第40話 不気味? でしょうね!

 俺の口にした立場へ吸い寄せられる傑物けつぶつについての言葉へ、ノルドハイム枢機卿は興味深そうに耳を傾けていた。


 本当は色々と聞きたい側の立場なんだけど……。

 先ずは俺から心中しんちゅうを余すことなく明かさなければ、対等に本音を語り合うのは難しいだろうからね。


「己で功績を主張せずとも周りが自ずと押し上げ、気が付けば人を率いる立場に居る。……それこそが、神に選ばれた天才と呼ばれる者なのでしょう」


 紙の教えを説く枢機卿に、『神に選ばれた天才』などと語るのは不敬なのかもしれない。


 でも――仕方がない。


 俺にとって、そうとしか思えない偉大な方々が居たのだから。


「しかし多くの者は、そうではありません。俺と言う無学文盲むがくぶんもう非才ひさいな男も、これに当たります」


「……随分とマイナス思考なんだね? あれだけ前代未聞ぜんだいみもん功績こうせきをあげておきながら、自分を非才と表現するとは」


「いえ、決してマイナス思考ではありませんよ? むしろプラス思考です」


 どういう事だと言う表情を、ノルドハイム枢機卿は浮かべている。

 至極単純しごくたんじゅんな話なんだけれどなぁ。


「天才と非才。……程度の差こそあれど、己で己の望む道をひらためにじむ努力をしなければ、何者にもなれません。それこそ眩い宝石のような天才であれど――加工かこうせねば原石げんせきです。十分にみがかねば、その光もにぶいままです」


「……成る程。それは、その通りだね。軍略ぐんりゃく話術わじゅつ内政ないせい武芸ぶげい……。数多あまたな分野でたぐまれな才を発揮する者は、皆がその才を磨いている。努力の自覚がある者、無い者と居るがね」


 そう。

 つまりは、それが――無学文盲で学ぶことばかりの未熟者。


 非才で人に劣る事を自覚するのが――おっちゃんになっても楽しみで燃える理由だ。


「だからこそ俺は武士道を重んじ、サムライとして努力を生活の当然として生きようという気になれるのですよ。他者と比較するばかりではない。己が信念に基づき磨き続け、いざという時に大切な何かを、誰かを護る刃となるサムライに」


「ふむ……。つまり君は、己を非才だと感じれば感じる程、自分を磨く事に楽しさを……。いや、生き甲斐を覚えていると? それはまた……。どうにも私には理解がしがたい道だね」


「はははっ! 今生では武士道だけでなく、恋の道も探究する努力をしたいと考えておりますがね?」


「……今生こんじょう?」


 俺の言葉に、ノルドハイム枢機卿は――首を傾げた。

 言葉の意味は分かるのだろうが、理解が出来ないと言った様相だ。

 明かしてみるなら、このタイミングか……。


「……ノルドハイム枢機卿は、俺がテレジア殿のお力で――異世界から蘇らせてもらった『おっちゃん』だと言って、信じてくださいますか?」


 驚いたのか、ノルドハイム枢機卿は目を剥いた。


 そしてワインをジッと眺めながら考え始める。

 言葉の裏だとか、何か含ませていないかだとか、色々と考えているんだろう。


 何処の世界だろうと、おっちゃんが言葉を鵜呑うのみにしないのは……変わらないな。


 ま、俺はそんな――裏表を切り分ける器用な真似が出来ない、おっちゃんだけれどね?


「……異世界のおっちゃん。つまりは……元のルーカス・フォン・フリーデンくんとは別人格、か。にわかには信じがたいね……。だが……信じる努力をしよう。ガンベルタ神が起こす奇跡は、人智じんちおよばぬ御力おちからを秘めているからね」


「はははっ! それならば俺にとって――やはりテレジア殿は大恩人であり、ガンベルタ神の奇跡の代行者だいこうしゃです。俺にとっての聖女と呼べる存在で、やはり間違いないですね! はははっ!」


 やはりノルドハイム殿は、ガンベルタ教の枢機卿なのだな。

 思考の根本にはガンベルタ教の教義か何かがあるのだろう。

 俺は日々を生きるのに精一杯の、平民が如き準男爵家で、教義を深くは知らないが……。


 この転生話が一笑に付されないとは、俺こそ驚いた。

 案外、テレジア殿にも話してみるべきなのかな?


 そうすれば彼女も、自分が聖女と言われてそれなりに納得が……いや、無理かな?

 蘇生の奇跡を常に使える治癒魔法使いでもなければ。


 テレジア殿のあの様子。

 おそらく――俺以外に致命傷を負った者にも、精一杯の治癒魔法を使ったのだろう。

 多分、だが――それは上手く行かなかった。

 失われた命は、救えなかったのだ。


 だから、自分は皆の言う聖女なんかじゃないと頑なになっているのかもしれない。


 優秀な治癒魔法使いで、おっちゃんにとっての聖女には違いないんだがね?

 はははっ!


「……正直に言おうか。私は――君が理解出来なくて不安なんだよ……。君が正当な褒美を与えられないのに、そのように笑っていられるのが不思議で仕方ないんだ」


 おお。

 かなり腹を割って話してくださったな~。


 困惑した表情からも、これがノルドハイム枢機卿の偽らざる本音だろう。


「……ゲルティ侯爵やササ伯爵により君の戦功を奪われていると告げても、まるで気にした様子がない。大切な者、誰かを護る為に腕を磨ければ満足なんて……人間の欲とは、それ程に浅くはない。……正直、君が何を求めているかが分からなくてね。……不気味なんだ」


 俺の考えが分からなくて不気味、か。

 武士道の概念が存在しないこの世界では、そう思われるのも無理はないか。


 むしろ本音を話してくれた事が嬉しい――。



―――――――――――

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