第3話


「王様、お言葉ですが、逃げ帰ったわけではございません」

「魔王を倒せずに一人おめおめと帰ってきたのを、逃げ帰ったと言わずに何というか!」

「魔王とは相打ちでした」

「ならば何故貴様が生きてこの場にいる!」

「それは……」


 勇者は少しだけ目線を上げた。真下から階段下くらいまでだが。


「魔王と休戦協定を結んだのです」

「なんだと!?」


 とたんに玉座の間全体がざわめく。信じられん、前代未聞だ、などの声が上がっている中で、国王のひときわ大きな声が響いた。


「ええい、鎮まれ! 勇者! それは魔王から逃げかえってきた言い訳か!」

「違います。魔王と戦い、相打ちになりました。その時に魔王から提案されたのです!」

「相打ちになったのに、何故お前は生きている! だいたい魔王に対峙する前に、お前のパーティは壊滅していて、戦闘要員はお前しかいなかっただろうが! その状態でまともに戦えるとも思えんし相打ならまだしも、何故生きている!」

「戦闘要員はいませんでしたが、ポーターがいてくれました! 彼の支援で何とか魔王と戦い、そうして相打ちしたのですが、彼のお陰で生き延びたのです!」

「ならば何故魔王も生きている!」

「それは魔王ですから、人間の私よりも生命力が強く……」

「ならばやはりお前が負けているではないか! もしや、魔王に取り込まれたか!?」

「いいえ! 決してそのようなことは!」

「取り込まれていないのに何故休戦協定など結べる! やはりお前は魔王に取り込まれたに違いない!」

「違います、王様、話を聞いてください!」


 しかしすでに誰も勇者の話を聞こうとするものはいなかった。魔王が死んでいないことはすでに王都にも伝わっており、その中で勇者の帰還、そうして休戦協定ときては、誰もが勇者が魔王に取り込まれたとしか考えられなかったのだ。


「この国賊めが! 勇者を捕らえろ! 裏切り者として処刑する!」

「ははっ!!」


 近衛隊が抜刀して勇者に迫ったその時、玉座の間に強い風が吹いた。あまりの風速に全員が咄嗟に身を庇う。装飾品の壺などは飛ばされて壁にあたって割れ、天井のシャンデリアも大きく揺れていた。風が収まって恐る恐るあたりを見回すと。


