今から愛に逝くよ
松清 天
また愛ましょう
「僕は心の底から愛していた女を殺した。
死体は目の前に転がっている。とはいっても、頭以外は切り刻まれ、バラバラになった状態でそこらじゅうに散らかっている。
整った眉、透き通った瞳、艶のある髪、そのどれもが、僕が彼女の生前に見た姿と同じだった。
ただひとつだけ変わったと言えるなら、そこに涙がなくなったこと。最後に見せたあの涙が僕は欲しかったのに。
僕は、彼女の綺麗に残った頭を持ち上げた。彼女の滴った唇と僕の唇が接触する。僕は目を瞑っていたが、彼女はずっと目を開けたままだった。
一分ほど経って、彼女を唇から離し、彼女に優しく言った。
???『愛してるよ』
彼女を血まみれの床に落とし、手と顔を洗って家を出た。バレるのも時間の問題だろう。
僕はただひたすらに走った。泣いて、泣いて、一度も止まることなく、この星が燃えて朽ちるまで、僕は走るのだろう。
あぁ、もう終わりにしようかな。
見ましたか?このオープニング。ぞくぞくしますねー。まだ始まってもないのに鳥肌立ちまくりですよ。
えーということで、はいどーも、ジュピターの地下室へようこそ。今日やっていくゲームは、『呪愛』です。怖そうですねー」
僕はゲーム実況者だ。編集した動画を動画配信サイトMiniCityにアップロードして稼いでいる。MiniCity、略してミシティだ。生配信でも、動画投稿でも、主にゲーム実況だ。生配信ではいわゆる投げ銭というものをもらい、動画では広告収入だ。まだ高校生だが、収益は母さんに管理してもらっているから安心だ。
「なんと、この『呪愛』というゲーム、みなさんご存じでしょう、プログラマーK-Gさんの体験をもとに作られたホラーゲームなんだそうです。ドキドキしますねー」
アップロードされた動画は、何時間あろうと必ず全て確認する。カットし忘れているところはないか。字幕はおかしくないか。もし間違いがあったなら、一度動画を消して再編集する。
アップロード前に確認したほうが効率は良いのだろうが、最初にこれで慣れてしまったせいでもう抜け出せなくなっていた。これが僕のルーティーンだった。
いつものルーティーンをもう少しでこなせそうな時だった。幼馴染の莉里から電話が来る。
「明日終業式だけど、ちゃんと準備してる?」
「うん、ばっちりだよ。もう切るよ」
「待って、まだ切らないで。もう少しだけ話してたい」
電話しながら作業をしても、なんら支障はない。僕は「いいよ」と冷たく返す。
「今日の動画、早送りで見たけど、なんもなさそうだったよ」
僕がゲーム実況者として活動しているのを知っているのは、家族と莉里、同級生の園田、それと僕の彼女である結だけだ。
「やっと終わった。じゃあ切るね」
一息ついて、電話を切ろうとした。
「やだ、まだ声聞きたい」
莉里は僕に彼女がいることを知らない。どうやら、いや確実に莉里が僕に対して好意を持っている、ということを僕は知っている。結は僕に幼馴染がいることも知っているし、莉里が僕に好意を抱いていることも知っている。そのうえで付き合っている。
正直なところ、僕は莉里と距離を置こうとしていた。勝手に好意を抱かれて何かされたら、僕も結もたまったもんじゃない。
その時、結から一通のメールが届いた。
結:ねえ、いつまで電話してるの?いい加減電話出てよ。
僕は急いで結とのトーク履歴を見る。数十件の不在着信が溜まっていた。僕は莉里に何も言うことなく電話を切る。すぐさま結に電話をかける。
「ごめん、莉里と電話してた」
「そんなの知ってるよ。またどうせ、寂しいとか言って切らなかったんでしょ。全部わかってるんだからね」
かなりご立腹のようだ。僕は、結に嘘の事情を話しながら莉里に同じ文字列で謝罪をする。
「ごめん、本当にごめん。今度から気を付けるから、もうしないから。ごめん」
「もういいって、別に謝罪が欲しいわけじゃないし。ただ、これで何回目?毎日電話したいって言ったのどっちだっけ?」
あぁ、今日は腹を立ててる中でもかなり機嫌が悪い。ただ、僕にはこれを直せそうにない。なんせ、僕の性格上「断れない」からだ。
断る名台詞なんかも人生で一度は言ってみたいなぁ。
