第4話 最終話
「魔王、ポーターが死んだぞ」
「……そうか」
勇者を送り込んできた国と休戦協定を結んで、70年が経った。
勇者は10年前に、BISと魔法剣士は6年前と7年前にそれぞれ没した。
そうしてパーティー最後の生き残りだったポーターも、とうとう亡くなったのだ。
「ヤツラの子供たちは、国に帰っただろうな?」
「ああ。王都に定住している。もうこちらには来ないだろう」
勇者は生涯、結婚しなかった。魔王との戦闘で亡くなった剣士に顔向けが出来ないと、魔王にはよくわからない理由で、しなかった。
BISは魔法剣士と結婚し、子供を3人もうけた。ポーターは王都で知り合った一般女性と、魔導士は剣士の妹と結婚して、それぞれ子をもうけている。なんなら全員孫もいる。
国と休戦協定を結んだおかげで、この70年、この国での魔物と人との争いは殆どなかった。たまに愚かな者たちが魔物を虐殺することがあったが、人間側によって逮捕され、公開処刑されている。このように魔王との協定にしたがって、人間たちは平和を維持してきた。
魔物との戦闘を禁じられたため、冒険者自体が必要なくなり、彼らは他国へ移動するか、一般職へ転職することとなった。
今まで鍛錬を積めた魔物との戦闘が無くなったのだ。最初こそ人同士で試合などが行われていたが、平和が続くうちに剣を取る者、戦闘魔法を使う者が減り、冒険者自体は今でも少数だが他国にはいるものの、勇者を務める者はいなくなった。
勇者パーティの子らも一緒で、親から一通りの訓練は受けたものの、魔物の近くで育ったため、その戦闘意欲は低かった。彼らは争いを嫌い、周りに何もない魔王城よりも、平和になって発展した王都に住むことを望み、国王の計らいで王都に住居と仕事を貰って住んでいる。
勇者は亡くなる5年前まで魔王と対等に戦っていた。後年は体が動かない、と魔法中心ではあったが、それまでの経験を活かし、老年とは思えないほどのすさまじい戦いを繰り広げていた。
BISと魔導士、魔法剣士の回復魔法もレベルを上げていて、2人の戦いをサポートし続けた。
ポーターは回復系ポーションよりも、魔力ポーションと湿布薬の調達と、戦闘後のマッサージの方が忙しくなっていた。
勇者が亡くなってからは、だれも魔王に敵うような対戦はできなくなった。そうして対戦という役割を終えたBISたちは、子供たちの誘いと魔王の許可もあり、王都へと住みかを変えた。
もちろん魔王も協定を守っていた。魔物側から人を傷つけた事件は、この70年起きていない。
そしてその勇者パーティーの最後の一人がとうとう亡くなったのだ。
その報告を魔王城の玉座で聞いた魔王は、足を組み、背もたれにどっしりともたれかかって、ニヤリと笑った。
「では、隣国の勇者を迎え入れようか。だいぶ時間がかかったから、結構強いのが育っているんじゃないか?」
「おうよ。あの勇者がこの城に来た時と同じくらい強いのが育っているぞ」
第一将軍のオークが、傷だらけの顔でニヤリと笑う。
「まさか戦ったのか? 顔を見せたのか?」
「いや。第3将軍のホルスが一度戦っただけだ。おれはあの国には関わっていない。連絡をうけただけさ。パーティー5人で、ホルスといい勝負だったらしいぜ。もちろん撃退したそうだが」
「計画通りだな。じゃあ魔王を交代するか、オーク”魔王”」
魔王はスッと玉座から立ち上がると、オーク将軍が入れ替わりに玉座に着いた。
「今度は俺の番か。400年前に魔王になってから、2回目だな」
「今回は、ケツアルカトルが1番将軍、ホルスが2番将軍、俺が3番将軍だな」
「そうなるな。勇者たちにうまく倒されてくれ」
「任せておけ」
元魔王は付けていたマントを外し、新魔王であるオークに渡した。それを肩につけながら、オークは元魔王に尋ねた。
「これでどの位の王国を従えたんだったか?」
「今の勇者の国で5か国目だ。これでこの近隣は制圧しおわった。あと離れたところにある3か国で、この大陸全土を掌中に収められる」
「そうか。しかしお前もよく考えたなあ、休戦協定を結ぶと見せかけて、勇者と国を弱体化させて、大陸丸ごと魔物の世界にしようとか」
魔物は、種族によっては寿命が非常に長いものがいる。オークやケツアルカトル、ホルスでも千年、ドラゴン族に至っては、2千年以上、中にはこの国に魔物が出現して以来生きている、つまり3千年ちかく生きているドラゴンがいるという記録がある。
彼らにとって人間などというものは、その長い時間のなかのほんの一瞬、通り過ぎるだけの小さな存在だった。だから最初は全く気にも留めていなかったのだが、人間は段々と数を増やし、あっという間に大陸全土に広がり、彼らよりももっと古くから生息していた魔物たちを追いたてた。
そうして土地を占領し、のびのびと魔物が暮らしていた森を切り開き、野原を囲い、建物を立てて住みはじめた。
それだけならまだしも、人間は次第に魔物を面白半分で狩り始めた。
多くのスライムやか弱い動物系魔物が犠牲になった。だが魔物たちもそれを問題視しなかった。彼らは簡単に増えるし、多すぎても困るからだ。