「な、なにやつ!!」


 国王が声を上げ、同時に国王の脇に控えていた近衛隊長と副隊長が王を庇うように前に立ちふさがる。


「お初にお目にかかる、人間の国王よ。ワタシが魔王だ」

「なっ!!!!」


 先ほどと寸分たがわぬ場所に跪いたままの勇者の隣に、黒いマントに黒い装束、腰に大剣を差した魔王が立っていた。


 近衛隊が咄嗟に取り囲み剣を構えるが、魔王は一瞥もくれない。


 初めて見る魔王の姿に、周りは凍り付いた。背が高く2m以上はある。黒髪が腰辺りまで流れており、頭には2本の大きな角が生えている。

 美青年の範疇に入るような顔で、口は大きく、口を開けると牙が見える。


 魔王は横に跪いている勇者を呆れたように見下ろして言った。


「勇者よ、だから説得は無理だと言っただろうが」

「まだ説明している最中だったのだ。これからきっとわかってくださると……」

「無理だ無理。大体何でお前、あんな人間に付き従っているのか、本当にわからん」

「ややや、やはり魔王に取り込まれておったな!! 正体みたり! 皆の者、魔王と勇者を、殺せ!!」

「それは無理だな」


 その魔王の声は、叫んだ王の耳元で聞こえた。遅れて目が目の前にいる魔王を写す。そして風がざっと王を襲ってきた。王は思わず目を剥く。


 目の前で、ぎりぎり焦点が結べるほどの近くに魔王のにやけた顔がある。


 近衛はどうしたんだ、と魔王の威圧で動けない中、目の端で見えたのは、近衛隊長と副隊長が腰の剣に手を掛けたままこちらを振り向くところだった。


「本当にこんな弱くて、王なんて務まるのか?」


 魔王がニヤニヤとしながら言う。その声に触発されたのか、近衛隊長と副隊長が剣を抜いて魔王に切りかかろうとしているのが見えたが、魔王は全く動かない。


 カラン! カキン! という音が響き、近衛の二人が構えている剣が根元から折られているのが、動けないでいる王の目にも見えた。しかし魔王に動いた気配はない。


「人間の王は、強い必要はないんだ。領地を治める知識と人望と手腕の方が必要だから」

「ふうん。面倒なんだな」


 跪いたままの勇者の声がゆったりと答えた。魔王が少しだけ王の正面から体を動かしたので、先ほどの場所で顔を上げている勇者が見えた。


「ゆ、勇者を、捕えろ!!」


 反射的に王が命じると、取り囲んでいた近衛が一斉に動き、勇者は全く抵抗せずに取り押さえられた。それで安心する王。あとは魔王を取り押さえればいいのだ。

 勇者に倒せなかった魔王を、ここで自分たちで倒せば、国としての株も上がる。どこの国よりも優位に立てる。王の目が捕らぬ狸に輝いた。


「おいおい勇者、何をしているんだ」


 大人しく掴まっている勇者に、魔王が振り向いて呆れた声を出した。


「俺が捕まることで事態が収まるのなら、それでいいんだ」

「つまらないなあ。実につまらない」

「魔王も暴れないでくれよ。けが人は出したくないと言っておいただろう?」

「実につまらない!」


 はあ、と大きくため息をつく魔王は、目の前の近衛兵には目もくれず、ゆっくりと王を振りむいた。

 魔王が近くにいるというその恐怖で動けない王は、目が合っただけでヒィと小さな声を漏らし、玉座で体をこわばらせた。


「勇者は穏便に済ませたいと言っていたのだが、やはり無駄だったようだな。」


 魔王が言い終わると同時に、王の首は、魔王に掴まれていた。


「王!!」

「王様!!」

「貴様! 離れろ!!」


 悲鳴と怒号が飛び交う。王本人は顔面蒼白でガタガタと震えている。


「おっと、少しでも動いたら、このまま王の首をへし折るぞ。……なんだ、本当に誰も動かないようだな。命を懸けてワタシと戦おうなどという無謀な強者は、やはり勇者しかいないというわけか」

「それが俺の仕事だからな」

「その割に殺せなどと言われていたではないか」


 勇者は、後ろ手に拘束されたまま、軽く肩をすくめた。


「俺の代わりはいくらでもいるが、国王の変わりはいない」

「お前の代わりだっていないだろうよ。勇者。まあいい。人間の王よ、殺されたくなければ、取引に応じよ」


 この間、近衛たちとて、ただ突っ立っているわけではなかった。気合の声と共に何人もが切りかかり、魔導士たちは魔法を使って攻撃をした。だが魔王が手を一振りしただけで全て防がれ、弾き飛ばされて大半が気を失っている。


「と、取引だと?」

「先ほど勇者がいっただろう。この国と休戦協定を結ぶ」

「……は?」


 王は首を掴まれている息苦しさを一瞬忘れた。


「休戦、協定だと?」

「ワレワレ魔物族は人間たちを襲わない。かわりにお前たちも魔物に敵対するな」

「いや、それは……、願ったりかなったりだが……」


 このように首を掴まれていて脅されているのに、内容が休戦? 国王は混乱した。


「条件は?」

「勇者パーティに対する十分な報酬と、その生活と安全、行動の自由の確保」

「は?」

「そのうえで、勇者パーティはこちらでもらい受ける」

「……いや、意味が分からないのだが」


 国王も、周りにいる者たちも目を白黒させている。確かに先ほど勇者も休戦協定だとか言っていたが、誰も本気にしていなかった。大体、条件が勇者パーティに関することだと?


「先ほど勇者の提案を素直に飲んでいれば、条件などなかったのだがな?」

「な、なぜそこまで勇者にこだわるのだ!?」

「ワタシと互角に戦える者が、勇者しかいないからな」

「意味が分からん!」


 思わず王が叫び、しかし魔王に首を持たれていたためにすぐさまゴホゴホと咳き込んだ。


「お前たちが軽く見ていた勇者は、本当に強い。この私と一対一で、相打ちまで持ち込んだのだからな。こんなに楽しい戦いは初めてだった。ワタシはもっと勇者と戦いたい。だが勇者がいうには、ワタシを倒さないと勇者はいつまでたっても家族に会えないし、他で稼げないからこのままでは生活資金も足りないという。ワタシと戦うのに必要な回復薬の類を購入するにも、いちいち国の許可が無ければいけないらしい」

「お、おお?」


 勇者の活動資金は、国民の税金から支払われている。無駄遣いを許すわけにはいかない。それと勇者たちの持ち物を把握する意味でも、食料品以外の購入には事後でも書類提出と許可が必要だった。


「勇者との戦いに水を差されたくないし、他の弱きものがワタシを倒そうと、その戦いに参加されても困る」


 魔王は国王の首を掴んだまま国王の横に回り込んだ。隙を見て攻撃していたものたちも、この状態ではさすがに全く手を出せない。

 魔王はニヤリと笑って、国王の耳に顔を近づけていった。


「ワタシはただ、楽しく戦いたい。そのために人間の国が足かせになるのなら、全部を滅ぼしても構わないのだ」

「そ、それは!!」

「だがそうしたら勇者が戦ってくれないという。それは困る。だから」


 魔王は玉座から下を見下ろし、声を張った。


「魔物は人間を襲わない。その条件を守れば、勇者は何度でもワタシと戦ってくれると約束をしてくれた。だがそれでは一方的すぎるからな、人間が魔物を襲わない事を条件に入れたいと言ったら、勇者にそれは国王に言ってくれと言われた」

