第12話『キミに振り回されたい気分』

 愛美さんとの電話を終えてから20分後。僕は待ち合わせ場所の駅前ロータリーにやって来た。

「愛美さんはどこに………あぁ」

 ロータリーの一角に人混みができている。

 何の集まりなのかは、聞こえてくる声から何となく予想できた。


「愛美様!今日も綺麗ですね!」

「ありがとう、キミも可愛く決まってるよ」

「ま、愛美様!良かったらこの後お茶しませんか?」

「嬉しいお誘いだけど…ごめんね、今日は先約があるんだ。またの機会に…ね♪」

「は!はは、はい!」


 人混みの中心には愛美さんが居た。黒いジャケットにカーゴパンツを履いた、如何にも彼女らしいクールな印象の服装だ。

 周りにいるのは彼女のファンだろう。黄色い声援が四方八方から飛び交っている。

 今からあの中に行かなきゃいけないのか…

「あ!無垢!こっちこっち!」

 躊躇っていると愛美さんの方が僕を見つけた。彼女が嬉しそうに手を振ると、一斉に人の波が割れ逃げようのない人壁の道が開いた。


「ど、どうも…」

「遅かったじゃないか。デート用の服選びに手間取ったのかな?」

「そ、そんなところ…かな」

 彼女が話す度に周りの女子の威圧感が強くなっているように感じて、僕の胃が痛くなる。

「それじゃあ早速行こうか。みんな、またね♪」

「「「はい!愛美様もお元気で!」」」

 愛美さんに手を握られ、僕達は突然のデートへと出かけた。



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 愛美さんと僕は駅前のショッピングモール内を散策していた。

「それでその…で、デート!…って具体的にどこに行くのかな?」

「ちょっと悩んだんだけど…今日はキミに振り回されたい気分なんだ。キミはどこに行きたい?」

「僕が決めるの!?」

 てっきり愛美さんがデートコースを決めているものと思っていたから、急に振られて頭の中が真っ白になってしまった。


 焦る僕を見て、愛美さんは口元を上げていた。

 多分これも心配をかけた僕への罰なんだろう。どうすれば僕が動揺するのか彼女は分かってるんだ。

「えーっと…じゃあ…本屋で」

「良いよ。行こっか♡」

 こうして僕達はモール内の本屋へ来たのだが、彼女は本には殆ど興味を持たず、ずっと僕の選ぶ本にばかり注目していた。


「無垢はどんな本を読むの?」

「最近は論文とか技術書がメインかな」

「論文!?何の?」

「力学系とか…あ、最近だと工学も読んでるよ」

「凄いな…そう言うの好きなの?」

「いや大っ嫌いだ!でも…デルタマンのスーツ改良には必要な知識だから…」


〈デルタマン〉のスーツ自体は僕の父が作ったもので、メンテナンスは自分でやってる。

 前は燎人が色々とやってくれていたけど、彼が海外に渡ってから自分でもできるよう、最低限の知識は身に付けている。それでもスーツの持つスペックの半分も引き出せていないけど。

「無垢は頑張り屋だね」

「そ、そんなこと無いよ」


「他には?趣味で読んでる本は無い?」

「読むとはちょっと違うけど…これかな」

 棚から取り出したのは、ファッション雑誌。

 表紙には愛美さんのようにカッコ良く着飾った女性が写っている。

「愛美さんと付き合い始めた時に読み始めたんだけど…ちょっと僕には理解が──愛美さん?」

「無垢が…ファッション雑誌…」

「おーい、愛美さーん?」


 余程驚いたのか、愛美さんは呆然としたまま口をパクパクしていた。

 僕がファッション誌読むのってそんなに衝撃なの?

「はっ!ちょっと処理落ちしてた」

「そんなにショックだったかぁ…」

「違うよ!いや違くないけど…何で急にファッションの勉強を?」

「それは…一応愛美さんの彼氏になったわけだし、僕もオシャレした方がいいかなーって…」


 愛美さんは誰もが認める完璧な人だ。その傍らに立つ僕が何の努力もしていないとなれば、彼女への裏切りの様に感じてしまう。

 だからファッションについて勉強を始めたのだが、読んだだけでセンスが良くなる訳では無いらしい。


「無垢がファッション誌…ふぅーん…」

「何だか視線が怖いような…怒ってる…?」

「別に怒ってないよ?ただボクの為に勉強してるのにボクには聞きに来ないんだと思ってね」

「……もしかして雑誌に嫉妬してる?」

「あぁしてるとも!大好きな彼氏をボク色に染めようと思ってたのに横取りされたからね!」


 僕には自分1人で何とかしようとする癖がある。今回はその癖が悪い方向に働いてしまった。

「ご、ごめん!まさか嫉妬するとは思わなくて…じゃあ今度は服を見に行こうよ!僕の服は愛美さんが選んでいいからさ!」

「…言ったね?」

「あっ」

 愛美さんがニヤリと笑うのを見て、ようやく気が付いた。ここまで全部愛美さんの予想通りだったんだ。

 次のデートの約束を取り付けるための。


「決まりだね!今度は服を見に行こうか」

「…初めからそれが狙いだったのか…」

「はて?ボクにはなんの事やらサッパリ♪」

 まんまと彼女の策略にハマり、次のデートまで決められてしまった。

 はめられたのに心地よく感じる自分を不思議に思いながらも、僕達は本屋を後にした。

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正体バレしたヒーローがイケメン女子と付き合う話 転校生 @Tenkousei-28

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