第39話 ノルドハイム枢機卿

 そうして館を少し歩くとノルドハイム枢機卿は一室の前で止まり、重厚な木製の扉を開いた。


 飾られた美術品、そして向かい合うソファーにローテーブル。

 これは、応接室と呼ばれる造りだろうか?


 直ぐにルーク殿がやってくると、新しいワイングラスとワイン、つまみをテーブルへ置いた。

 そうして1杯目を入れると、室外へと去って行く。


 ふむ。

 どうやらノルドハイム枢機卿は、余人を交えずに会話をしたいようだな?


 さて、何を聞かれるのやら。

 ノルドハイム枢機卿はワイングラスも持たず、ソファーから立ち上がる。


 そして――。


「――2人っきりになれたね。……先ずは、改めてお礼を。押しつぶされそうなテレジアを……愛する娘を救ってくれて、本当にありがとう。親として本当に感謝するよ」


 優雅ゆうがに、そして深々と挨拶をした。


 このような平民同然のお情け貴族家の3男に、大貴族が躊躇ちゅうちょなく頭を下げるとは――大した御仁ごじんだ。


 俺は慌ててソファーから立ち上がり、ノルドハイム枢機卿の肩を掴む。

 身分どうこうではない。


 そんな大層な事をしていないのに――偉そうにふんぞり返ってなんていられない!


「俺に頭を下げるのはおやめください。本当に大した事はしていないんですよ。……それより2人で話そうと思った本音を、お伺いしても良いですか?」


「ほう……。それも分かる、か。やはり凄いね、君は」


 立っていては逆に迷惑になると思ったのか、ノルドハイム枢機卿は再びソファーに座り直した。


 それを見て俺もソファーに座り、2度目の乾杯を交わす。


 少しの間、互いにワインの味を感じる時間が続く。


 魔力に反応する鉱石が暖色に光を放ち、非常に温かな空間だ。

 家主の温厚な性格が応接室に現れているような気がするよ。


「では、先程の話に戻ろうか。――君は本当に、自分の戦功が英雄に値すると思わないのかね?」


 ノルドハイム枢機卿は重々しく口を開いたが……なんだ、そんな事か。

 2人っきりなら、本音を話し違う答えになると思ったんだろうか?

 それなら――俺の答えは変わらない。最初から本音を話しているのだから。


 まぁ、俺の中身はおっちゃんだからねぇ……。

 政治などで歴戦の猛者であろうノルドハイム枢機卿なら、俺の中身が大人びてるのを見破り、腹芸を使っているのではないかと疑っていたとしても不思議ではないかな?


「ええ。そんな大それた者ではなく、俺は仲間と協力した1人に過ぎませんからね。……俺の魔力なんて、平均の僅か3分の1程度ですよ? 己の長じた部分を活かす為に仲間が助けてくれた。そう思わずに功績を誇れる程、傲慢ごうまんにはなれませんな。はははっ!」


 あの吸収した魔力を光として放射する鉱石の反応距離には、思わず笑ってしまったな。


 まぁ伸び代と思えば、これからの鍛錬が楽しみになるが。

 いや~成長が目で見て分かるのは、便利で楽しいね。


 教鞭きょうべんを執る側でなく学園に通うのも、冒険者としての活動も楽しみだし。

 こんな何も知らない、力も未熟な者がどうして傲慢ごうまんになれようか。

 はははっ!


「……今頃、王宮では陛下や大臣、高級官僚たちへと戦場指揮官が報告をしているが……。ゲルティ侯爵やササ伯爵は、君の功績こうせき随分ずいぶんと小さく報告しているらしいよ?」


 俺の反応を覗うように尋ねて来た。


 俺が驚いたのは、ゲルティ侯爵やササ伯爵が戦功報告を自分に都合の良いように、ねじ曲げて報告している事ではない。


内偵ないてい、ですか。情報が非常に早く、優秀な方々を傍に置かれているようですね」


「うむ。残念ながら、深く込み入った報告に立ち会うのは許されない身分の者だけれどね」


 だとしても、だ。

 王都へ帰還してからまだ半日足らず。


 それで王宮の情報を持ち合わせているとは……。

 情報の重要性を理解して、必要とあれば手を尽くす素晴らしい御仁だ。


 しかし、俺の功績を故意に過小報告している事について、か……。


「……先程も申しあげたように、ですね。その程度で他者評価が上がらないなら、俺の功績が不足しているか組織が不健全な証拠でしょう」


「うむ。――私は間違いなく、後者だと思っている。そしてそれを、快くも思っていないんだよ」


 悔しそうに言うノルドハイム枢機卿は、己の無力さを嘆いているようでもある。

 子爵としての立場からか、それとも国家への忠誠心からだろうか?


「予測ですが……。諫言かんげんをする能臣のうしんを遠ざけられていたのでは?」


「その通りだよ。……全く愚かしいよね。私はこの国の生まれなんだよ。しかし子爵で枢機卿とは言え――ノルドハイム家そのものの正式な所属は、メルダニア神聖国だ」


 成る程、つまりは外様とざま……。

 いや、正確には外部の人間扱いなのか?


「ジグラス王国へは派遣の形だから、大臣へ就任しゅうにんするのも認められていなくてね。戦争で国が滅ぼうと、私たち一族は間違いなく助命じょめいされる。だから人事権じんじけんにも一意見は出来れど、掌握しょうあくは決して出来ない。領地もない宮廷貴族でありながら、要職ようしょくにもけず、ご意見番でしかないんだ。……口惜くちおしいよ」


 ノルドハイム枢機卿は、とても無念そうにワイングラスを握り締めている。


 この御方は――生まれ故郷であるジグラス王国への忠誠が高いのだろうか?

 どちらかと言えばノルドハイム枢機卿は、腐っている組織が許せない正義の男だと感じる。


 そう、正義の為なら――巨悪を斬る悪になる覚悟を持つ者。

 生前の俺の仲間と、同じ匂いがする。


 だから俺は、この人が――凄く親しみやすく感じる。


「世の中……無理をせずとも真理や立場へまるで招かれるように吸い寄せられる、しん傑物けつぶつもおります」


 過去を思い出し、微笑みながら口を開く。

 ノルドハイム枢機卿へ余すことなく胸中を吐露とろしようと思う。


 それこそ、俺が転生した事さえもだ――。



―――――――――――

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