鬼塚 爽 Ⅰ

「えーっと、まぁ、文字通りそーゆーことです」

「えー、それ言っちゃうんだ。 まだ言わないと思ってた」

 結は残念そうにこちらを見つめてくる。

「なにそれ、俺知らないんだけど」

 園田は中学で出会って五年、そんな話一度も話したことはなかった。

「俺も。金沢は?」

「さすがに知ってたよ。てか、圭に言ってなかったの?」

「うん、実はね」

 僕はそのまま何事もなかったかのように話を続ける。

「で、どうするの?どうやってここから出るかは君たちで考えてもらわないと。いくら僕が『呪愛』をプレイしたからと言ってマップとか全部覚えたわけじゃないからな?」少しキレ気味で言い、場の雰囲気を悪くしてしまった。

「その動画確認すれば?」

 園田と駒賀が口をそろえてそう言う。

「いや、ここ圏外だよ」僕はスマホの右上を指す。するとみんなはおもむろにスマホを取り出し、画面を確認する。

「マジじゃん」

「私大体覚えてるよ。ほら、これ写真」そう言うと、莉里はスマホのアルバムからささっと検索し僕らに見せる。

「なんで持ってんのよ。まだ全部投稿してないのに」

 僕は大体のゲーム実況を前半後半で分けて投稿している。中でもマルチエンディングのゲームは三つか四つに分けて投稿することが多い。『呪愛』のエンディングは一つだけだが、クリアするのにだいぶ時間がかかってしまった。もともと動画は一本にしようかと思ったが、六時間近くになったから三時間を二つにした。

 全クリはしているが、二本目はまだはアップどころか編集すらしていないのに。

「私、ホラーゲームとか脱出系とか推理系とかは全部一緒に考えながら見てるの!みんなもしてみて!意外と楽しかったりするから!」

 さっきとは違ってなんだかすごく元気がある。

 莉里は動画のミスを探してくれるだけのアルバイト的な立ち位置で見てくれているものだと思っていた。莉里は僕の動画を本当に楽しんでくれているんだ。

 なんだか、ストーカーだのなんだの言ってきたけど僕が間違っていたみたいだな。ただのファンみたいなものなのに。申し訳なくなってきた。

「そうなんだ。なんかごめん」

「いいの、幼馴染なんだから」

「で、その写真は参考になるのか?」

 行く前にK-Gに連絡でも取っておけばよかった。ただ、よくこの館の間取りをこんなにも正確に書けたもんだな。いろんなところに行って取材するのは知っているが、ここまでするとは思っていなかった。

「とりあえず手掛かりはないか探ってみようぜ。広すぎるから各々で探索して。十六時集合ね。瀬戸口と駒賀と鬼塚は二階言ってきて。俺らは一階見てくるから」

 園田がそう言うと、みんな指定された場所へ向かう。現在十五時十五分、探すだけ探してみるか。

「本当に広いな。俺ははしご登って行くから、二人はいい感じに別れて行動して」

 今はまだみんな簡単に出られるだろうと思っているのだろうが、そう簡単にいかないことは僕と莉里がよく知っている。いったい何時間かかるだろうか。ただ『呪愛』をプレイしたのは二週間前だし、クリアするのは二日もかかってしまった。内容は正直あんまり覚えていない。こうなるくらいなら、僕もスクリーンショットして保存しておけばよかった。

「どうする?二人で行動する?」

 僕は心配だった。なんたって、結を一人にさせるわけにはいかないからだ。しかし、返ってきたのは意外なものだった。

「少し面白そうだし、別々で行動してみようよ。せっかくだし!こんな経験めったにないでしょ」

「え、あ、分かった。気を付けてね」何も言い返すことはなかった。僕は全く怖くないのだが、結は怖がりだと勝手に勘違いしていた。もう一年も一緒にいるのに。

 僕は長すぎる廊下を歩く。右に和室①と書かれた扉が、左には和室②と書かれた扉がある。それらを無視して歩き続けると、目の前に書斎があった。閉まっている扉を開こうとするが、鍵がかかっていた。

 仕方なく和室のところへ戻り、和室①に入る。なんとも洋館とは思えない内装だ。本当に日本の建築というか。民家の内装というか。外観からは全く想像できなかった。和室には布団と小さいテーブルが置いてある。廊下にもそこそこあったが、この部屋は蜘蛛の巣が半端ない。いやいやテーブルの上に置いてあるプラスドライバーを手にする。使えるかはわからないが、そこまで大きくもないし持っていて損はないだろう。