「だ、だが、それでは勇者が魔王に敗れて死んだ場合、それか魔王が勇者に敗れて死んだ場合はどうなるんだ!」

「おお、流石に人間の王は頭の回転が速いな。だから勇者パーティのメンバーが生きている間は有効だし、その後も人間が魔物を襲わなければ、我々が襲う事はない。ワタシが死んだとしても、次の魔王が決まるまでの期間、人間の年にして約100年程度は人間を襲う事はない。それなら人間側に悪い条件ではないと思うが?」

「……その条件が、勇者パーティへの資金援助なのか?」

「彼らでなければ、ワタシと戦えないからな」

「少し考えたい。皆の者、攻撃を止めろ」

「攻撃はしてもかまわないぞ。死んでも良ければかかってこい。だが勇者は離してやれ。ワタシの友人が捕えられたままと言うのは不愉快だからな」

「……勇者を離せ」


 国王は困惑しながらもそう命令し、その国王の指示で、周りは一斉に攻撃を止め、勇者からも離れた。もちろん剣の切っ先は勇者に向けたままだが。


 勇者はゆっくりと姿勢を整えた。それを魔王はチラリと見て微笑む。段の下に控えていた宰相を呼ぶ許可を魔王に貰い、呼び寄せた。


 魔王は国王の首から手を放さない。勇者も先ほどの位置から動いていない。

 怯えながら国王の下に来た宰相が、ボソボソと国王と言葉を交わし、国王は頷いた。


「わかった。その旨を全て書面とし、必ず守ってもらえれば、条件を飲もう」

「良いだろう」

「だが、本当に魔物が人間を襲わないのだろうな?」

「人間が魔物を不当に襲わない限りは、手を出さないように通達しよう」

「……分かった。今、この場で書面を交わしていいか? すぐに用意させる」

「良いぞ。用意できるまで、この場で勇者と遊んでいよう」

「おい、勝手に決めるな」

「本気では暴れないさ」


 そう言ったとたんにまた強風が国王を襲った。玉座に押し付けられるほどの風が吹き抜けたのと、ガキンという音が響き渡るのは同時だった。


 一瞬にして魔王は勇者の元に戻り、どこからか取り出した大剣を勇者に上段から剣を振り下ろし、それを勇者が剣で防いだ音だった。勇者の周りにいた近衛はすべて吹き飛ばされて転がっている。


「おい、危ないだろうが」

「退屈なんだよ、少し遊んでくれ!」


 受け止められた剣を跳ね上げ、今度は斜めに振り下ろす。それを勇者は剣で受け流した。


「ここは王城、玉座の間だぞ。抜刀するだけでも重罪になるんだ」


 ガキン! 魔王が横から狙った一撃を勇者は振り払うように受け流す。


「人間はまったく面倒だなあ。ならどこでなら遊んでいいんだよ」


 流された勢いを利用して、そのまま体ごと1回転して、下から救うように勇者に切りかかる。


「少なくとも室内は止めろ。王城なら庭に騎士団の練習場があるはずだ、そこなら、被害がでないから」


 勇者は剣を床に突き刺すようにして、その一撃を受け止めた。

 あまりに速い攻撃に風が生み出され、両者のマントが激しくはためく。


「そこなら遊んでくれるんだな?」

「王の許可が出ればな。だが書類制作時間待ちなら、直ぐに出来るから、大人しく待っていた方が良い。剣の相手なら、魔王城に帰ってからたっぷり付き合うから」


 話ながらも打ち合っていたが、勇者の言葉が終わると同時に風が止み、両者の剣も止まった。

 魔王は体を戻して、剣を鞘に戻して消す。勇者もそれを見て剣を腰に戻した。


「人間ってのは書類制作が早いのか? ワレワレだと1枚作るのに1時間はかかるのだが」

「内容によるけれど、そんなには掛からないだろうよ。魔王が望むなら超速でつくってくれるだろうさ」

「そうなのか。国王、出来る限り早く作ってくれ」


 魔王がにこやかに振り向く。階段上の玉座には、真っ青な顔色で玉座にへばりついている国王と、その前に近衛の2人がヨレヨレで立ちはだかっている姿が目に入った。


「うん? どうした、国王」

「お前が暴れたから驚いているんだよ。まったく、周りを見て見ろ」


 二人は中央の赤じゅうたんの真ん中から動いていないが、両脇にいた貴族たちは全員、壁際で床にはいつくばっていた。その前には近衛や魔導士が、こちらも床に転がっている。


「……なんだか周りの方が楽しそうだな。何をしているんだ?」


 魔王がキョトンとそれを見回し、勇者はため息をついた。


「室内で暴れるからだ。戦いに慣れていない文官様たちは逃げようとして転んだし、近衛たちは俺達の近くにいたから、魔王の剣の風圧で飛ばされたんだよ」

「あんな程度で吹き飛ぶのか? それで王を守れるのか?」

「人間同士の戦いなら、彼らで十分なんだよ」

「なるほど。勇者が特別に強いわけか」


 魔王はうんうんと頷き、一人で納得している。近衛は人間の中では強いが、大きな魔物との戦いには慣れていない。魔王は人間型なのでそんなに大きいわけではないが、その力とスピードは、人間の比ではない。それと戦えるのは、幼少時より魔物に特化して修行を積んできた勇者たちだけなのだ。