そうしているうちに人間は段々と強い魔物たちをも襲い始めた。数の少ない種族では絶滅してしまったものも出るほどに。
人間が出現して千年、とうとう魔物たちは人間の傍若無人さに我慢が出来なくなった。そして魔物と人間の全面戦争が起きるのだが、力で勝る魔物が圧勝するかと思いきや、ここで人間は火薬を使った武器で徹底抗戦した。
魔物には思いつきもしなかったいわゆる重火器で、当初魔物は撤退を余技なくされた。
結局はドラゴンをはじめとする大型の魔物が火を吐いて一帯を焼き尽くし、家々を人間事潰して回り、水系の魔物が大規模に水没させるなどしてかろうじて勝ったが、魔物側も数が激減したし、これにより人間側の文明も破壊された。
それで人間側も復興に力を入れたので、200年ほどは魔物と人との争いはなくなった。
しかし復興した人間にまた重火器を作られたらたまらない、とドラゴンや力のある魔物はこっそりと人間を見張り、工場を見付けると破壊して回っていたら、人間側も重火器を諦め、剣と魔法で対抗するようになってきた。そこからは拮抗していたのだが、魔物は虎視眈々と、脅威になる人間の撲滅を狙ってきた。
そこで考え出されたのが、魔物の長い寿命を生かした作戦だ。平和的に人間を取り込み、魔物に対抗できなくさせておいて、大陸全てを掌中に収める。
手始めに人間に擬態したドラゴン(長く生きていれば変身魔法も開発できる)が、占い師に化けて人間の集落に顔をだして、魔王が魔物を束ねて戦争を使用としている、人間側も剣と魔法で対抗しなければならないと噂を流し、指導役のドラゴン(人型)がそれなりに筋の良い人間に剣と魔法の手ほどきをし、魔物を狩って経験値を積む方法を教えた。
人にとっては長い年月をかけ、それが浸透し、強い人間が現れたタイミングで『「勇者」が産まれた、彼は魔王と戦う運命だ』とその国の王に吹き込む。それは夢魔を使って王や神官の夢で演出させた。そうして王が本気になれば計画通り。
魔王を倒すために団結した者たちを強い魔物のいる洞窟や廃墟に誘導し、修行させる。少しずつ強くなった彼らが最終的に「3将軍」を倒し、魔王と対峙するために。
将軍戦では、勇者だけは殺してはいけない。出来ればパーティ中の数人が戦闘不能になるように、3将軍が力を押さえつつ対戦し、最後に倒された振りをする。たまに本当に危ない事もあるが、血まみれで死んだふりをしておけば、勇者たちは立ち去ってくれる。その後、陰で待機していた救護班の魔物たちが将軍たちを回復させるのだ。そうして魔王戦を見守る。
魔王はできるだけ派手に勇者たちと戦い、頃合いを見て勇者以外を倒し、最後に勇者と相打ちしたかのように倒れ、気に入ったとか口実を付けて勇者を救う。
魔王戦で何もせずに見守っていた二人の魔物が、回復役だったのだ。勇者側が劣勢になると魔王には付いていけない、俺たちは人間側に回るとか言って、勇者パーティーを適当に回復したり、死なないようにする役目だった。今回の勇者ではポーターがいたから彼らが出てくることはなかったが。
勇者たちは命を救われた上に、今まで自分たちがさんざん狩ってきた魔物の中には子供たちが多くいたと知ると一様に落ち込み、和睦に賛同した。こうなれば戦えない人間の王など、目の前で模擬戦闘して見せれば簡単に落ちる。
あとは「勇者パーティが生きている間は休戦しよう」と持ち掛ければ、簡単に書類にサインをするのだ。
魔物との戦いを停めて10年も経てば、人は魔物との戦い方を忘れる。近隣国が攻めようとすることがあれば、魔物たちが立ちはだかり阻止に協力した。これで停戦国は安心して、魔物達に任せようと自分達の防衛力を削って行く。
そして攻めてきた国に魔物の強さを見せつけておいて、夢を使って魔物と戦わなければ国が亡びると吹き込み、同時に魔王討伐に誘導すれば、どの国も戦争ではなく魔王討伐に力を入れる。
そうして気が付かれないよう、4か国を手中に収めた。今まさに5か国目になったわけだ。
この作戦を考えたのはドラゴン族であったが、だからといって魔物をドラゴン族が束ねているわけではない。様々な種族が集まって、それぞれを束ねているので、どの種族かだけが魔王で居続けると、内乱が起きかねない。
そこで魔王と3将軍という役職を作り、この4人が交代制で魔王を務めることになった。
今期は人に擬態できるドラゴンが魔王役だった。
3将軍は倒された振りをして、そのパーティが生きている間は次の国で勇者を育てたり、魔物をけしかけたり、休戦している国の見張りをしている。
ここ千年ほど、この4人より強い魔物はいない。時折若い魔物に挑まれるが、すべて返り討ちになっている。とはいえ4人の誰かが引退したら、そういった若い魔物がその地位に就くので、殺したりはしない。
彼らは何度もあちこちの勇者パーティと戦って、どんどんと実力をつけているのだ。
オーク新魔王と、ドラゴン新第3将軍は、互いにニヤリと笑い、新しい勇者を迎えるべく、準備を始めた。
魔王と勇者 歩芽川ゆい @pomekawa
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