 そういや、バックは全部館の前に置いてきてしまったな。ポケットに入れるしかないだろう。そのままスマホを取り出し、時間を確認する。十五時半、まだ時間はあるな。とりあえずここを探して何もなさそうだったら向かいの部屋に行くか。

 十五時四十五分、和室①では他に何も収穫はなかった。いったん部屋を出て和室②へ入る。和室①と全く同じだが、テーブルの上には何も置かれていない。残り十五分、和室②を隅から隅まで探索する。

 クローゼットを開けると、長い木の棒が入っていた。これも一応と思い左手に持つ。もう二周ほど和室②を歩いたが、ほかには何もなかった。時刻は十五時五十五分、先ほどと時間の進み方が違う気がするが、そんなの気にせず階段を降りた。

「おせーよ。もう十分遅刻してるぞー」

「え?そんなことはないはず」僕はすぐにスマホを取り出す。

 十六時十分、おかしい。和室②からゆっくり歩いて一階のホールまで五分もかからないはずだ。僕は確かに五十五分に出たはずだ。

「まず、ごめん。でも僕は絶対に十六時に着いていたはずなんだ。元いた部屋を五十五分に出て、遅くても十六時には着くはずだ」

「そうか、ただでさえ何が起こるかわからないしな。そう信じておくよ」

 園田は信じてなさそうにそう言った。みんなが僕を探しに来なかったのも多分、すれ違いになったらめんどくさいことになるからだろう。まぁ、少し遅刻したとは言え、行方不明者が出なければいいだろう。

「聞くの忘れたけど、ここってもともと何があった場所なの?」

『呪愛』にも何があった場所なのかはストーリーの中で明らかにならずに終わったな。K-Gにしては、珍しくもやもやするエンドだった。

「いやぁ、俺も詳しくは知らないんだけど、なんかもともと雰囲気悪いこの館に肝試しに来てたカップルが何かしらの原因で喧嘩になって、男女全身バラバラの状態で見つかったとしか」

 もしそれが本当なら男女という点以外では『呪愛』のオープニングとほぼほぼ一致している。僕は全身に鳥肌が立つ。

「え、ってことはゲーム制作者がこの館の呪いみたいなもの?」

「俺ら鬼塚のゲーム実況見てないからわからないや、内容教えてよ」

 駒賀がそう言うと、莉里は前半三時間で進んだところまでを簡潔に話した。さすが文系の鑑、すごくわかりやすい。

「ところで、お前が手にしてる棒はなに?」

 園田が僕が和室②で見つけた木の棒を見る。

「あー、えっとこれは、何かに使えるかなって。あとこれ、プラスドライバー。みんなは使えそうなの見つけた?」

「そうだわ、忘れてた。これほら、どこかしらの鍵。名前付いてないけど、鍵かかってるところ二つあったからそれのどこかだろ」

「俺はこれ、鎖かな?鬼塚と同じ感じで、どっかで使えるんじゃないかなって。女子たちは?」

「私は待合室③でボールペンとメモ帳。これで間取り書けば共有できるんじゃない?」

 莉里は画面を見ながらさっとメモ帳に間取りを書く。その間ほかの収穫はないか話していたが、結は何も収穫がなかったらしい。なんせあんなに広い館を女子一人で回るのは大変だろう。

「よし、書いたよー。一階と二階」

「あれ?地下室は?」僕はとっさにそう言ってしまった。確か前半で地下室まではいっていなかったはず。

 僕の記憶だと確かに地下室まであったはずだ。ただ、どこにあったかは覚えていない。

「地下室なんかあるんだ」

「そう、後編で出すつもりだったけど、隠し通路的なのであったんだよ」

 とりあえずはこの館と『呪愛』の館が一致しているかを確認しなければいけない。一人ずつどこを探索したか確認する。

 一階は園田が会議室側を、莉里は食堂側を、二階は僕が書斎側を、結は浴室側を駒賀ははしごを上った先にある屋根裏を探索したそう。みんなの話によると、一階会議室側寝室②で鍵を見つけ、食堂側待合室④でペンとメモ用紙、二階書斎側和室①でプラスドライバー和室②で木の棒、浴室側では何も探しきれず、屋根裏では鎖を見つけた。

