思います」


「うむ。よくよく励まれよ」


 実際に偉い立場な訳だから、偉そうも何もないが……異論を許さぬ横柄おうへいさを感じる。

 玉座を降りれば、臣下の声を良く聞く王であって欲しいが……望みは薄そうだ。


「続いて功罪こうざいの確認に移ろう」


 功罪?

 論功では無く、か?


「ルーカス・フォン・フリーデン」


「……はっ」


「そなたはゲルティ侯爵やササ伯爵が第3魔法師団を運用する中で、敵軍の将や指揮官を討ったそうだな?」


 ゲルティ侯爵やササ伯爵が兵を運用?

 何を言っているのか。

 あいつらは大本営でふんぞり返っていただけだ。


 随分と自分に都合の良い報告をしたようだな、と横目にゲルティ侯爵やササ伯爵を見ると――あざけわらいながら、こちらを見ていた。


「どうした。ルーカス・フォン・フリーデン。そなたが平民同然の準男爵家の3男であろうと、余は発言を許す」


 返答しない俺が、身分差で緊張しているとでも思ったのか?


 これは……真実を述べた所で、意味が無いな。


 昨日のノルドハイム枢機卿との会話では無いが――王宮は腐敗している。

 正当な評価がされない、組織として変革すべき状態のようだ。


「はっ。運と仲間が見方してくださいました」


 俺はそう述べるに止める。

 せめて第3魔法師団の団長であるエレナさんの功績まで奪われぬように、と。


 己の功績を長々と語るなど、名を汚す行為だ。

 その上、貴族共に封殺ふうさつされたのでは――恥とも言える。


「うむ。上官の用兵のたくみさ、そなたに手柄を与える機会を与えた温情に感謝せよ。……だが見事、そなたがにくきラキバニア王国の敵を討ち果たしたのも事実。未だ導入教育課程どうにゅうきょういくかてい、それも下院かいんクラスの身ではあるが……。そなたへ騎士爵を与えようと思う。誰ぞ、異論がある者はおるか?」


 騎士爵。

 それは上院クラスを卒業して士官すれば、誰でも任じられる爵位だ。

 そうでなくとも騎士団への入団試験を通れば下院クラス出身だろうと、誰でも任じられる。


 敵の将軍、子爵、伯爵の首級をあげて……その程度の報償か。

 一体、どういう報告のねじ曲げ方をすれば、ここまで不当な評価になるのだろうか?


 どうせ陛下に従順じゅうじゅん諫言かんげんも出来ない者しかそばに置いていないのだ。

 これで決まり――。


「――怖れながら陛下。その報償、どうか御再考ごさいこうを願えませんでしょうか?」


「……ノルドハイム伯爵」


 異論を挟まれた陛下が、その勇気ある能臣の名を呟いた――。



―――――――――――

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