第36話 食事会と思惑

 ノルドハイム枢機卿の屋敷は、これぞ貴族とでも言うべき大きな邸宅だった。

 広大な庭に100人は暮らせるのではないかと言う清潔感のある館。


 門から庭を通り、館の玄関までが遠い……。


 門の前は私兵が警備しており、一度玄関の門を開けばメイドや執事しつじが並んで迎えてくれる。


 全てに圧倒されながら――先ずは入浴させてもらい、それから食事となった。

 やはり温かい湯に浸かれるのは最高だぁ……。


 そうして、どうしてこれだけ長い必要があるのかと機能性に疑問を抱く食事用のテーブルを囲む。


 だが――困った。


「――ノルドハイム枢機卿、テレジア殿。そしてルーク殿。俺は無学文盲むがくぶんもうの男ですから、テーブルマナーに関して気になった所は、ご教示いただけませんか?」


 席に座りながら、目の前に座るテレジア殿。

 そしてホストとして2人の顔をみられる席に座るノルドハイム枢機卿。

 立って用命を待つルーク殿に声をかける。


「ほう。普通はテーブルマナーを他者にどうこう言われるのは恥と嫌がるものが多いけれど……。君は気にしないんだね?」


 ノルドハイム枢機卿は楽しそうにそう語る。


 テーブルマナーを聞くのが恥、か。

 俺は――そうは思わないけどな。


「聞くは一瞬いっしゅんはじ、聞かぬは一生いっしょうはじと言う言葉もありますからねぇ」


「ほう。……良い言葉だね」


「知らない事を知る人から聞くのは、学びになります。しかし一時の恥を嫌がり一生知らないままでは、一生恥をかき続けますからな。どうか遠慮えんりょせず、教えてやってください。子供おっちゃんだと思って、ね。はははっ!」


「もう、ルーカスさんはまたそうやって冗談ばかり……。ふふっ。でも、私も素敵な言葉だと思いますよ」


「私の娘が非常に良い笑顔を浮かべているね。父親として嫉妬してしまいそうだよ。――よし、これは遠慮なく指摘させてもらおう。……自分の義息子ぎむすこが出来たと思ってね」


「俺がノルドハイム枢機卿の義息子ぎむすこ、ですか?」


 凄く違和感がある。

 実年齢としてはノルドハイム枢機卿の弟ぐらいの年齢だろうからな。


「お、お父様!? そう言う冗談はルーカスさんが困りますから、おやめ下さい!」


「おやおや、愛する娘に怒られてしまった。ルーカス君は、お酒は飲めるかね? 初陣を終えたなら、法令的には大丈夫だけれど」


「ええ、飲めます。楽しいお酒の席は大好きですよ!」


 いや~、この世界の酒には興味があったんだ。

 持ち金の関係から冒険者ギルドで依頼をいくつか達成するまでは体験が出来ないと思っていたけれど……素晴らしい機会に恵まれたな!


 仲間と笑いながら飲む酒は、心を癒やしてくれるからな。

 勿論もちろん、それで刺客しかくから斬られるような無様ぶざまさらさないように酒量は抑えるがね?


「それは良かった。テレジアはお酒が苦手でね……」


「お酒は人をダメにしますから。飲み過ぎて失敗をしたり、翌日までつらそうにして時間を無駄にしたり……。社交場しゃこうじょうのマナーとして当たり前になっていますが、私は臭いすらも苦手です」


「近くでワインの香りを嗅ぐだけで酔うからね」


「……そ、それもあります」


 成る程、テレジア殿は酒類がダメなのか。

 香りだけでとは……相当だ。

 体質的なものだろうから、酒類を近づけないように気を付けよう。


「大切な友の事を、また1つ知れました。テレジア殿、教えてくれてありがとうございます。親しき人のことを知れるのは、嬉しいものです」


 ぺこりと頭を下げると、テレジア殿は顔をうつむかせてしまった。


 酒に弱いのが、それ程に恥ずかしいのか?


「……そう言うの、ズルいですよ」


「……うぅむ。ルーカス君への嫉妬が溢れてしまう前に、食事を始めようか。ルーク?」


「はい。ただいまお持ちします」


 うやうやしく礼をした家令かれいのルーク殿が扉を開けると、台車で料理と酒瓶が運ばれて来た。


 確かコース料理と呼ぶのだったか?

 ゆっくりと時間をかけ、一皿一皿運んで来る形式だと知識だけはある。


 ルーク殿にワインを注いでもらい、乾杯をしてから食事が始まった。


 言葉の通り、ノルドハイム枢機卿やテレジア殿が遠慮無くテーブルマナーについて教えてくれたお陰で――和気藹々わきあいあいとした食事の時間を過ごせている。


 次の皿が運ばれてくるまでの間はテレジア殿やノルドハイム枢機卿の事を聞いたり、逆に俺について聞かれたり。


 生前、尊敬していた者たちからの受け売りや、先人たちの金言きんげんについて話をすると――非常に喜ばれた。


 そうしてデザートをゆっくり食べながら――。


「――ここまで来ても、ルーカス君は此度こたびの戦場での功績こうせきを自慢したりしないのだね?」


 ノルドハイム枢機卿が、これまでより少し低い声のトーンで尋ねて来た。

 

 成る程、やはり俺は人柄を探られ、試されていたのか。

 大切な娘に異性の友人が出来た等と言うのだから、それも当然だな。

 

俺は慎重に言葉を選びながら、その問いに返答する――。



―――――――――――

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