「国王。なんでもいいが早くしてくれ。早く帰って勇者と剣を交わすのだから」

「……わ、わかった、直ぐに作る、だから暴れないでくれ!!」


 国王は何とか服を整えて座りなおした。だが全身が恐怖で震えている。


 勇者も魔王も、たいした強さではないと思っていた。少なくともここには一個師団の近衛精鋭が集まっているのだ。それに魔導士たちも同じくらいに居る。これだけいれば魔王を取り押さえるくらいは造作もない事だと思っていた。

 勇者たちを遣わした理由は、近衛や騎士たちを向けている間に、万一にも魔物や他の国に攻め込まれたり、内乱が起きたら面倒だからだ。戦力は固めておくに限る。それに勇者が失敗して魔王が攻め込んできたときも、騎士たちがいれば迎え撃てると考えたからだった。

 勇者などいくらでも変わりがいる。そのための冒険者制度をこの国は取っているのだ。力のあるものを勧誘して勇者として育て上げるために、様々な依頼をだして強い人材を捜している。回復職も魔導士も、それぞれに育てて探すよりは、市井から幅広く探し出したほうが更に良い。そのための冒険者、そのための勇者だ。

 そのうえ、人間に害をなす魔物を倒すのにいちいち軍を動かさなくても、冒険者たちが勝手に動いてくれれば都合がいい。その中でも強い勇者パーティなら、相手がいくら強くても挑んでくれるからさらに都合がいい。

 その為だけの存在だと考えていた。


  だがなんだ、あの魔王の早さは。自分に近付いてきたときも、勇者に向かっていった時もまったく見えなかった。それは目の前で呆然としている近衛も一緒らしい。彼らが国王の前にいてくれたからその風圧が多少弱まって、椅子に貼りつけられただけで済んだが、横にいた宰相は玉座の後ろの扉まで飛ばされている。

 動けない宰相を、扉の外にいた警護の近衛たちが起き上がらせていた。魔王が早く作れ、と言うのを聞いて、真っ青な宰相が近衛たちに指示して、担がれるようにして部屋を出て行ったのを横目で確認した。


 そして改めて国王は震えあがった。あの魔王の攻撃を、会話をしながら簡単に防いだ勇者。これを敵に回すことの恐ろしさを身をもって知った。


 勇者は転がっている魔導士たちを助け起こし、吹き飛ばされた衝撃で怪我をしている者たちには回復魔法を掛けている。回復した魔導士たちは、勇者の指示で怪我をした近衛と、壁際で呆然としている貴族院たちの怪我を確かめ、回復して回っている。

 あの短時間の『遊び』で、周りの装飾品は全て壊れていた。二人の近くの壁や柱も、全て損傷している。この部屋はもう使えないかもしれない。

 特に勇者の後ろ側、玉座とは反対側の被害がひどい。もし勇者が剣を受け止めるために動いて、玉座に背を向けた所を魔王が攻撃をしたら、波動で玉座ごとひっくり返っていたかもしれない。


