夜にすれ違う男

彩羅木蒼

夜にすれ違う男

  私の家の前を毎日午後11時に歩いて通る男性が居る。

 その男性とは会社帰りに家の前ですれ違う。その男性と帰宅時間が同じである事から、毎日激務をこなしているのであろう事が想像できた。

 だが、私は男性の姿で一つ気になる事があった。

 それは一度もカバンを持っている所を見た事が無い事。それとどんな天候であろうと傘をささず、上着も着ず、常にスーツだけで歩いている事だ。その姿にはとても違和感があった。

 そんな男性と毎日帰宅時にすれ違うからすっかり顔も覚えてしまった。

 今日も私はその人と家の前ですれ違った。時刻を確認すると夜の11時を少し過ぎた頃だ。

 いつもならそのまま私は部屋に向かうのだが、なぜか今日はその人が一体どこに向かって歩いているのかが物凄く気になった。いや、冷静に考えて家である事は分かるのだけれど、なぜか確認せずにはいられない気持ちになっていた。

 もう疲れているのだからこのまま部屋に入って休んだ方が良い。だが、私の足は自然とその人の後を追っていた。

 少しの罪悪感と、私は一体何をやっているのだという自分自身への困惑を連れて男性を尾行する。

 夜遅い時間と言うのもあり、人通りは殆どなく、尾行初心者の私にとっては最適な道路状況だった。

 ……なんだ尾行初心者って。

 男性は人通りの殆どない閑散とした商店街を歩く。私は十分に距離を取り後を追う。この状況を誰かに見られたらどうしようかとも思ったが、そんな事はどうでも良く感じる程この男性がどこに行くのかの方が気になっていた。

 20分程歩いた所で、私は周りの風景がとても見慣れたものに変わっている事に気付いた。

「あ、これ実家の近くだ」

深夜に男性を尾行する私はいつの間にか実家の直ぐ近くまで来ていた。

 ちなみに私は事情があり、家から徒歩20分の距離に一人暮らしをしている。

 この男性はこの辺りの人なのだろうか。そのまま歩いて行くと、突き当りに実家が見えて来た。

流石にもう両親は寝ているのだろう。閉められたカーテンは真っ黒だった。

 男性はそのまま真っすぐに歩いて行き、実家前のT字路に差し掛かった。右か左に折れるだろうと思ったのだが、男性はそのまま真っすぐ突き進み、実家の門扉もんぴを開け、そのまま玄関ドアも開けて中に入って行った。


「………は?」


 誰? 知り合い? 親戚? いや、それはあり得ない。男性は赤の他人だ。名前だって知らない。

 今さっき家に入っていたのは知らない男。のだ。

 全身の血液が氷ついたかの様な寒気を感じ、足が震え始めた。早く、早くチャイムを押して両親に知らせないと、このままじゃ危ない。

 その時、丁度パトロール中のパトカーがこちらに向かって走って来た。

 私は全身を使ってパトカーにアピールすると、それに気づいたパトカーが停まった。

 二人組の警官は、最初こそ疲れた表情を浮かべていたが、私の話を聞くと一気に険しい表情になった。その表情の変化が今起きている事の重大さを強調する。

 その警察管と一緒に実家に向かった。チャイムを数回押すと、まだ夢から抜けきっていない様子の両親が玄関ドアを開けた。

 二人が無事な事が分かり、私は安堵のため息を吐いた。

 「——良かった」

 その後、警察と私から事情を説明すると両親は目を丸くし、完全に青ざめていた。

 無理もない、寝ている間に知らない男が家に入っていたと聞かされて普通にしていられる訳が無いだろう。

 だが、両親は間違いなく玄関の鍵は閉めていたという。それは玄関を開ける時の解錠の音で私も分かった。じゃあなぜあの男は玄関の鍵を開ける事が出来たの?

 その後、警察管に家の隅々まで捜索をしてもらったが、結局男は見つからなかった。

 そもそも人が立ち入った形跡が全くないという警察官の言葉に、私は強いめまいを覚えた。形跡が無い? じゃあさっき見たあの光景は? 男は今どこ?

 だが、何も見つからない以上もう出来る事は無く、警察にお礼言った後、両親にも不安にさせた事を謝り、私は実家を後にした。


 あれから数週間が経った。その後、実家では特に問題は無く、両親も普段通りに生活している様だ。

 その事に安心はした。けれど、一つ気がかりな事がある。

 それあの男性の事だ。男性が実家に入って行く所を目撃して以降、一度も男性が私のアパートの前を通る姿を見ていない。

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