おめんの人
藍田レプン
おめんの人
都内に住む40代の主婦、Bさんから伺った話である。
「これ、なんですけど」
そう言ってBさんはスマートフォンのアルバムから、一枚の写真を表示させた。
何の変哲もない昼間の児童公園の写真である。スマートフォンの縦長の画面の中央には、ニコニコと笑っている少女と、その隣にお面をつけた大人が写っている。
キャラクターものの、縁日でよく売っているようなお面ではない。外国の民芸品のような雰囲気のそれは、全体的に茶色く、表面に赤い筋で紋様が刻まれている。目と口は三日月のように鋭く細い切れ込みで、不気味な笑顔を作っていた。
「この子は私です。だから昔の写真だと思うんですけど、こんな写真撮った覚えが無いんですよ」
親に聞いてもこんな人物は知らないし、もし見ていたら忘れないだろう、と言われた。
「それはそうですよね。変な写真ですし。でも、それならどうして自分は覚えていないんだろう、と思って」
Bさんはその写真を友達や同僚に見せた。大抵は不気味だね、とか気味の悪い写真だね、という、当たり前の感想しか返ってこなかったのだが、
「時々、『知らない女の子が写っているけど、この子は誰?』と聞かれることがあって」
Bさんが私にした説明を他の人にも事前にしているのなら、この写真に写っているのは幼少時のBさんと、お面をかぶった不気味な人物だけのはずである。私には2人しか見えませんが、と素直に言うと、Bさんもそうですよね、と小首をかしげた。
「でも、関係あるかどうかはわからないんですけど」
知らない女の子がいる、と言った人はみんな、それから間もなく引っ越してしまうんですよ。
「怪我をするとか死ぬ、のほうが怪談としては盛り上がるんでしょうけど……すいません、地味な現象で」
恐縮するBさんにお気になさらず、と慌てて私は手を振りながら、引っ越すんですか、と話の続きを促した。
「ええ、転勤が決まったり、実家に帰って親の世話をする事になったり、理由を聞く前に引っ越してしまった人もいましたけど、みんな遠くへ行ってしまうんです。仲が良かった人もいたから、なんだかこの写真が縁起の悪いものに思えてしまって」
だから、仲良くなった人にはこの写真、見せないようにしているんですよ、とBさんは困ったように笑った。
「私の話は以上です。聞いてくださってありがとうございました」
そう言って軽く頭を下げるBさんに、いえ、とても興味深い話でした。ありがとうございます。ところで、ひとつ気になったんですが、と私は先ほど気づいた違和感を話した。
「あの、この写真は昔の写真だとおっしゃいましたよね。でもあなたが見せてくれたものはスマートフォンのアルバムに入っていました。あなたが子供のころの写真だとすると、まだスマートフォンはもちろん、デジタルカメラも普及していなかった時代のはず。思い出の写真だから紙焼きの物を写真屋でデータ化してもらったのかと最初は思ったんですが、先ほどの写真の画質は鮮明ですし、縦横比が4:3なんです。紙焼きの写真をデータ化したなら縦横比は5:4になるはず」
あの、
「先ほどの写真に写っていたのは、『お面をかぶったあなた』と……『知らない女の子』なのではないですか?」
「……」
Bさんは頭を下げた姿勢のまま、うなだれて動かない。長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げると
「この子、誰なんでしょうねえ」
目と口を三日月のように鋭い半円形にしてニヤァ、と笑うBさんの顔が、そこにあった。
おめんの人 藍田レプン @aida_repun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます