第41話 おっちゃんフレンド

「成る程、確かに……。お金や権力は、あるに越したことはないです。過程を評価された結果として、いただけるなら欲しいですよ。食べられず、しいたげられる身では生き抜けませんからねぇ……。しかし俺が今生こんじょうで真に求めているのは、先程も申しあげた通りです。――恋の道、そして武士道精神を探求したいのですよ。これがいつわらず、俺が求める本質ほんしつです」


「……ほう。先程から恋の道や武士道と口にしているが……。忠誠心はないと?」


「いえ、忠誠心では負けたくないですな。……騎士道きしどうとは国家や王に忠誠を誓う者だと覗っています。俺の探求する武士道は、まず己に忠義ちゅうぎを誓うのです」


「……すまない、私には良く分からない。自分に忠義を誓うとは? 王に忠義を誓うのではないのか?」


 勿論もちろん、王や主に忠義を誓うのもそうだ。

 だがそれは己という刃を武士道で磨き抜いた末、この人に刃を預けたい。

 この人の為になら、死ねると順に至るもの……。

 はる次元じげんの高い忠義だ。


 決して『王』と言う名や権威けんいの元にじゅんずる覚悟を決めるのではない。

 おもんじるは――やはり、己だ。


「俺が重んじる忠義とは、だんじて権威けんいに対する忠義ではありません。天に対する忠義です」


「君の言う天とは、ガンベルタ神の事……ではなさそうだね?」


 枢機卿と言う教会でも最高クラスの権力者に語るのは正直、はばかられる。


 しかし嘘を吐くべきではない。

 嘘は、自分の信義と名を貶める。


「はい。おのれがこれぞ天上てんじょうだといだいた理想――信念しんねんを果たす為、誠実せいじつに取り組み、弱き己をりっし強き己に近づこうとする。――つまり、そんな己の抱く意志いしへの忠義ちゅうぎのことです! その忠義にじゅんずる行いを名誉とし、命より名を惜しむ。それが現時点で俺が歩む、武士道の在り方です」


 理解は出来ないが、納得はしてくれたのだろうか?

 ノルドハイム枢機卿はワインを口に含み、何度か頷いている。


「成る程……。少しだが君の言う事や求める事が理解出来たよ。しかし……だ。人の意志というのは、時に対立するとは思わないかね?」


「ええ、大義は対立します。国や王が些細ささいいさかいや野心やしんから対立するのと同じですな。……会話でどうにもならない場合、刃を交えるのも――排除するのも仕方がない。戦争なんて大なり小なり、己に都合の良い決まり事やら常識、信義を力尽くで押しつけ合う代物でしかないですからな。はははっ!」


 そう、結局の所――騎士道も武士道も、武人としての在り方、生き方の違いでしかないのだ。


 暗殺あんさつ諜報ちょうほう生業なりわいとした忍者にんじゃだって、武士ぶし

 それぞれに果たすべき役割を見定め、信義しんぎに生きて戦うだけだ。


「……君は綺麗事きれいごと絵空事えそらごとだけでなく、清濁合せいだくあわせ飲む事の必要性も理解しているのだね。いやはや、大した者だ。おっちゃんが若者の身体に蘇ったと言うのも、思わず信じてしまいたくなる」


「はははっ! 与太話よたばなし世迷よまよごと一蹴いっしゅうしないとは、ノルドハイム枢機卿はふとおろが深い御方ですな」


 俺の笑顔に釣られたのか、ノルドハイム枢機卿も笑みを浮かべる。


 何度も頷きながら、ワインを口にして――やがて、心からの和やかな笑みを浮かべた。


 この表情を見るに、俺への不信感は解けたのかな?

 友人の父に不気味と思われるのも、悲しいからねぇ。


「……ここまで踏み込んだ会話をするつもりは、当初なかったのだがね。……君は人のふところに入り、聞く力にも長けているんだね。壁を感じないと表現するべきかな?」


「そうでしょうか? もしそうなら、皆さんが俺のような者へ親しみを抱いてくれるお陰ですな。友人であるテレジア殿やエレナさんと良い、慈愛じあいと職務への真摯しんしな姿勢を持つノルドハイム枢機卿と言い。俺は周囲の人に恵まれているのでしょう。はははっ!」


 我ながら、本当にそう思う。

 よくぞまぁ……俺のような人斬りの周りに、人が集まってくれるものだと。


 どなたからも学ぶべき所がある、尊敬する人ばかりだ。

 だから俺も、サムライとして礼を尽くし報いたい。


「……ふふっ。私は君がとても気に入ったよ。さながら吹き抜ける青空のように気持ちの良い少年だね、君は。それでいて、まるで歳上なのかと思う程に深い思慮と確立した見識も持ち合わせているようだ」


「それはまた……俺のような人斬りに、畏れ多い評価ですな。そんな大した男じゃないですよ?」


謙遜けんそんも過ぎれば嫌味となるよ?――でも、君も完璧な人間ではないのは事実だね。完璧なのは神のみ、人間とは不完全な生き物なのだから」


 人間とは不完全な生き物、か。

 成る程……それもまた、武士道にせよ恋の道にせよ、真理なのかもしれない。

 不完全だからこそ、道を歩む。


 道の最果さいはてなど――もしかしたら、ないのかもしれない。

 歩み続けた最期に、自分が歩いた道に納得出来るかどうか。

 それだけなのだろうか?


「君に足りない所は私が補完ほかんし、私に足りない所を君が補ってくれる。歳の差はあるけれど……娘だけでなく、私ともそんな対等な友人関係になってくれないかね?」 


「――是非! 俺はノルドハイム枢機卿には、既に親しみと敬意を抱いていますからね! 同じおっちゃんとしても、人間としても!」


「ははっ。本当に――君は面白いね? 約束しよう。私は対等である友を、決して見捨てない」


「俺もですよ。テレジア殿もエレナさんも、そしてノルドハイム枢機卿も……。俺の大切で護りたい方々です。義の道が敵対しないことを心から祈りつつ――友となりましょう」


 握手は交わさなかった。


 おっちゃんになると、形ばかりの握手よりも――心の繋がりを求める。

 若い頃より遙かに難しくなる心の繋がり、真の友人を――。


―――――――――――

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