第34話 身形が第一印象を――あ、終わったわ
本当に古くて、ボロい寮だった。
「おお、立て付けが悪いどころじゃないな。ドアノブが壊れてて、ちょっと押せばギィギィと開いてしまう状態だ。まぁ盗まれるような貴重品も持っていないけどね」
忍び込まれれば足音で目が
ぎぃぎぃと今にも取れそうなドアをそっと閉めて――寮の自室に入る。
狭く
あるのはベッドと荷物の収納スペース。そして小さな机のみ。
可能な限り手入れはしていたのだろうが、長期の不在でやはり
俺は小さな窓を開け、ベッドシーツを
幸いと言うべきか。
服やベッドシーツなどはルーカスが金銭的に無理をしてでも、予備を用意していた。
「冒険者ギルドで受けた報酬金を、ここに使うとは……。剣が安物なのはいただけないが、中々に良い金の使い道だ。衣食住の住の基本も清潔さだからな」
洗ったら中々乾かないと言う事情もあるのだろうけれど。
すっかり陽も落ち、窓を開けても暗い室内。
そうして俺は――小さな机へと歩み寄る。
机上に置かれた魔力へ反応する鉱石が入ったランタンの蓋を開け、室内を照らす。
他にも机上には裏表へビッシリと書き込まれた紙が整理され積まれていた。
「記憶にある通りだ。……ルーカス。貴殿は乏しい資料をかき集め、紙がすり切れんばかりに脳内へと叩き込んでいたんだな。……民思いの、良い男だったね」
領主である父や次期領主と補佐役の兄たちに、半ば追放のような形で出兵させられたのが悔しくなる程に――ルーカスと言う男は民思いで熱心な男だった。
纏めてある資料も、軍事に関する資料は少ない。
大半は農林業や商業、建設業など……。
身に着けて持ち帰れば、領民が喜びそうな知識と知見ばかりが記されている。
「……良い男から死んで行くな。戦など無くなる社会が訪れると良いのだけれどね。……人に知能と欲がある限り、それは夢物語か。すべからく平等で安全な社会など、有り得ないのだから」
良い世を
良い世を
良い世を
「これは異世界だろうと変わらない、人の世の
色々と考えたが――答えは出ない。
俺には難しい課題のようだ!
下手な考え休むに似たり、ならば休もう!
「総計55年近くを生きたおっさんになろうと、やはり俺は
買ってきた串焼きを美味しく頬張る。
少し冷めているし臭みも強いが、肉汁の旨味を舌で感じた。
「うん、こうして食べられる事に感謝だな」
そもそも食事を何日も口に出来ないのが当然だった日々に比べれば、今は夢のようだ。
屋根があり、食事を食べられる。
俺は寮の横にある井戸から水を汲んで来て、室内へと運ぶ。
何往復もするのは骨が折れたが――。
「――よし。やっと、じ~っくりと身を清められるぞ! 風呂までは望まないが、寮にこれが置いてあったのは幸いだったね」
人が中に座っても問題がなさそうな、木製の丸い桶。
風呂桶と言うには底が浅い。
恐らく本来は、衣服の洗濯などに使うものなんだろう。
「後で衣服も洗浄するから問題ないな」
俺は汚れた衣服を脱ぎ、洗われ仕舞われていた衣服を桶の横に置く。
身体を洗っても、汚れた衣服を着てるんじゃ意味がないからね。
手持ちの衣服は、今着ているものも含めて2着。
準男爵家と言えど、平民同然の生活はこんなもんだよね。
早速、桶の底が抜けないように気を付けて座る。
「あ~……。水風呂と思えば、これも悪くないかな」
身体が水に浸かる感覚が、凄く心地が良い。
戦から帰って来て、やっと
部屋に置かれていた荒い布を手に取って身体を
「心まで洗浄されて行く気分だねぇ……。染み付いたおっちゃん臭さも、一緒に落ちてくれ~。身体はバッキバキに若い15歳足らずなんだからな」
張りのある肌。
俺より立派な股間。
汚れを親の敵のように、徹底的に洗い流して行く。
「肉体がおっちゃんになった時、加齢臭やほうれい線、皮膚のたるみが出ないようにな。今から丁寧な手入れをしないとだねぇ」
そうして半時近く念入りに垢を擦り落とした頃だろうか。
外からこの部屋に向かってくる足音を
他の寮生かもしれないと一瞬思ったけど――。
「――
足音は徐々に徐々に、この部屋を目がけ近付いてくる。
俺は桶から出て、剣を手に取る。
そうして――足音が俺の部屋の前で止まった。
ゲルティ侯爵やササ伯爵辺りの
俺へ向けていた怒りから考えれば、十分に有り得る。
剣を何時でも抜けるように構えると――。
「――失礼します。こちらはルーカス・フォン・フリーデン様のお部屋で……」
この世界で訪室する時のマナー。
ドアノックをしようとしたんだろう。
だが残念。
この部屋のドアは、ノックなんてすれば衝撃で開いてしまうぐらいに――ボロい。
ぎぃ~と、ドアが開いていき――相手の姿が徐々に見えてくる。
「さて、どちら様ですかね?――……ぇ」
剣の柄へ手を当て、
そこには――3名の人物が立っていた。
ピシッとした
教会の高位者が
そして――目をまん丸に剥いているテレジア殿だ。
「……ふぁ?」
来訪者がテレジア殿と、その関係者である。
刺客ではないと警戒を解き――改めて、自分の状態を確認する。
全裸で抜剣姿勢を取る俺。
そうして――呆気に取られながら俺を見詰める、3対の瞳。
自分の状態と向けられるテレジア殿の瞳を、何度か見返した後――。
「――笑顔のお裾分けって、大事ですよね?」
俺は、苦笑した。
人は追い詰められ過ぎると――逆に笑うしかなくなるのだ。
「きゃぁああああああああああああ!」
「お、お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
「おやおや、これはタイミングが悪かったみたいだね?」
生前の俺と同じぐらいの年齢の男性――おっちゃんが
状況的に見て――テレジア殿の父だろうか。
そんなテレジア殿は、顔を真っ赤に染め手で顔を覆い、ふらふらと蹌踉めいている。
うん、少しだけ言わせてくれ――。
「――これは事故です、事件ではありません! おっちゃんとは
慌てて俺は新しい衣服に袖を通し――窓から汚れた水を放り出した。
しかし、時既に遅し……か。
ああ、俺の第一印象――最悪だろうな。
―――――――――――
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