 鍵がかかった部屋は会議室奥にある応接室と僕が行った書斎だけらしい。とりあえず五人で固まって応接室と書斎を回ることになった。

 会議室に行くまでの廊下、さっきと違う景色だ。部屋は四つあって、どれも比較的きれいなほうだ。そのまま歩を進めて会議室へ入る。

「会議室広すぎだろ。職員室二つ分くらいあるんじゃない?」

「ほらこっち」扉の前に使用中と書かれたプラカードが置いてある。

 駒賀はそれを軽そうに持ち上げて横へずらす。園田は応接室の鍵穴に見つけた鍵を挿し込む。しかし、鍵は回らない。

「ちっ、鍵穴違うのかよ」

「上行こうよ。僕が行った書斎も鍵かかってたし、それで鍵合わなかったらまた探せばいいし」

 僕らは間取りを感じながら二階へ上がっていく。時刻は十六時半、スマホの残り充電も少ない。十八時までには出ておきたいところだが、父さんに連絡できないのもだいぶ問題だ。

 そんなことを考えていると、書斎前に着く。

 園田は書斎の扉に近づき、鍵を挿すが、不運にも鍵は全く動かない。

「ここもかよ」

 これ以上園田をイラつかせるわけにはいかない。僕が何とか止めなきゃ。

「じゃあさ、二:三で別れて他に部屋がないか探してみようよ」

「そうだな」

 なんとか園田を落ち着かせることはできたが、これからどうするか。二チームに分かれたほうが効率はいいのだろうが、メンツによっては効率は悪くなるだろうな。

「あれで別れようぜ。グーとパーで別れましょ」結果、駒賀と莉里が一階を、僕と結、園田が二階と屋根裏を担当することになった。十六時四十分、とりあえずは十七時までこのチームで動くことに。

「隠し扉とかないかなー」

「あ、そうだ地下室!」

「とりあえずは一階組に任せようよ」

 結がそう言うと、僕らは黙ってしまった。園田はそのまま歩き出す。

 まずは僕が行った書斎側から、他に道具はないか和室①を三人がかりで歩き回る。およそ五分歩いたが収穫なし。そのまま和室②へ入る。ここも変わらず収穫はなかった。時計を確認する。十六時五十五分。一応みんなに画面を見せる。

「そろそろ戻るか」

 僕らは少し急ぎ足で廊下を渡り、階段を下りていく。よし、これなら絶対間に合うはずだ。

「お前ら遅いってー、鬼塚がいると遅刻する呪いにでもかかったんじゃないの?」

 僕はそんなことを言われるより、駒賀と莉里の距離が近いことが気になった。まえまでこいつらこんなにくっついてたっけな。

「お前らが早いんだって、ほら。ってあれ?」園田が首をかしげながらスマホを覘く。

 それにつられて僕と結もスマホを見る。

「十七時五分、さっきの僕と同じだ。二階の書籍側にいると何かしらの錯覚状態になるのかな。でも、そんなの『呪愛』にはなかったはず」

「そんなこといいよ。ところで、階段裏に二つ扉があったんだけど、どっちも鍵かかってて、園田が見つけたやつに合うんじゃないかなって」

 僕らはその足で階段下へ向かう。莉里の持っていた『呪愛』のマップには書かれていなかったが、確かに階段裏に二つ扉があった。

 園田はポケットの中に入れていた鍵を取り出し、倉庫①と書かれた扉の鍵穴に挿す。

「よし、回った」次はちゃんと鍵が左に回りカチャっと言う。

 園田はそのまま扉を開ける。倉庫の中は本がぎっしり詰まっていた。

「なんだ、あれ」駒賀が指さす方向を見ると何かが光っているのが見える。

 駒賀はその光っているものに向かって一直線に走り出した。

「鏡だ。どこに使うかはわからないけど」

 駒賀は手のひらサイズの鏡を手にしてポケットの中に入れた。

 僕は少し疑問に思っていた。倉庫は上のほうには小さいランプがついていた。じゃあ、なぜあんなピンポイントにランプが反射する場所に鏡を置いていたのだろうか。絶対におかしい。僕らが来る前にここへ来た人があんなことをしたとは考えにくい。それに、鏡にはだいぶほこりが被っているように見えた。

「駒賀、さっきの場所にもう一回鏡を置いてくれないか」

 僕が言うと駒賀は元あった場所に鏡を置く。

「これでいいのか」

「うん、絶対何かあるはずなんだ。これは脱出ゲームと同じようなものだ」

 僕は鏡をじっと見つめる。目が少し痛くなって瞬きをした瞬間、ランプの中に鍵の形をした何かが見えたような気がした。

「ランプだ、駒賀。僕を肩車してくれ」

 駒賀はランプの下に着き、僕をすっと持ち上げる。ガタイがいいおかげで安定感がある。

「あった、鍵だよみんな」

 僕は駒賀に降ろしてもらい、園田にその鍵を手渡す。

「向かい側にも扉あったよな。そこの鍵かもしれない」

 倉庫①を出て、柱を挟んだ向かい側にある倉庫②の鍵穴に鍵を挿す。

「だめだな。応接室と書斎にも行ってみるか」

 最近運動をしていないせいか、だいぶ疲れてしまった。

 まず応接室に着き、鍵を挿すが、先ほど同様全く動かない。僕は後ろからみんなを追っていくように歩く。やがて書斎前に着き、園田は諦めたような顔で鍵穴に挿す。

「よし、回ったぞ」だいぶスムーズに行けているのではないか?時刻は十七時二十分、時間の進み方がおかしいような気がするが、確かここにいると錯覚状態になるんだっけな。

 園田を追って書斎に入る。少し話して、また各自行動することになった。このままだとあまりに効率が悪すぎる。今からの作戦として、次のようなものなった。

 一つ目は十六時半まで各自行動をし、身に危険が生じれば大声で助けを呼ぶこと。二つ目はホールにこの館の間取りを描いたメモ用紙を置いて、どこかの鍵や使えそうなものがあったらどこで見つけたものかの印をつけること。もし鍵を開けたなら慎重に探索すること。三つ目は絶対に生きて戻ってくること。

「みんないいか!絶対ここから出るぞ!」園田は自信満々にそう言って、みんなの背中を叩く。もう二年もみんなと一緒にいるんだ。どうにかなってくれるはずだ。

 僕はそんな希望をもって、とりあえず今いる書斎の中を回る。本棚の上にないかが置いてある。僕はプラスドライバーを使って本棚の上をこする。

「痛っ」つい声を出してしまったが、頭の上から虫眼鏡が落ちてきた。本棚も一応見てみるが、本ですら入っていない。さっきので部屋全体にほこりが舞って咳が止まらない。

 空気が臭すぎて書斎を出て、次は二階の浴室側へ向かった。最初結が探索して以降、ここは誰も見ていないはずだ。それに、ここにも絶対脱出のヒントにつながるものがあるはず。

 廊下を歩くと左に洋室①、右に洋室②がある。ここは後でいいだろう。そのまま直進して男子風呂に入る。女子風呂から物音が聞こえたが、誰か入っているのだろう。

 かなりの時間探したが収穫なし。脱衣所に戻ると、服をかけるであろう所に3Dメガネがぶら下がっていた。何があるかわからない。一応つけておこう。

 脱衣所を出ると、園田と鉢合わせた。

「おっ、なんかこれ見つけたよ」園田はそう言うと、手を広げて鍵を見せてくる。

「いいじゃん、倉庫②か応接室の鍵だろ。行ってらっしゃい」

「そうなんだろうけどさ、あまりにも小さすぎるというか、金庫の鍵っぽいんだよな」確かに、今までの鍵と比べると一回り、いや二回りほど小さかった。

「とりあえず頑張るわ。なんで3Dメガネつけてるかわからないけど」園田は僕をあざけているようだった。

 園田とは別れて、僕はまず洋室①に入る。ここは和室①と広さは変わらないのだろうが、テーブルがないせいか、少し広く感じた。結が言っていた通り本当に何もないな。しかし、こんな何もないところに限って隠し扉があったりするんだろうな。

 僕はクローゼットを開けるが、中に不思議そうなところは何一つ見つからなかった。

 時間は、あれ?スマホの電源が切れている。充電がないみたいだった。さっき園田に会ったタイミングで見ておけばよかった。

 洋室①を後にし、洋室②に入る。ここも洋室①と変わらず何も置いていなかった。

 本当に何もないのか?というか、そもそも僕らはなぜ窓ガラスを割ったら今すぐにでも出られるというのにそうしないのか?僕らはこの状況を楽しんでいるのか。はたまた僕らを手のひらで躍らせて楽しんでいる人がいるのか。考えれば考えるほどに、この館に怒りがたまっていくだけだった。