「ねぇ、なんか言ってよ。ごめん、言い過ぎたよね、ごめん」
「そんな謝らないでよ。僕が悪かったから」付き合った当初毎日電話したいとお願いしたのは僕のほうだ。
「これからはもう莉里から電話きても断るようにするし、絶対裏切るようなことはしないから。ね?」
「わかった」元気のない声で結は言った。
「本当に裏切らないでね?信じるから。大好きだよ」
「僕も」
僕と結の出会いは一年前だった。高校の入学式で結に一目惚れした。
「おはよー、久々だね」出身中学校が同じ園田圭の後ろ姿見つけて声をかける。
「うわっ、びっくりさせんなよ。それに、会ってなかった期間も二週間くらいだろ」
「そっか。ほら、体育館行くよ」
僕は事前に買っていた学校指定のバックを肩にかけ、園田とともに体育館へ向かう。
「それでは皆様、三年間この学校で高校生活を楽しんでください」
校長と学年主任の話を終え、振り分けられている教室へ入る。
席に着くと、隣に座っている当時十五歳の結に声を掛けられる。
「はじめまして、三年間よろしくお願いします。私、瀬戸口結って言います」
中学二年生のころにとある人に出会い、ゲーム実況をはじめた。匿名で活動をしていたが、声でバレる心配があった。少し声を低くして自己紹介を始める。
「よろしくね。僕、鬼塚爽」
まだ顔もろくに見ずに自己紹介を終え、一応目を合わせようと顔を上げる。
かわいい。今までに出会ってきた人の中で一番オーラがはっきり見えるというか、とにかく、光り輝いていた。そんな能力など一切ないが、僕には見えた。
「あのーなんというか。おかわいいですね」顔を見た途端緊張したせいか、変な日本語になってしまうの同時に思ったことをそのまま口に出してしまった。
「いやー、ありがとうございます。そんなこと人生で一回も言われたことないですよ」
人生十六年目にして初めて一目惚れをして、初めて恋というものを経験した。改めて結の顔を見てみるが、顔を赤らめて下を向いていた。そのあとすぐに顔を上げると、僕と目が合ってお互いに照れながらもう一度顔を下げる。
「爽さんこそ、かっこいいですよ」
一発KOだった。高まる鼓動が全身に響く。
「ありがとう」
学校に慣れるまでの一か月間は毎日話していた。園田とはクラスが違ったが、ミシティで他実況者とのコラボで培ったコミュニケーション能力を頼りに、クラス内で莉里と結とは別に駒賀修平という男と仲良くなった。
こいつは怖いもの知らずというか、何事にも動じない男だった。
「駒賀、ほらゴキブリ」
駒賀はそのままゴキブリをつかんでクラスの女子に投げつける。女子は叫び声をあげながら教室から全速力で逃げていく。
「駒賀、それはやばいって」クラス中の男子が笑い転がる。
とにかく、駒賀とは話が合う友達となった。結とは相変わらず調子は良くて、莉里からはずっとくっつかれていた。これに関しては中学のころと変わらない。
「なぁなぁ、お前、結ちゃんのこと好きなんだろ。結ちゃんもお前のこと好きなんだってよ。どっかから回ってきた」
六月六日の朝のホームルーム後、駒賀が僕を屋上付近の階段へ呼び出すと、耳打ちでこんなことを言ってきた。
「いやぁ、そんなことないよ」
信じれるわけがなかった。初恋の人が両思いの人にいなるなんて、そんなことあるはずがないと思っていた。ただ、駒賀は嘘をつかない人間だ。駒賀の周りの人間は口をそろえてそう言う。
「告白すれば?付き合えると思うけどなぁ」
「うん、頑張ってみる」
また断れなかった。僕ももちろん嘘はつきたくない。告白してみるしかないか。
六月七日、これが決戦の日だった。六日の夜に馬鹿真面目になんて告白しようかを考えこんでいた。
「えーっと、そのー、僕と付き合ってください。あなたと初めて出会ったとき、本当に一目惚れしました。それから毎日話しててすごい楽しかったし、これからも絶対幸せにするのでどうかよろしくお願いします」
僕は下を向いて結の胸近くに手を差し出す。
「いいよ、私も一目ぼれしたし。じゃあ、よろしくお願いします」
温かくて柔らかい結の手が僕の手を包み込む。状況が呑み込めなかった。
結が僕のことが好き?いやいやいやいや、そんなことはないはず。え?そんなことがあってしまうのか?ナウで?