 国王はカタカタと音を立てて震える顎を食いしばり、何とか震えを止めようとした。


 毅然としていなくては。恐怖を感じていることを悟られてはいけない。


 何とか穏便にこの場を済ませ、あの二人には国から出て行ってもらわなくては。


 その時後ろの扉から文官の一人が駆け込んできた。失礼しますと書類を国王に差し出す。

 2枚あるそれは、先ほどの文言が記された宣誓書だった。国王はざっと目を通す。


「魔王よ、条件の確認をしてほしい」

「お、もう出来たのか? 人間ってのは本当に書類作業が早いな」


 言い終わると同時に魔王は国王の前にいる近衛の目の前にいた。近衛たちが目を剥く。国王もぎょっとしたが、二人に道を開けさせ、魔王に書類を差し出した。


 魔王がざっと目を通す。


「勇者パーティの安全の保障と行動の自由。それと賃金の保証もあるな。先ほど言った通りの条件だな。互いに互いを襲わない。これでいいだろう」

「それでは清書をしてから、私と魔王で署名をしよう」

「わかった」


 これ以上暴れられてたまるか、と国王は魔王が戻してきた書類を文官に渡して、直ぐに清書してこいと命令した。文官は王への礼もそこそこに部屋を飛び出す。


「勇者、その間、外に遊びに」

「それよりもこの部屋を直そう。魔王なら5分もあれば十分だろう?」

「なんでワタシが直さなければならないんだ」

「壊したのが魔王だから」


 ビシっと言われて魔王は口をへの字に曲げたが、どうせヒマだし、と今度はゆっくりと階段を歩いて降りた。


「勇者の頼みじゃなければ絶対にやらないけれどな」

「ありがとう、頼むよ」

「魔王使いの荒い奴め」


 一歩一歩ゆっくりと進み、勇者の前まで来ると、魔王は両手を上に上げて、魔力を集め、呪文と共に解き放った。

 まばゆい光が魔王を中心に広がり、思わず全員が手で目を覆う。


 やがてその光が弱くなり、恐る恐る目を開けた。


「元通り、だと……?」

「壊れた花瓶もひび一つなく直っている!」

「バラバラだった木製の台も、戻っている!」

「柱のひびも!」

「壁の穴も!」

「おられた剣も元に戻っているだと!?」

「ぼろぼろだった俺の服も!」


 驚きの声が部屋のあちこちから上がる。


「こんなもんで良いか?」

「十分だよ。ありがとう、魔王」

「どういたしまして。部屋は直し終わったが、書類はまだか?」

「だがあまい。壊れたものは直ったが、そこらじゅうに埃が転がっている」

「ちょっとまて。埃もワタシのせいか? この城の掃除が足りなかっただけじゃないのか?」

「掃除メイドを泣かせるような事を言うな。魔王が散々暴れるから、そのせいで埃がでてきたんだろうよ」

「そんなイジワルを言って、ワタシを泣かせるのはいいのか!?」

「いじわる? そういえば魔王は、掃除魔法が苦手だったか。掃除しているんだか散らかしているんだかわからないレベルでしか使えなかったっけ」

「ああっ! いじめっ子だ! いじめっ子がいる! というか勇者がそんな意地悪をして良いと思っているのか!」

「なっ……! だれがいじめっ子だ!」

「違うと言うのなら、勇者が部屋を綺麗にしたらいいんだ。ああ、勇者の掃除魔法はワタシよりもレベルが下だったな。こんな広い部屋は無理か」

「いったな!?」


 言うなり勇者は両手を胸の前で構え、呪文を唱える。手の間に光が集まり、それがおおきくなると、勇者はそれを上に掲げ、言葉を放った。


「綺麗にな~れ!」


 思わず吹き出すものが多発すると同時に、またも目も開けていられないほどのまばゆい光が部屋を覆った。

 先ほどと同じように皆が目を庇い、きつく閉じる。同時に柔らかい風がふきぬけた。

 風が吹き抜ける度に、空気が綺麗になっていく気がする。

 程なくして風が止み、恐る恐る目を開けると光も収まっていた。

 国王も近衛に庇われながら、恐る恐る目を開けて周りを見回した。


 部屋全体がキラキラと輝いて見える。先ほどの埃っぽかった空気は一掃し、壁も、飾ってあった花瓶や壺、絵なども、すべて綺麗になって輝いている。思わず上を仰いで見たシャンデリアも、かつて見たことがないほどに綺麗に輝いている。


 呆然と勇者を見てみると、その手に黒い塊があった。


「どうだ。綺麗になっただろう?」


 勇者がドヤ顔で魔王に言っている。魔王は鷹揚に頷いた。


「まあまあだな。だがその手の上に汚れ玉があるようでは、ワタシのレベルには遠く及ばないが」

「これは綺麗になった証だからいいの! 魔王の掃除魔法は、装飾品もゴミとして判断して消してしまうじゃないか。それじゃ使い物にならないだろうが」

「装飾品など無用だ。そんなもの、腹の足しにもならない」

「食うな。飾って綺麗だなと愛でる心がない証だ」

「我が種族には、もとからそんなものはない」


 二人が暢気に漫談を繰り広げているが、この間、5分も掛からなかった。あまりの出来事に国王は茫然とした。

 まだ出来上がってきていないなら、やっぱり一戦、と剣に手を掛けた魔王を、せっかく綺麗にしたのに止めると勇者。


 「修復魔法」や「掃除魔法」が存在することは知っている。国の機関である魔導士協会の協会長が使う事が出来る。だが割れた壺を直せるとか、破れた紙をくっつける程度だった。 国王が幼少時にうっかり城の花瓶を壊してしまって困っていた時に、通りすがりの当時若かった現協会長が直して差し上げましょう、と披露してくれたのをよく覚えている。じゅうたんが吸ってしまった水は、火魔法と風魔法を併用して、なんとか乾かした。そこに散らばった葉や花びらなどを掃除魔法で集めてくれたが、正直、手で集めた方が早かった。


 そしてそのレベルで、国最高レベルだったのだ。


 しかも、大喜びで直った花瓶を元の台にそっと戻して、立ち去った後。

 暫くしてやってきた巡回の近衛兵たちが近づいた時点で、ぱっくり割れて落ちた。

 近づいただけで誰も触ってなどいないことは、逆からやってきたメイドたちが、近衛のために廊下の端に並んで立って彼らが通り過ぎるのを待っていた時に目撃しているので間違いない。

 状況から、ひとりでに割れたと思われる花瓶に、しばらくのあいだ様々な説がとびかっていたが、経年劣化であろうと言う事で落ち着いた。割れたのが誰も側にいない時だったので、誰も処分されなくてよかったと、子供だった国王は心から安堵したものだ。

