エピローグ

ルドベキアと白いジャスミン

 ある日の昼下がり、ヌムール城にて。

 キトリーは夫のマルセルとティータイムを楽しんでいた。

「そう言えば、もうすぐ君の妹君の命日だね」

 マルセルは穏やかにそう言い、紅茶を1口を飲む。

「ああ、そうだね。オルタンスが亡くなってもう25年か。オルタンスは幸せな人生を送ったと思うよ。あの子はランベールと一緒にいる時が1番幸せそうな顔してた。何でよりによってランベールなんだろうって悔しさはあるけどさ」

 懐かしむようにフッと笑うキトリー。ルドベキを彷彿とさせる姿だ。

「まあ、傲慢でなくなったランベールならオルタンスを任せられるとも思ったけどさ。なんだかんだ真面目だし。それに、昔はルナばかり見ていたランベールだけど、いつしかオルタンスを優先するようになった。教えてはくれないけど、何か心境の変化があったんだろうね」

 キトリーは言い終わると紅茶を飲み、満足気に微笑んだ。

「ランベール殿も、オルタンス様を慈しんでいたのは確かだと思う」

 マルセルが微笑んだ。白いジャスミンを彷彿とさせる笑みだ。

 昔はオルタンス嬢と呼んでいたが、ランベールと結婚したのを期に、オルタンス様と呼ぶようになったマルセルだ。

「今年もオルタンスの命日にはあの子のお墓に花を供えよう。姪のルシールにも会いたいし。ついでに隠居したランベールにも会ってやるとしよう」

 キトリーはクスッと笑った。

「では私もキトリーと一緒に行こう。テオドールくんに気軽に会えなくなったなは少し残念だけど」

 マルセルは穏やかに微笑む。

「そりゃそうさ。テオドールもきっとユブルームグレックス大公国で活躍しているさ」

 キトリーはハハっと笑い、また紅茶を飲む。

「そう言えばマルセル、明日はシャルル大公配閣下にお会いするんだっけ?」

「ああ。閣下から狩猟に行かないかと誘われてね。狩った動物の肉を料理人に調理してもらって女大公閣下に食べさせてあげたいと仰っていたよ。私も狩猟に行くのは久々だから楽しみだ」

 マルセルは少しウキウキした様子だった。

「ルナと大公配閣下は相変わらず仲がいい。そうだ、また昔のようにお茶会を開いてみよう。晩餐会でワインを飲み交わすのもいいかもしれない。マルセルと私、それからルナと大公配閣下とランベールも誘ってさ。全員生前退位したり当主の座を退いているから、時間はあるだろう」

 キトリーは明るく笑った。

 その時、部屋の外から足音が聞こえ、扉の前で止まった。何やらヒソヒソと声が聞こえる。

「それはいいね。でもその前に……」

 マルセルは席を立ち、扉を開く。

「あ、お祖父じい様……」

 扉の前にはアッシュブロンドの髪にヘーゼルの目の少女と、ブロンドの髪にヘーゼルの目の少年がいた。

「アンリエット、ジョルジュ、どうかしたのかい?」

 キトリーも扉の前までやって来る。

 アンリエットとジョルジュはキトリーとマルセルの孫だ。今年8歳になる双子である。

「えっと、僕達母上の本を読んでみたのですが……」

 少し自信なさげなジョルジュ。

「お母様の本、わたくし達にはよく分からないので、お祖母ばあ様達に教えてもらいたいと存じましたの」

 ハキハキと言うアンリエット。アンリエットはキトリーに本を渡す。ジョルジュとアンリエットの後ろに控えていた従僕と侍女は申し訳なさそうな表情をしていた。

「そう言うことか。もちろん構わないさ。それにしても、随分と難しい薬学の本だね」

 キトリーは快く答え、まじまじと本を見る。

「ユーグもクリスティーヌさんも今日は仕事で王宮にいるから、その本を分かりやすく解説出来るのも私達しかいないね」

 マルセルはクスッと笑った。

「ルナ達とのお茶会や晩餐会については、この本の解説が終わったらまた話そうか」

「そうしよう、キトリー」

 こうしてキトリーとマルセルは、孫達に本の内容を分かりやすく教えるのであった。

 スッキリと清涼感あるミントの香りと、優しく安心感のあるカモミールの香りが調和する。部屋に飾ってあったルドベキアと白いジャスミンが優しく見守っているかのように見えた。



ルドベキアの花言葉:公平、公正

白いジャスミンの花言葉:柔和

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その花の名は 〜あなたの香りに包まれて〜 @ren-lotus

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