「ん?ん?結ちゃんが俺のこと好き?そうなの?」
文字通り、頭の中はクエスチョンマークしかなかった。
「だから、私も好きだからよろしくお願いしますって。何回も言わせないでよ、恥ずかしいから」
「ありがとう、絶対幸せにするから、これからもよろしくね。結ちゃん」
「結ちゃんってやめてよ、結でいいから。私も今度から爽さんじゃなくて爽って言うし。大丈夫だよ、すぐ慣れるし」
「わかった、これから毎日電話するし、二人で遊べる時間もちゃんと作るからね」
そんな会話があって僕と結は今でも付き合っている。今月で一年と一か月だ。僕らは学校内でも結構有名カップルだった。結と僕が付き合っているのを知らないのは莉里だけだ。逆にここまで付き合っていてなぜ知らないのかが不思議だが。もしあるとするなら、本当に何も知らないのか、知ってはいるが現実を受け入れたくないのか、の二択だろう。
二年になってからは園田とは相変わらずクラスが別で、駒賀もクラスが別になってしまった。僕と一緒なのは結と莉里だけ。まったく、どうして神は僕たちを離してくれないのか。
「明日の準備は終わってるの?」
「うん、ばっちりだよ」僕は莉里との電話同様にそう返した。
というか、始業式の準備なら百歩譲って分かるが、終業式の準備って何なんだ?まぁいいか。
「もう電話切っていい?」
「なんでそんなこと言うの?寝るまで電話する」
「わかった」
決して冷めたわけではない。ただ、最近本当に莉里が鬱陶しいだけだ。莉里に結のことも話そうか迷ったが、結局ずっと話せないでいる。
「明日早いし、もう寝よ?」
もちろん今でも結のことは大好きだ。毎日言っているつもりでいるし、結も僕のことをずっと好きでいてくれるから、僕も期待に応えるように好きでいれる。
「おやすみ、電話切らないでね」
一年前の結とは別人のように甘えてくるというか、本当に付き合ったら人が変わるんだなって、結を通して知った。
僕はそう言うとすぐ寝てしまった。
朝六時半、ベットから起き上がってそのままの体制で結との電話を切る。すると結から怒りのメッセージが届く。
結:なんで切るの。それで起きたんだけど
爽:ごめん、もっかいかけなおそっか?
結:もおいい!朝のしたく終わるまで電話してたかったけど...
なんというか、女の子は気難しい。一昨日は起きた時には電話が切れていたのに、昨日今日ときたら朝の支度が終わるまで電話してたいとかどうとか。
ただ、怒っていてもかわいいのには変わりないし、早く学校に行って会いたいな。
自転車で片道四十分の距離がある高校までを今日は父さんに送ってもらうことになった。
「準備できたか?もうそろ行くぞ」
父さんがノックもせずに部屋に入ってくるとそう言う。
「だからノックくらいしてってば」
「あー、すまんすまん」
僕は一直線に車へ向かう。ニ十分ほど車に揺られ、高校に到着する。
「ありがとう、帰りは結たちとご飯食べてくるから十六時くらいでお願いします。場所は連絡するから」
「うい」
多分夏休みに入っても結とは毎日会うことになるのだろうが、一応一学期最後ということで園田と駒賀、莉里、僕、結で近くのアウトレットで遊ぶ予定をしてある。僕はここで莉里に結とのことを言うつもりでいた。
十二時半、教室に戻り、ホームルームでは担任が「あんま問題行動起こすなよ」というだけで終わった。
園田と駒賀の帰りを待ちながら、結と莉里でアウトレットでの予定を立てていた。
「お疲れー、皆早かったね」
「それじゃ行くか」
普段は自転車登校だが、今日はたまたま父さんが送り迎えをしてくれた。金沢と園田は今日自転車だから、二人で先にアウトレットに入っておくことになった。
残された僕ら三人は仲良く横に並んでアウトレットに向かう。学校からはそこまで離れておらず、歩いて十五分ほどの距離にあった。
「最近金沢とはどうなんだ?まだ鬱陶しいのか?」