 それとは比べ物にならないほどの修復魔法をまざまざと見せつけられ、しかも勇者もそれを不思議にも思っていない。


 勇者と魔王の魔法までもがこんなに高レベルだったとは思わなかった。完全に、想定外だった。

 剣の腕も国内では右に出る者がいないと言われている近衛の隊長、副隊長が、魔王には全く歯が立たなかった。その魔王を勇者は軽くいなしていた。


 これはまずい。両者とも、敵に回してはいけない。


 なにゆえ魔王が勇者を気に入ったのかは知らないが、これで休戦協定を結べるのであれば幸運以外のなにものでもない。しかも協定を結んでいるのはわが国だけ。どこの国よりも有利だ。魔王の気が変わらないうちに、何としても協定を結んでしまおう。


 相変わらず魔王と勇者はじゃれ合っている。勇者は確か、相打ちしたと言っていなかったか? 命がけで戦って、死にはぐっておいて、なぜあんなに仲良くなっているのだ?

 蘇生過程で何かあったのか、もしくは、うわさに聞く「こぶしで分かり合う」というヤツか?

 わからん。脳筋の考えることは、分からん!!!


 なんでもいい、さっさと調印してしまおう。そう思った所に、宰相が息せき切って戻ってきた。渡された書類に目を通す。これでいい。


「魔王殿、お待たせした。書類が出来上がったので、サインをお願いしたい」

「おお、出来たか。待ちくたびれるところだった」

「魔王が書類作ったら1日は掛かるくせに」

「うるさい。ワタシたちにはそんな習慣がないのだから仕方がないだろうが」

「な、ないのか?」


 国王が唖然とすると、魔王は案ずるな、と軽く言った。


「魔物は言葉が統一されていないからな。全ての種族用に翻訳する必要がある。それに時間がかかるんだ。だから重要項目以外は書類にはしない。ああ、この件は全種族用に翻訳するから安心して良いぞ」

「そ、そうか」


 そういう魔王に、国王は多少の不安を感じながら、しかし調印する以外に手はないのだと自分を言い聞かせるしかない。


 宰相から書類を手渡された魔王は、一読してこれで良い、と頷いた。


「ならば調印の間へ移動しよう」

「面倒だな。ここでサインで良いだろう?」

「いやここには机がないか……ら……」


 言いかけた国王の前で、魔王はどこからペンを取り出すと、魔法で紙を浮かせたままサラサラとサインをして、その紙を国王と同じように唖然としている宰相に返す。

 宰相はその紙と魔王を何度も見て、呆然としたまま国王に差し出した。

 柔らかい紙なのに字が曲がることもなく、署名されている。ただ、魔物の字なので国王には読めないが、きっとこれが名前なのだろう。


「しょ、署名は確かに。この後ろに血判も頂きたいのだが」

「血判? ……勇者、何だそれ」

「ああ、自分の指をちょっと切って、名前の後ろにその指を押し付けるんだ」

「何と野蛮な!」

「お前に言われたくはないけれど、その血をもって命を掛けた誓約とみなすから仕方がないだろう? なんだ、魔物には血判の習慣はないのか」

「ない。指を切るってどのくらいだ? 指先を切り落とせばいいのか?」

「切り落とすな!! ちょっと血を出すだけで良いんだよ! まてまてまて小刀を出すな!!」

「さっき指を切って押し付けるって言ったじゃないか」

「ああもう面倒だな! 国王に手本を見せてもらってくれ!」

「それもそうだな!」


 魔王のキラキラとした目に見つめられた国王は、こんなところで署名も捺印も出来るか、とのどまで出掛かったが、『こんなところ』で魔王が署名してしまっている。

 どうするよこれ、と宰相に目線で助けを求めると、宰相は力強く頷いた。そうしてすぐに部下が3人がかりで机を運んできた。

 いつも使っている国事用の重厚な机ではなく、すぐ隣の部屋にあった事務員が使っている机ではあったが、この際何でもいい!

 玉座の前に置かれたそれは、いつもの机とは高さが多少高かったが、書けないわけではない。宰相がすかさず書類とペンを置き、国王まず署名をした。ペンを戻すと、宰相がナイフを捧げ持ち、国王に渡した。


「魔王殿。血判とはこのようにするのだ」


 そういうと、人差し指の先にナイフを刃を当て、押し当てる。ツプリと指先の切れた所から血が盛り上がるのを魔王に見せ、それをナイフのハラで指先に擦りつけ、ゆっくりとその指先を名前の下に押し付けた。


「なんだ、指を置くというから切り取った指を書類の上に置くのかと思ったのに」

「物騒だっての!」

「勇者の説明はそうだったじゃないか!」

「……文化の違いを言葉で説明するのは難しいと言う事だな」

「誤魔化したな? まあいい。理解した。書類を」


 魔王が手を出したので、国王はその書類を動かすと、すかさず宰相が向きを変えて机の端に置いた。魔王は両手の手袋を外し、後ろにポイと投げる。それはそのまま勇者の手に落ちた。そうして左手の爪を右手の人差し指に近付けて、刺す。


