第21話 やっぱり刺したい

 俺はラキバニア王国の負傷兵へと近寄ちかよる。

 慌ててエレナさんやテレジア殿もついて来た。


「少年よ。あなたの根性は、大したものですな」


「……しょ、少年?」


 荒々しく息をする少年の横には、軽鎧けいがいが置かれている。

 子爵側近が着ていたような全身鎧じゃないのも、また都合が良い!


「俺はルーカス・フォン・フリーデンと申します。立派に戦った貴殿の名前も、お聞かせ願えませんか?」


「だ、誰が敵に名を――……」


 そう口に仕掛けた男だったが、テレジア殿を見てくちつぐんだ。


 成る程。

 この男もテレジア殿の治癒魔法に救われた口か。

 やがて男は、ゆっくりとだが俺の問いへ答えてくれるようになった。


 その名前から、徴兵ちょうへいされた出身地や、作っていた作物、何処どこ部隊ぶたいに所属していたのかまで。


「――そうか。貴殿は良く戦われましたな。かく、今は休んでください」


「敵にこのような施しを受けるとは……。俺は、俺は……」


 涙を流して悔しがる男の気持ちが、俺には良く分かる。


 だが、ほこりを胸に自決じけつするには――この者は武よりくわを握ってりう時間の方が長いようだ。

 職業軍人と言うより、兵士を兼業けんぎょうしていてメインは農家と言う状態だったらしい。

 下級騎士は俸給ほうきゅうも少なく、そんな生活をしている者が多いらしい。


「貴殿は、生前の俺に似ている境遇きょうぐうなのだな」


 生活の全てを俸給ほうきゅうで暮らしていたなら、恩義を受け護るべき国や主の為に散るのも良いだろう。


 たが――ほぼ民と同然の暮らしをしている者にまで、囚われの屈辱から命を絶たせてはいけない。


「貴殿が憎むなら、何時でも俺へ復讐を果たすと良いですよ。俺は何時でも、受けて立ちましょう。……だが、今は雌伏しふくの時。故郷こきょうで待つ家族の為にも、無事に帰るのが先決せんけつでは? 貴殿がいなければ、家族も路頭ろとうまようことになりましょうからね」


「それは……。その通りだ」


 悔しそうに呻く男の涙を指で拭うと、テレジア殿も一緒になって布で涙を拭うのを手伝ってくれた。


 男の目からは――拭うのが間に合わない程の涙が、更に勢いを増して溢れ出している。


「聖女様……」


「私は聖女なんかじゃありませんよ。ただ、ちょっとだけ治癒魔法が得意な者です。ルーカスさんの言う通り、どうか今は休んでください。きっとご家族も、貴方が無事に戻るのを待っています」


「ん。話を聞いていた。貴方は懸命に家族を食べさせようと、くわるってた。悪いのは戦争。……生きて戻れるなら、家族はその方が喜ぶはず」


 テレジア殿やエレナさんが励ますと、男はいよいよ――しゃくり上げて泣きだした。

 この涙は、みっともない涙なんかではない。


 何かを護る為に必死になった者のみが流せて――次の瞬間を生きようと言う、美しい涙だ。


「ああ……。ジグラス王国には、聖女様のように優しき女性がこれ程に居るとは……。全て、おっしゃとおりです」


「うん、俺も同意ですよ。お2人はじんあつく尊い御方おかただ。安心してください。俺は戦争を終わらせるために動きます。……その為に、貴方の名前や鎧を一時的にお借りしたい」


「……それでこの戦争が終わるなら」


 了承を得られた。

 了承が得られずとも、大義たいぎを果たす為には聞き出した情報や鎧を借りて行くつもりだったが――やはり、了承を得られた方が気持ちが良い。


「ルーカスさん。敵軍の兵士の情報を聞き出して、鎧までお借りするなんて、どうするのですか?」


「まさか、ルーカスくん……。遠くから斥候するのではなく、敵軍の中へと潜入するつもり?」


「おお、良く分かりましたね! これまでが杜撰ずさんな情報収集過ぎましたからねぇ……。一手で決めるには、リスクを冒してでも直接見て調べないと、ですよ」


 笑いながら言う俺の手を――テレジア殿やエレナさんが握った。


「なんで、なんでルーカスさんが単独で……そこまでの危険を冒さねばならないのですか!?」


斥候せっこうどころか潜りこむなんて、危険過ぎる。考え直して」


 泣きそうな瞳でそう言う2人に、俺は――。


「――はははっ! 俺の故郷こきょうはもう、ラキバニア王国に占領されました。失うものもなく――俺は俺が貫きたい信義しんぎの為に動きますよ」


「信義、ですか?」


「……なに、それ?」


「俺の信義しんぎは――護りたい大切なものを護る為の、刃になることです。あのくだらない指揮官まで助けるのはしゃくですが、テレジア殿やエレナさん。護りたい人や己の志を護る大義たいぎの前には、死など怖くもありませんよ。死すべき時に死すべし。むしろ成すべき事を全力で成さずに、失う方が死よりも怖いと言うもの。親やおっちゃん――サムライとは、そう言う生き物ものなのですよ!」


 笑いながら言う俺の言葉を聞いて、テレジア殿やエレナさんは口をモニュモニュと動かしながら――目を潤ませている。


 この短い交流時間でも、外見年齢が近い俺へ友情にも似た感情を抱いてくれたのかな?

 それは――嬉しい話だ。


 テレジア殿やエレナさんは「戦が終わったら、私とお友達に……。それと、お父様と会う約束を護って下さい」、「家族も居ない私から、誰かを見て楽しいと思える感情を奪わないで。絶対に帰って来て」。


 そう呟いて、俺の手を握ってくれた。

 嬉しい話だ――。


「――やっぱり、刺したい……」


 かすれた男の、怨嗟えんさもった声。


 執念しゅうねんは、生きる力になる。

 自分の軍を半壊はんかいさせた俺を恨むことで生きる力になるなら――この人斬り、喜んで憎まれよう!


 それだけ人斬りとは、重い覚悟を持って行うべきものだからな!

 辺りを見ると、すっかりち――所々ところどころされた照明器具しょうめいきぐともっている。


 そう、これも――聞きたかった情報なのだ。


「あの照明器具しょうめいきぐ……。いや、光りを放つ鉱石は――テレジア殿の魔力に反応しているのですかね?」


「え、ええ。私だけでなく、ここに配属されている職員が魔力を込めています。1度魔力を鉱石こうせきへ吸わせれば、後は勝手に登録者から微量びりょうな魔力を吸収し、ひかりとして放射ほうしゃしてくれる特質がありますから」


「――おお、それは素晴らしいですな。俺は……これが欲しかったのですよ!」


 必要なピースが、着々ちゃくちゃくそろってく――。



―――――――――――

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