第35話 まさかのご招待

 俺のボロ部屋へ突然現れた訪問者――テレジア殿と、恐らく父親。

 そして使用人。


 慌てて俺は身形を整え、不浄なものは部屋から放り出した。

 そうして咳払いをしてから――。


「――これはこれは、ようこそおいでくださいました。立ち話もなんです。客人きゃくじんを迎えるに相応ふさわしくないあばではありますが……。そちらのベッドへおかけいただけますか?」


 何ごとも無かったかのように、俺はそう振る舞う。


 混乱しているのか、テレジア殿はまばたきを繰り返している。

 そのまま気のせいだったと思ってくれますように!

 おっちゃん、若い子に裸を見せたと逮捕されたくないからね!?

 男の身体にトラウマとか出来たら、おっちゃんはテレジア殿や親御さんに顔向けが出来ない!


「い、いえ! 私めのような使用人が、主と同じ席に着くなど畏れ多い!」


「――ん? 使用人とは、外での身分と役割ですよね?」


「……は?」


 使用人らしき男は、何を言われたのか分からないと言うようにポカンとしていた。


 これは生前から、客人きゃくじんまねいた時に頻回ひんかいにされた反応だが……。

 おかしなものだな。


「俺の部屋では――外での身分など関係なく、皆が同じく大切な客人ですよ」


「し、しかし……家主やぬしがそうは言われましても、やはり身分が……」


「成る程、確かに。おっしゃる通り、外では身分みぶんも大切でしょう」


「そ、外では、ですか?」


「ええ、指揮系統しきけいとうが多い組織は必ず崩壊しますからね。だからまつりごとや戦場では人の上に人を立てる事にも、俺は賛成します。――ですが俺の部屋は、政や戦の場ではありませんからな」


「それは、そうでしょうが……」


「俺は――外での身分はあくまで役割の一環いっかんだと思っていますから。この部屋の中での役割は、ホストとゲストのみ。それ以外の役割を気にするのは不要ですよ。そうは思いませんかな?」


 俺がそう口にすると、燕尾服えんびふくを着た男性は口をポカンと空けている。

 俺の持論じろんだからな。

 世間一般の常識とは違う信念しんねんだろうし、仕方ない。


「まぁこのような事を言うと、不敬ふけいだと御指摘ごしてきをいただく事もありますがね? あくまで公共こうきょうの場ではなく、ここは俺の部屋ですからな。はははっ!」


「ふむ。君は身分の上下じょうげ貴賤きせんで人を区別くべつ……いや、差別さべつしたりしないんだね」


 すると今まで黙っていた白い神官服に身を包んだおっちゃんが――楽しそうに口を開いた。


 身分の高い人側だろうから怒られるかな~とも思ったけど……。


 この御仁こじんにはしたようだ。

 良かった、本当に良かった。


 友人の父らしき人物にいきなり裸を見せ、第一印象は最悪だろうと思っていたからね!


 ホッと頬を緩める俺とは対照的に、燕尾服姿の男性はビクッと身を震わせた。


「はっ! も、申し訳ございません。私とした事が、旦那様だんなさまやお嬢様を差し置き会話に興じてしまい……」


「良い良い。それだけ魅力的な人物と言う事だろう? テレジア、面白い友人を持ったね」


「は、はい、お父様!」


「ふとした時に裸を見られてしまう、このような環境に置いておくには惜しいね。……防犯面ぼうはんめんも含めて、だがね」


 テレジア殿のお父様と言う事は――やはりガンベルタ教の枢機卿猊下すうききょうげいかか。


 室内を見回し、少しだけ声を低くしながら部屋の環境を指摘された。

 やはり子爵で枢機卿猊下ともなれば、綺麗な屋敷に住んでいるのだろう。

 ボロい部屋に思う所があるのも、当然かな?


「さて、思わぬ状況から自己紹介と挨拶あいさつが遅れたね」


「思わぬ状況? あれ、私なんだか頭が……」


 話を仕切り直した枢機卿猊下の言葉で、テレジア殿が目を右往左往うおうさおうさせ混乱こんらんしている。


 止めてくれ。

 折角、良い感じに記憶を忘却ぼうきゃくさせた状態で復活したのに!

 おっちゃんの裸――肉体的には若いけど、そんなものを思い出しても意味がないからさ!


「初めましてだね。私はヨルク・ド・ノルドハイム。テレジアの父だよ。皆が呼ぶようにノルドハイム枢機卿とでも呼んでくれると助かるよ。そうすれば君の部屋の外だろうと、誰にも咎められないからね。こちらは私の筆頭書記官ひっとうしょきかんにして家令かれいを勤めるルークだ」


 紹介された燕尾服えんびふくの男性は、深々と礼をする。

 それに対し俺も返礼してから、名乗り返す。


「初めまして、ノルドハイム枢機卿。俺はルーカス・フォン・フリーデンと申します。何もない場所ですが、直ぐにお茶を用意して参りますので、どうぞくつろいでお待ちを――」


「――ああ、折角だが、お茶は結構だよ」


 俺の言葉を手でさえぎり、ノルドハイム枢機卿はお茶を断った。


 や、やっぱり……内心では嫌われてたか?


 おっちゃんは懐で考えていることを表に出さない技術が上手い。

 腹芸はらげいの歴戦の猛者もさや、世渡よわたり上手が多いからな。


 まあ――起きてしまったものは仕方ない!

 そもそも、ボロい部屋でお茶を飲むのが嫌なのかもしれないからね!


「君には可愛い娘が大変お世話になったようだからね。教会が認定していないのに突然、聖女としてあがめられ、メンタルがやられていたのを救ってくれた事など……。諸々もろもろ早急さっきゅうにお礼や話がしたい。――つまり、だね。――私の屋敷に君をこれから招待しょうたいしたいんだよ」


「え」


「戦で疲れているかとは思うが……私がホストとして歓迎をしよう。それに我が家には、大きな風呂もあるからね?」


「……お風呂? あれ?」


 テレジア殿。

 ショックな事を忘れるのは――己の精神を護る為に身体が自動でやっていると聞いた事があります。

 どうか無理に思い出されませんように!


 それにしても、だ。


 まさか俺に礼をする為に直接、誘いに来たのか?

 枢機卿猊下が、こんなボロ屋まで……直々に?


 普通はそんな事、家令のルークさんにでも任せるだろうに……。

 何というか――面白そうな御仁だな。


「ご迷惑でなければ、喜んで!」


 俺がそう返事を口にすると、全員がなごやかな笑みを浮かべた。


 そうして外に停めてあった瀟洒しょうしゃな馬車に乗り、俺はノルドハイム枢機卿とテレジア殿の家へと向かう事になった。


 俺の裸をテレジア殿に露出した事故については、有耶無耶うやむやになって本当に良かったよ。


 このまま記憶の彼方かなたへ追いやられ、忘却ぼうきゃくされますように――。



―――――――――――

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