「便利な爪ですな」


 思わず国王から声が漏れる。そんなに長くはないのに、刺した指からは血が出ている。


「そうか? 日常的に引っかかることが多くて困っているのだが」


 そうして国王と同じように書類に指を押し付けた。


「これで良いか?」


 国王の赤い血と、魔王の青い血が署名と共に並んでいる。それを2部作って、互いに一部ずつを保管することとなった。


「よし、これで良いな?」

「この国と魔物とは、正式に休戦協定を締結した。我々人間は、これ以降、魔物が襲ってこない限り、こちらからは手を出さないと誓おう」

「よし。もともと魔物が人を襲う事はないから、これで余計な争いが無くなることは良い事だ」

「……は?」

「ん?」

「魔物が人を襲わない? おかしなことをおっしゃる。いつだって魔物が人を襲うから、勇者や冒険者を育てて対抗せざるを得ないのではないか」

「ふむ。やはり人間側の認識はそうなっているのだな」


 これ邪魔だな、と魔王が手を一振りすると、先ほど運ばれてきた机が忽然と消えた。あっけにとられている国王に、魔王はその場で、空中で器用に足を組んで座った。


「いいか国王。我々魔物は、ほとんどが森や山の中に住んでいる。そしてその近くには人間の集落がある場合がある。その人間たちは森や山の中に狩りや採集に訪れる」

「……そうだろうな」

「その時に、偶然か故意か、魔物の村に人間側が近づいて、魔物と遭遇してしまい、逃げ帰った」

「……よくある話だ」

「ここでワタシ達としてはとても不思議なのだが、こういう状態になると人間側は必ず冒険者を投入して、その魔物を討伐する」

「当然だろうが! 魔物に襲われているんだぞ! 殲滅しなかったら人間側が殺されるじゃないか!」

「魔物はそこに住んでいるだけだ。そこに入ってきたのは人間だ。まあ好戦的な魔物だったら、その場にいた人間を襲う事はあるだろう。だが、そうでない場合でも人間側は冒険者を投入してくるじゃあないか。そのうえただ住んでいるだけの魔物を、子供や生まれたての赤ん坊まで、見境なく虐殺するんだ」

「こ、子供? 赤ん坊? そんな事はしていないはずだ!」

「いいや。勇者にも確認を取った。請け負った任務は『そこに居る魔物を一匹残らず殲滅すること』それが任務だったと」

「だとしても、そんなものたちまでは!」

「ワタシ達は、人間の男も女も見た目だけでは区別がつかない。大きいか小さいかくらいしか分からない。お前たちもそうだろう?」

「そ、それは……! だが、子供くらいは区別できる!」

「ゴブリンの大人と子供の区別がつくか? ヤツラには大きさは関係ない。小さくても大人もいるし、大きくても子供もいる。だが人間はそれらを全て虐殺してまわる。だからその時に集落にいなくて助かったモノたちが、愛する者たちを殺した人間に復讐するのは当然だとは思わないか?」

「そ、それは屁理屈で……!」

「スライムなんてそのへんでビヨンビヨンしているだけなのに、無意味に冒険者に狩られている。それこそ生まれたても年寄りも関係なく。だいたいワタシタチにはあんな可愛いものを撲殺できる気持ちがわからんのだが?」


 そう言いながら魔王はぐるりと周りを見回す。そこに居た近衛や兵士、魔導士までもが一斉に目を反らせた。誰もが初級の狩りで狙うのがスライムだ。アレはその消化能力が驚異的で、腹が減っていれば寝ている人間を食べることもある。


 「餌さえ与えておけばご機嫌で跳ねているだけの存在だぞ? それを人は幼体から老体まで、容赦なく撲殺するんだ。そうして心臓を抉り出して持ち帰って喜ぶ」

「心臓?」

「私たちの言う、カケラの事だそうです」


 国王の疑問には勇者が答えた。魔物が落とす欠片。あれは、魔物の心臓だそうだ。


「心臓をコレクションするとは、人間と言うのは、ずいぶんと良い趣味をしているものだな?」


 魔王に見下ろされて、国王はじめその場にいた者全員が固まる。


「この国の家宝とかいうドラゴンの逆鱗。あの大きさからみて、あのドラゴンは生後半年のまだまだ赤ん坊だな。あんなものを見せつけられたら、そりゃあ親は怒るだろう。ワタシ達は基本的に弱肉強食だから、戦って負けて死ぬ事には異論がない。だが無意味な虐殺に、死体の一部を見せつけられたら、一族が激怒して当然だろう?」

「……」

「ま、この休戦協定のお陰でこれ以降、この国での魔物の被害は激減するだろう。ワタシもいちいち仲裁に回らないで済む」

「は? ど、どういう事だ……! おい、勇者!!」


 国王が混乱しながら勇者に説明を求めると、勇者はその場で膝をついて答えた。


「魔王は、人間と魔物の争いが起きるたびに、魔物も人間も、数を減らし過ぎないようにするために、人への報復を諦めるよう説得していたそうです。人間より弱かったから負けたのだから諦めろと」