 でも、入ってしまったものは仕方がない。自分で蒔いた種は自分で収穫しなきゃな。

 屋根裏にでも行ってみるか。十数段あるはしごを登る。高所恐怖症の僕にはかなり痛だった。

「あ、結じゃん」

「爽、助けて。私、何かおかしいみたいなの」

 結は暗い屋根裏でうずくまっていた。そういや、地下室のくだりから一度も話していなかった気がする。あれ以来結はあの場にいなかった?いや、そんなことはないはず。

「どうしたの?何がおかしいの」

 僕は結の肩に手を添える。顔を覘こうと試みるが、どうにも見ることができない。結は僕が聞いても、黙り込んでしまった。

「大丈夫だからね。僕が付いているから」背中をさするが、なんら効果はない。

 結は泣いているわけではないし、寝ているわけでも、ハイになっているわけじゃなかった。これが呪い?僕にできることは何もなかった。

 しばらく黙り込んだ末、今にもなくなりそうな声で結は言った。

「私『呪愛』プレイしちゃった。ネットでめちゃくちゃ有名になった理由知ってる?呪われるからなんだって。だから私、気になっちゃって」そこまで言うと、結はそのままの体勢で倒れこんでしまった。

「結、結!」声をかけるが返事は返って来ない。

 結の顔を見る。違う、結じゃない。結は僕にこんな顔を見せたことはない。言葉じゃ表すのは難しい表情だった。悲しそうで寂しそうだけど涙がない。かなりの時間悩んだ末、結はここに置いていくことにした。

「ごめんね、結。絶対迎えに来るから」

 手を握ったとき、何かを持っているのがわかった。紙だ。結の代わりに僕が持っておこう。僕は恐る恐るはしごを下りて、なんとか二階に戻ることができた。

 時間は確認できないが、いったん一階に戻る。

「おぉ、鬼塚。大丈夫か、そんなメガネつけてどうした」

 駒賀はあれ以来会っていなかったはずだ。隣に莉里がくっついているのに気づくには少し時間がかかった。

「時間分かる?僕のスマホ電源切れちゃって」

「いやぁ、それがさ、俺も莉里も電源切れちゃってさ」駒賀は莉里のこと莉里って言っていたか?ダメだダメだ、そんなこと考えてもなんも意味はない。

「瀬戸口と圭は?」

「園田は知らない。結は大丈夫だよ」少し言葉が詰まったが、結を信じてそう言ってしまった。

「時間はどうするの?」

「園田が何とかするだろ」

 それからすぐに駒賀たちとは別れてまた単独行動をする。

 僕はさっき結が持っていた紙を目を凝らしてじっと見る。小さく何かが書いてある。そういえばあの本棚に会った虫眼鏡で見れば何とかなるかな。3Dメガネを外して、虫眼鏡を自分の瞳に近づけ、何かが書いてあるところに顔を持っていく。

「1793?何の番号だ?」数字をホールにあるペンで紙に控える。どこかで使えるかもしれないしな。また3Dメガネをかけて歩き出す。

 僕が次に向かったのは会議室だ。奥の応接室を引いてみるが、まぁ、びくともしなかった。ホールに戻ると、トイレが目に入る。

 ここは確か誰も行ったことはないはず。食堂側が女子トイレ、会議室側が男子トイレになっている。異性側のトイレに入るのは少し抵抗があるが、この際仕方あるまい。僕は最初に女子トイレに入る。

 中は想像した通り、洋式のトイレがあった。六つあるトイレをひとつづつ丁寧に確認する。ウォシュレットがあるわけがないのに、なんだか少し真新しかった。一応隅々まで探すが、収穫なし。会議室側の男子トイレに向かった。

 男子トイレは小便器が三つと、大便器も三つあった。個室にも小便器にも、何か物が置いてあるわけじゃなかった。戻ろうとして洗面器を確認すると、中にマウスが置いてあった。なんでこんなところにマウスがあるのだろうか。ホラーゲームでも案外使わなそうなものが後々大事になってくることも多い。マウスでさえも、あとから絶対必要になってくる。

 僕らが今こうして行動しているのも何か意味があるはずなんだ。さぁ、次はどこに行こうか。莉里が書いてくれていた間取り?マップ?を見る。まだ詳しく探索できていないところは、屋根裏か。結の様子でも見ながら回ってみるか。

 でもまたあのはしごを登らなきゃいけないのか。だいぶきついが、結のためならそのくらいなんてことない。

 僕は長い階段をペースを落とさず上がっていく。はしごはさっきよりすんなり登り、顔を下に向けて寝ている結に駆け寄る。

「結?大丈夫だからね。ずっと一緒にいるから」

「うん」結は全く動く気配がなかったが、ぎりぎり意識は残っているっぽい。

 僕は広すぎる屋根裏を何周も回る。結と駒賀は探索したのだろうが、毎回一人だけじゃ、全部は探索しきれていないだろう。

 マップでいうと右下に当たる部分に小さい金庫が置いてある。それにしても、ここは暗すぎるな。電気はあるのにそれを光らすスイッチがない。はしご付近にあると思うのだが。

 目を凝らせてスイッチを探す。あった。僕はスイッチを押し、屋根裏全体が明るくなる。そういえば、この館一階と二階全域に電気つきっぱなしだったな。何年もあの状態でよく保つな。これも呪いの一つなのか。

 明るくなった屋根裏をもう一周してみる。さっきの金庫以外何もなさそうだ。金庫には鍵がかかっていた。園田だ。園田が女子風呂で見つけた鍵と形が合うはずだ。でも、ここを出るわけにはいかない。はしごから顔を出して声を出してみるか。

「園田ー。こっち来てくれ」僕は出る限りの声でそう言った。

 まぁ、そう簡単に来るわけがないよな。園田が一階にいたらそれはもう聞こえるわけがない。ただでさえ部屋がこんなに多いのに、一階と二階の高低差もかなりあるから聞こえていたら奇跡だろう。

「んん、きつい」

 響き終えていない僕の声の中に、かすかな結の声が聞こえた。僕は急いで結のそばについて身体全部で包み込む。

「大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫だから」

 正直なところ、大丈夫なわけがない。正常な僕らでさえ今ギリギリなのに。僕は結を下に降ろす方法を考える。やはり、あと一人か二人いないとこの高さのはしごは無理そうだな。僕はとりあえず結をうつ伏せから仰向けにさせる。

 次の瞬間、二階から声が聞こえた。

「鬼塚ー大丈夫か」

 園田だ。なぜか来れたかはわからないが、とにかく今はいい。

「園田、来てくれ」僕はいったん結から離れて、薄目で二階を覘く。

「わかった」

 園田はそそくさとはしごを登ってくる。その間、僕は結のもとに戻り、お姫様抱っこで抱え、はしご付近まで運ぶ。

「大丈夫だから」

「おいおい、瀬戸口大丈夫か。そんで、助けたいから読んだのか?」

「それもあるんだけど、園田、女子風呂で鍵見つけてたじゃん。その鍵使えるっぽい場所見つけたからさ」

 僕は園田を金庫の場所へ案内する。

「ここなんだけど」

 園田はポケットから鍵を取り出して金庫の鍵穴に挿す。

「これは、また鍵だ」

「応接室か倉庫②だろ。まぁいいや、とりあえず瀬戸口は降ろすぞ」

 僕は結の上半身を、園田は下半身をもって何とか下に降りることができた。そのまま比較的きれいな洋室①に結を運び、そのまま寝かせる。

「結は僕が何とかしておくから、園田は鍵を使って脱出に近づけるようにしておいてくれ」

「わかったよ」そう言うと園田は走って洋室①から出た。

 結は相変わらず体調が悪そうだ。今僕にできることは何もない。本当ならずっとそばにいてあげたいが、いち早く脱出するには人が必要だ。僕も動くしかない。

 僕は洋室①のクローゼットに結を楽な姿勢で隠す。これなら大丈夫だろう。結の安全を信じて僕も洋室①を出る。

 もう一度マップを見てみよう。僕はずっと不可解に思っている点があった。この館はあまりにも形が左右対称すぎる。莉里が描いたマップは書斎の北側は半円を描くようになっているが、書斎の北側は一面本棚になっていた。となると、本棚に何かの工程を加えれば隠し扉的な何かが出てくるはずだ。

 僕は疲れ切った体を無理やり動かし、書斎に入る。北側の本棚を適当に触ってみる。

 何となく本棚の真ん中から右側を強く押すと、本棚が思いっきり回転する。僕は勢いに任せて裏の部屋に飛ばされる。

 この部屋はあまり広くない。和室の三分の一ほどの広さだ。目の前に紙が置いてある。

『Ⅰ 愛する者は最後まで』

 僕はそれを読んだ瞬間、頭の中がくらくらする。だんだん意識がもうろうとしていって、そのまま地面に倒れこむ。


 目が覚めると、一階ホールにいた。僕は重い体を起き上がらせて、辺りを見渡す。

「みんな、なんだこれ」僕が言うよりも先に駒賀が言った。

 あぁ、もう終わりだ。

 僕らは円で寝ており、その真ん中には、結と莉里の首なし死体があった。

「結!結ーーーーーーー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今から愛に逝くよ 松清 天 @sora_1226

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