第38話 2人きりの晩酌?

「テレジア殿が、その美しき笑顔を曇らせた件に関しては……。士気向上しきこうじょうに利用した指揮官が悪いと、俺は思いますよ?」


「それは……。ゲルティ侯爵様が私に兵を鼓舞こぶする重要性と、私にしか出来ない役割だからと強く説得されまして……。あの場で未熟だからと断れなかった私も、弱かったです」


「テレジア殿は、お心が広いですなぁ。感嘆かんたんすると同時に……組織が過剰かじょう一個人いちこじん重責じゅうせきを任せ過ぎるのは良くないとも思います。少なくとも周囲のおっちゃんは、テレジア殿をサポート出来る体制を敷くべきでした」


「その通りだね。個人に頼った組織とは、非常にもろいよ。その支柱しちゅうが重荷に耐えられず折れれば、瞬く間に瓦解がかいしてしまうのだからね」


 ワイングラスの細い部分を掴み、血にも似た色のワインを揺らしながら、ノルドハイム枢機卿は苦笑を浮かべる。

 そうして視線を俺に向け――。


「――しかし、だ。絶望の中、英雄だと期待してしまいたくなる個人が存在するのも……事実だよ?」


 そう言葉を繋いだ。

 何故なぜ、それを俺みたいなおっちゃんに向けて言うのだろうか?

 同じおっちゃん同士だからか、腹芸を読むのには長けているつもりだったけれど……。


「分かるかな? テレジアに軽く聞いただけだが、君は低い身分で初陣にも関わらず、ラキバニア王国の将軍と高位指揮官を打ち破ったんだ」


 ああ、成る程。

 やっと理解した。


 精神年齢が55歳と言っても、やはり俺は凡才ぼんさいの身だ。

 説明してもらってやっと分かるようでは、な。

 まだまだ未熟な、おっちゃんだねぇ……。


「娘が自己評価と他者評価の差異さいに苦しんでいるのを救ってくれた若者だ。おっちゃんとしては、英雄視して期待を寄せてしまうのも性なんだよ」


「その功績は俺の友、エレナさんやテレジア殿、そして一緒に戦った者の補佐があればこそですよ。将軍に関しては運と油断の要素も大きかった。一個人の力量がどうこうではありませんな。はははっ!」


 そう。

 俺の功績だけな訳がないと考えていることも、ノルドハイム枢機卿の言葉の意図が読めなかった一因だろう。


 ラキバニア王国の将軍は、このルーカス・フォン・フリーデンの若い見た目に侮った。

 エレナさんが居なければ、そもそも備蓄庫を襲撃するにしても目印が作れなかった。


 飛び交う魔法をレジストもしてくれたし、あれがなければ――もう1度死んでいたかもしれんね!

 そうしてまた、テレジア殿に傷と命を救ってもらう、と。


 うん。やはり皆のお陰だな。

 はははっ!


「……成る程。君もテレジア同様、自己評価が低いようだね。いや、これは謙遜けんそんと表現すべきかな?」


「俺は出来る事と状況を冷静に分析したまでだと思いますがね……」


「そうかね?……ルーカス君。良ければこの後、私の私室でもう少し晩酌ばんしゃくに付き合ってはくれないかな? 君と2人で酒を飲みながら、私はもう少しゆっくり語りたいのだけれど」


 ほう。

 ノルドハイム枢機卿の目の輝き……。

 これは純粋に会話を楽しみたい時の目ではない。

 何か思惑がある時の、目の色だ。


 俺という人間を図っている節があるし、特に後ろ暗い事もないのだ。

 俺個人としては、断る理由がない。


「俺は良いですが……テレジア殿は抜きで、ですか?」


「お父様……。まさか、そうやって私をものにするおつもりですか?」


 少しねたように言うテレジア殿。


 うん、まぁそうなるよな。

 楽しい宴をしていたのに「二次会はお前は抜きで」と言われて、良い気はしないだろう。


「悪いね、テレジア。少しだけ彼を借りたいんだ。それとも、テレジアもお酒を飲むかい?」


「……お酒が中心の席なら、我慢します」


 流石は父だな。

 娘がどうすれば折れるか、熟知している。


 俺も恋の道を切り開き、子を育てるようになれば何時の日か……。

 生前の俺と同じぐらいの年齢だろうノルドハイム枢機卿のように、なれるのだろうか?


 いや、なれるだろうかじゃないな。

 このように笑顔溢れる幸せな家庭を築いてみせる、だ!


「ありがとう。……さて、それでは行こうか」


 席を立ったノルドハイム枢機卿に付き従い、俺も食堂を出た――。



―――――――――――

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