「うん、電話来たら出ちゃうんだよね。断れなくて」
「結ちゃんは?どう思ってるの?」
「めちゃくちゃ嫉妬するし、本当はやめてほしいけど、断りにくいもんね。半ばストーカーみたいなことされているし。かわいそうだけど、言っちゃったほうが楽になると思うよ」
僕は心の中に秘めていた。もう言ってしまったほうが今後楽だ。
どうやって報告するかの作戦を考えている間にアウトレットについてしまった。
「おーい、こっちこっち。みんな早かったな」
いつもならここで莉里が僕に駆け寄ってくるのだろうが、今日は違った。なんだか、不気味な笑顔でずっとこちらを見つめてくる。
「何だあの顔」先に口に出してきたのは駒賀のほうだった。
「まぁいいよ、近寄らないならWin-Winじゃね?」
とにかく、僕らは夏休みを誰よりも早く楽しみに来たんだ。まずはレストランに入って、軽く買い物をするつもり。そこら辺の高校生もこんな感じの夏休みだろう。
「あそこいこーぜ。ほら、最近オープンした人気のカフェ」
園田がそう言ったことで、僕らは園田についていく。何とも女子高生みたいな会話だが、僕らにとってはそれが普通だった。
「これが新しくできたカフェねぇ。これならいつも行ってるところのほうが安いしコスパはいいよな。美味いけど」
そんな感じでだらだら十四時まアウトレットを楽しみ、それからは金もなくなってただ歩いているだけだった。
「なぁ、そういえばあの噂知ってる?俺らのクラスでめっちゃ流行ってるやつ」
もうそろそろ帰ろうかと話をしていた時、園田が口を開く。
「噂?そんなのあったっけ?あー、俊介と渚沙の浮気?」
「いやいや、呪いの館。三年がカップルで行って帰ってこなくなったって。それとあれ、最近流行ってる『呪愛』ってゲームの原作的な?場所なんだって」
僕は内心ドキッとしたが、焦らないように普通に返す。
「なんだそれ、聞いたことないよ。行ってみる?」
「私は全然いいよー。ここからそんな離れてないでしょ?」
「うん、歩きで二十分くらいかな?みんなで行こうぜ」
ノリで吹っ掛けたつもりだったが、莉里があまりにちゃんと受け止めてしまったせいで結局呪いの館へ行くことになった。
「もう自転車置いて行こー」
「私も」園田と莉里は自転車をアウトレットに置いたまま歩いていくことになる。
しかし、『呪愛』は僕のネット友達であるK-Gが作成した。ゲームのプログラミングと想像力、キャラデザインが他とはレベルが違う。
『呪愛』はホラーRPGで、僕が今までプレイしてきたホラーゲームの中では群を抜いて面白かった。もし仮に『呪愛』のモチーフがその呪いの館というものなら、僕らが生きて帰ってこられるかわからない。
そんなことを考えていると呪いの館に着いてしまった。
「ここが呪いの館ねぇ。でかいなぁ」
「とりあえず入ってみようぜ。なんか面白いことあるかもだし」
駒賀は本当に怖いもの知らずだ。怖気ずくことなく館の扉を開ける。
扉を開けるとすぐに大広間があった。僕は一週間前にプレイした『呪愛』の記憶を遡る。確か、全員が入ったらすぐに扉に鍵がかかったはずだが、どーなるか?
「全員入った?扉閉めるよー」
駒賀が勢いよく扉を閉める。その瞬間、カチャっと音が鳴る。
僕は内心焦って扉をこじ開けようとするが、明らかに鍵が閉まっていてびくともしない。
「ほら、やっぱり閉まってる」
「やっぱり?お前『呪愛』やったことあるのかよ」
やってしまった。もういいか。この際ゲーム実況者であることはみんなに伝えてしまおう。別に校則で禁止されている行為でもないし、何なら収入が増えて僕にはメリットしかないだろう。
「俺さ、ミシティでジュピターの秘密基地っていうゲーム実況者してるんだよね」
「は?」
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