ドラセナ・フラグランス
ルナとシャルルは馬車で王都から少し離れた王家所有の領地に向かう。そしてその領地にある王家所有の城で昼食を取った後、いよいよ馬で遠乗りだ。
艶やかな毛並みの白い馬は、ルナとシャルルが乗るのを待っているかのようだ。ルナはシャルルの手を借りて馬に乗る。足を閉じたままの横乗りだ。これがこの時代の女性の乗り方である。
(こんなに高いのね)
ルナは少し驚いていた。
「ルナ様、失礼しますね」
シャルルがルナの後ろにヒョイっと慣れた様子で軽々飛び乗った。彼は足を開いた乗り方である。
「ルナ様が落ちないように僕も支えますね」
瑞々しく爽やかで弾けるような、柑橘系の香りがルナを包んでいた。ルナの体はシャルルにすっぽりと収まっていた。
ルナは女性の平均身長をはるかに超えて大柄だ。しかし、華奢で線が細い。シャルルはルナより少し背が高く細身に思われるが、意外とがっしりした体格であった。着痩せするタイプらしい。
(身長差はあまりないのに、シャルル様の体がこんなに大きいなんて……)
ルナはドキドキしていた。
「では、行きますよ。ルナ様、しっかりつかまっていてくださいね」
シャルルはそう言うと、馬を走らせた。
(馬は……こんなにも速く走るのね)
馬車に乗るのとは全く違う感覚。全身で風を受けるルナ。そして風を受けつつも、まるで自分が風になったような感覚だ。
「ルナ様、馬に乗る感覚はいかがですか?」
少し上から、明るく爽やかなシャルルの声が降ってくる。
「ええ、とても清々しく気持ちいいですわ」
ルナは風のように流れる景色を見て微笑んだ。
「それはよかったです」
頭上からシャルルの満足気な声が聞こえる。ルナがふと少し上を見ると、シャルルの横顔が目に入る。とても凛々しい表情をしていた。ルナはその表情に見惚れてしまう。馬と共に、ルナの心臓が跳ね上がった。
(ドキドキしてしまうけれど、
ルナはほんのり頬を染め、幸せそうに微笑んだ。
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帰りの馬車にて。日は傾き、もうすぐ沈んでしまいそうだ。空は薄暗く紫に染まり、ポツポツと星が輝き始めている。
「ルナ様、今日ははルナ様と一緒に王都を歩いたり、遠乗りが出来て僕は楽しかったです。ありがとうございました」
心底嬉しそうで、とろけるような甘い笑みのシャルル。サファイアの目は真っ直ぐルナを見つめている。
(ああ、
ルナの心臓はトクンと跳ねる。しかし、嫌な感じではない。むしろ心地よかった。
ルナは微笑み、アメジストの目は真っ直ぐシャルルを見つめる。
「お礼を言うのは
「ルナ様……」
シャルルの頬は赤く染まった。
「
「僕もです! 幼い頃から、ルナ様をお慕いしていました!」
シャルルが前のめりになって返事をしたので、ルナは思わず笑ってしまった。
「あ、すみませんルナ様。貴女の言葉が嬉し過ぎて、取り乱してしまいました」
シャルルは照れたように頭を掻いた。ルナはふふっと微笑む。するとシャルルは真剣な眼差しになる。
「シャルル様?」
ルナが首を傾げると、シャルルの手がルナの頬に触れる。
「ルナ様」
シャルルの顔が近付いてくる。そしてシャルルの唇がルナの唇に触れた。瑞々しく爽やかで弾けるような、柑橘系の香りに包まれた。
ルナの心臓が飛び跳ねる。
2人の唇が離れる。シャルルは頬を赤く染め、とろけるような甘い笑みでルナを見つめている。
「愛しています、ルナ様」
柔らかに輝くサファイアの目には、確かに愛がこもっていた。
「……
ルナも真っ直ぐシャルルを見ていた。
シャルルは微笑みながらルナを抱きしめた。
ルナはとても満ち足りた気持ちであった。
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そして時は過ぎ、女王として様々な功績を残したルナは生前退位して王位を息子のガブリエルに譲った。退位後は王太后ではなく、女大公の位を賜った。一応臣籍降下しているが、前女王陛下ということで、それなりに護衛なども必要である。よってルナは領地は貰わず大公配となったシャルルと共に離宮で暮らすことになった。
「ああ、またルナ様に負けてしまいました」
年老いても若々しさのあるシャルルは、手持ちのカードを見て落胆した。離宮の温室で、ルナとポーカーをしていたようだ。3が2枚、柄はハートとダイヤ。そして
「同じフルハウスでも、
ルナはクスクスと笑っている。ルナのカードは7が2枚、柄はハートとスペード。
女王として様々な局面を乗り切ったルナのアメジストの目は、何でも見通せそうに見える。
「お
そこへやってやって来たのはプラチナブロンドの艶やかな長い髪に、アメジストのような紫の目の少女。
「ええ、もちろんでございますわ、ディアーヌ」
ルナはディアーヌという少女に微笑む。ディアーヌはルナとシャルルの孫娘でナルフェック王国の王太女だ。子供の頃のルナそっくりで、もう12歳になる。
「
ディアーヌが悪戯っぽく微笑んだ。
「ディアーヌが素晴らしい女王になることを
慈しむような目でルナはディアーヌを見る。
「ディアーヌならきっとなれるでしょう。何せ、ルナ様にそっくりなのだから。まだルナ様に勝てなくとも、いずれ勝てる、もしくは互角にまでなれると思いますよ」
シャルルはルナとディアーヌを交互に見て微笑んだ。サファイアの目には愛情がこもっていた。
「力強いお言葉感謝しますわ。そうだ、ウジェーヌとメル、それからセルゲイ様とソニア様とフランチェスカ様もお誘いしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんでございますわ」
ルナは優しくアメジストの目を細めた。
ディアーヌが誘おうとしているのも全員ルナとシャルルの孫たちだ。ナルフェックの第1王子ウジェーヌとメルこと第2王女メラニー。そしてアシルス帝国の皇太子セルゲイ、ウォーンリー王国の王太女ソニア、アリティー王国の王太女フランチェスカ。他国に嫁いだ、あるいは婿入りしたルナとシャルルの子供達から孫の教育を頼まれたのだ。
愛する夫と孫たち。ルナは彼らを見て幸せそうに微笑んだ。
温室に植えてあるドラセナ・フラグランスが白い花を咲かせていた。
ドラセナ・フラグランス(別名:幸福の木)の花言葉:隠しきれない幸せ
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