第5話 可愛いものに取り憑かれたゾンビ
妊娠中、わたしはギリギリまで仕事をしていたからか、今後用意するべきアレコレを、買わないどころか調べることすらしていなかった。
友人に
「早産になったらどうするの?」
と8ヶ月の時に言われハッとした。
もう入院バッグを用意していてもおかしくはないらしい。
その頃のわたしはマタニティウェアを買ったばかりだった。
それまでは普通のズボンをチャック全開にして大きめのトップスで隠して何食わぬ顔で過ごしていた。
さすがにそれも苦しくなったところでズボンを2着とパジャマ2着を妊娠8ヶ月にしてやっと買ったのだ。
そうか、もういつ産まれてもおかしくないのか。
焦った。いともたやすく焦った。
早速なにが必要かを調べはじめた。
数えればキリがないほどグッズで溢れかえっている。
「本当に必要だったもの」
「正直いらなかったもの」
検索すれば情報で溢れ返り、そのどれもが人によって違うのだ。
赤ちゃんグッズは安くない。
しばらくは夫一馬力で頑張ってもらうしかないが、今後どんどんお金はかかっていくはずだ。
なるべく初期費用を抑えたい。
そういう願いを持って検索していた。はずだった。
思えばあの時のわたしは、冷静さを失っていた。
社畜から、晴れて自由の身になったため開放感で背中に羽根が生えた気分だったのだろう。
「かわいいなぁ」
見れば見るほどダメだった。
赤ちゃんグッズはとにかく可愛いのだ。
“これを使っている我が子”を想像するだけでメルヘンチックな気分になる。
リビングに敷くマットも、抱っこ布団も、肌着も、授乳クッションも、ガーゼケットも、それに纏われる赤ちゃんを想像するだけで顔が綻び、鼻の下が伸びただらしない顔のまま指先一つで購入してしまうのだ。
これはマタニティハイというやつなのか。
そのままわたしは、出産直前まで色んなものを買った。
もちろん入院バッグも用意した。
そして産後。
用意した入院バッグで持って行って良かったもの第1位はのど飴だった。
入院中に夫に買い足しといてもらったものは円座クッション。
退院後の生活で、もっと買っておけばよかったと後悔したのはバスタオル。
いつだって現実は、自分の想像の計り知れないところにある。
そしてその現実は「可愛く」はないのだ。
マタニティハイで買ったいろ〜んな可愛いグッズたちは全部うんちと吐き戻しで汚れた。
その度に「あぁ、可愛いのに!」「あぁ、高かったのに!」と心の中で嘆いていたのは内緒にしておこう。
「可愛い」も大事だ。
慣れない育児でクタクタな時、キュートな服を着せるだけでモチベーションがあがったりする。そういう心の栄養は本当に大事だ。
だけどもし次があるのなら、わたしはそこまでベビーグッズにこだわらないだろう。
なぜなら赤ちゃんはただそこにいる、たったそれだけで「可愛い」のだから。
うちの赤ちゃんブラック企業 いも @imo777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。うちの赤ちゃんブラック企業の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます