第11話『つかの間の安らぎ』

 波乱だった校外学習から3日後、僕は穏やかな週末を自宅で過ごしていた。

 あれからしばらく警戒していたが、テスタメントの出現報告は来ていない。休めると考えればありがたいのだが、どうしても謎が残る。

(あれだけ僕の行く先を狙って襲撃してきたのに今度は黙りか…不気味だな)


 連続で現れた〈ステージ2〉のテスタメント達、そして僕に接触してきた謎の男。考えれば考えるほど不気味さが増してくる。

「打てる手は打っておかないとね」

 僕は自室にあるパソコンを操作し、1つのファイルを開く。ファイル名は『Overed:Δ』。

 デルタマンの強化プランだ。


 このプランを実行する予定は無かった。現状の装備でも問題なく戦えるし、何より過剰な力は危険だ。

 だが敵が組織化されているなら話は別だ。

 もし〈ステージ2〉のテスタメントが複数同時に現れたら?2体ならまだセーフ、3体なら周りを気にしなければ、4体なら確実にアウトだ。

「早く完成させないと…」

 新装備の完成度は未だ60%程度。

 実用化には程遠い。


 しばらく作業に没頭していると、スマホが鳴った。

「もしもし?」

『やぁ、久しぶりだね友よ』

「その声…燎人やくとか!久しぶり!」

 電話の相手は僕の旧友──上城かみしろ 燎人やくとだった。彼は僕の数少ない友人であり、〈デルタマン〉の協力者でもある男だ。

「何年振りだろ…確か2年振りだっけ?」

『正確には1年と11ヶ月振りさ』


 燎人はテスタメントについて調べるため、世界中を飛び回っていた。

 何度か連絡は取り合っていたが、直接電話が来たのは今日が久しぶりだ。

「それで、何か分かったの?」

『少しは敵の実態に近付けた…と言った所かな。最も、全貌が明らかになったとは到底言い難いがね』

「そっか…僕からのメールは見てくれた?」

『勿論!届いてから5秒で確認したさ!』

「そ、それはちょっと早すぎる気が…」


『海外では〈ステージ2〉どころか〈ステージ1〉のテスタメントすら殆ど見つけられなかった。実体化に至らない出来損ないばかりだったよ。それに比べて…』

「こっちは1日に連続で〈ステージ2〉の出現。しかも僕が居る場所を狙って、だ。裏があると思う?」

『十中八九間違いないな』

 燎人と僕の考えはほぼ一致している。

 急に動きを変えてきた敵の裏側には、誰かが潜んでいるはずだ。


『とにかく今は現状に対処していこう。私もこれから日本に帰り、君の援護に回るよ』

「そうしてくれると助かるかな。この前の1件を考えると1人じゃ厳しそうだ」

『君に頼って貰えるのは私の特権だな』

 そう言って燎人は電話を切った。

 特権、かぁ…


(愛美さんのことはまだ伝えてなかったっけ…)

 燎人は海外で真剣に調査しているのに、僕と来たら弱みを握られて彼氏にされました、何て言えないな。

 だけどこれから戦いが激化してくるなら、恐らく愛美さんにも危険は及ぶ。そうなった時に手遅れにならないよう、次に会う時にはちゃんと話さないと。


「そう言えば愛美さんは今日何してるんだろ」

 途中までメッセージを打ち込んだところで、今日は部活があると言っていた事を思い出した。

 忘れがちだけど、愛美さんは演劇部の部長だ。帰宅部の僕より遥かに忙しいだろう。そんな時にメッセージを送るのはどうなんだ?


「…こういう時、どうするのが普通なんだろうな…」

〈デルタマン〉になった日から、僕は人と関わることを避けてきた。

 常に戦える状態にしておかなければ、いざと言う時に手遅れになる。それが怖くて人と繋がれなかった。

 愛美さんに正体がバレて、日常が変わり始めている。それが良い事なのか悪い事なのかは、今の僕にはちょっと分からないけど。


「…さてと!もうひと頑張りするかな!」

 再びパソコンに向かい、装備の調整作業に戻る。

 消したと思っていたメッセージが送信されていた事には、全く気付いていなかった。




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵




「…よし、大体こんなもんかな」

 2時間ほどパソコンに向かい合った後、大きく背中を伸ばす。

 少しだけ進んだが、やっぱり完成はしなかった。

「ん?愛美さんからLINEが…ってもの凄い数来てる!?何があった!?」

 メッセージ数は30を超えている。

 慌ててアプリを開くと──


〖いまどこ〗

〖大丈夫?〗

〖こっちは大丈夫だよ!〗

〖無理に返信しなくてもいいから!〗

〖そろそろ良いかな? 〗

〖ケガしたの?〗

〖へんじして〗

〖おねがい〗


──動揺しているのがよく分かるメッセージの大群が来ていた。

「何でこんな事に!?」

 履歴を遡っていくと、僕のスマホから送信したメッセージを見つけた。

〖今日って何し〗

 メッセージは中途半端なところで途切れたまま送信されていた。

 どうやら僕が変なメッセージを送ったせいで心配させてしまったらしい。


「や、ヤバい!こんな時どう返したら─ひゃっ!」

 突然、愛美さんから電話がかかってきた。

「も、もしもし…」

『無垢!大丈夫かい!?怪我とかは!?必要なら救急車だって呼ぶよ!どこにいるの!?』

「落ち着いて愛美さん!僕なら家に居るから!」

『へ…?』

「消したと思ってたメッセージを誤送信しちゃったみたいでね…心配かけてごめんね…」

『よ……良かったぁぁぁぁ……』


 盛大な溜息が電話の向こうから聞こえてきた。

『本当に心配したんだぞ!キミに何かあったんじゃないかって!』

「ご、ごめんなさい…」

『全く…今は平気なのかい?』

「へ?あ、うん…平気、だよ?」

『それなら今からデートに行こうじゃないか』

「今から!?」

『あぁ今からだ!ボクを心配させたんだからその位はして欲しいね!』

「うーん…まぁ…良いよ」

『やった!じゃあ駅で集合ね!待ってるから!』


 愛美さんの嬉しそうな声の後、電話は終わった。

 ずっと家に居たんじゃ気が滅入るし、気分転換に出掛けるのは良いかもしれない。

 そう思いながら、僕は最低限の荷物だけを持って待ち合わせ場所へと向かった。

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