「な、何故だ! 魔物が数を減らして困るのはわかるが、人間が減っても、魔物には関係がないはずだ!」


  国王の疑問に、魔王が空中に浮いたまま、説明に加わった。


「まあ関係ないな。だが人間がいないと土地が荒れていかん。森や山も、人間が木を間引いてくれるおかげで、荒れすぎることなく魔物も快適に住めるわけだ。人間と魔物では生態が違い過ぎて共存することは難しいし、魔物は人間の技術を求めてもいないが、それでも互いに存在したほうが何かと便利だろう?」


 剣や魔法で戦うものは、魔物を狩ることで人間は経験値を積み、強くなれる。農業においても、穏やかな動物系魔物を使って農地を耕すこともあるし、その肉は人の食糧にもなる。

 魔物は魔力を持っているから、その体からは素材として取れる物が多く、それらは人々の生活に欠かせないものにもなっている。

 魔物は人間が整備した山や森、平地を利用できるし、人間の中にはオークなどに技術指導する変わり者もいる。道具や簡単な魔法を教えてもらい、人間の手伝いをしているものたちもいる。

 動物型魔物は、人間に使役することで、その数を維持、または増やしている種族もある。


 そして、大きな声では言えないが、人間が襲ってくるのを心待ちにしている魔物も多い。そういった好戦的な魔物は、交戦的な人間が大好きだ。しかも打ち勝ってそれを食べることも。


 魔物、そして同族同士で殺し合っていたらいつか全滅してしまうかもしれないが、人間ならその心配もない。もちろん狩り過ぎは良くないが、ちょっと手をだすとすぐに勇者やら冒険者やらがやってきて、相手をしてくれる。それで殺されて素材にされても文句はないし、人間を倒していただくのは、魔物の楽しみだ。


「……ということは……」

「魔王がいない状態で、人間が魔物と交戦しますと、魔物側を止めるものがいないわけですから、際限なく戦い続けることになる可能性が高いかと」


 サアッと音を立てて、国王の顔から血の気が引いた。勇者は言葉を続ける。


「王様。私たちは実際に魔物と戦ってきて、魔王が言っていることが本当だと分かってしまったんです。討伐任務に出向いた時でさえ、魔物たちが先に攻撃してきたことはありませんでした。それは魔王との決戦前の将軍たちでさえそうだったのです。王様、私たちは、王様に魔物を殲滅しろと命令されれば、魔王が何と言おうと戦います。しかし、戦わないで済むのならそれに越したことはないのではないでしょうか。いがみ合うことなく、適度な距離でいる方が、国の安定にもつながりますそのために私たちが魔王との手合わせの相手をすればいいのなら、私は喜んでそういたします。そう考えて、帰国をしたのです」


 ずっと、魔物は人間の敵で、魔王は魔物を統べる最大の敵だと考えていた。魔王さえ倒せば、統率者のいなくなった魔物は人間を襲わなくなるとも。

 そう教わってきたし、読んだ文献にもそう書いてあった。

 代々、そう教わってきたのだ。

 だから戦闘に特化したものたちを育てるために冒険者制度を作り、その中から特に優秀なものを勇者として教育し、魔物と魔王を倒す任務を与えた。


 実際に魔王を倒せるかどうかはどうでもよかった。魔物が減れば、人的被害も減るし、魔王が勇者と戦っている間は、一般人や国に手を出せないだろうし、少しでも魔王を傷つければ、その回復の間はやはり襲ってこないだろう。だから次から次へと勇者を育成し、魔物や魔王に立ち向かわせ、国や人に害が出ないようにしてきたのだ。

 それが、逆に魔物たちを煽っていたとは。さらに魔王を倒してしまったら、逆に魔物たちが暴走する可能性があったとは。


 しかも魔王の力を目の当たりにした今、これに匹敵するような魔物たちが人間を攻めてきたら、防ぐ手段などない事に、ようやく国王は気が付いたのだ。

 勇者の何を気に入ったのか知らないが、魔王が休戦協定を結んでくれて、助かった。


 これで自分は、この国を魔物から守った国王として永遠に評価される。

 もちろん魔物に気を取られることなく、国内の政治に集中できることも大きい。

 休戦協定を結んだことで、今まで冒険者を雇っても進みにくかった国内整備も、大きく進むだろう。山林も切り開けるかもしれない。

 勇者たちに出す費用は気に入らないが、そんな程度で済むのなら安いものだ。


「わ、我々も誤解していた部分があったのだな。だがこれで互いにその誤解も解けた。無駄な争いもなくなる。良い結果となったな」


 背中には冷たい汗がダラダラと流れているが、国王は笑顔で魔王に言った。

 魔王はふっと笑って、足を降ろし、浮いたままゆっくり階段したの勇者に近寄った。それを見て勇者も立ち上がる。


「ワタシもこれで心置きなく勇者と遊べる。よし、勇者、帰るぞ。帰って一戦交えよう!」

「30分制限で良いか?」

「えー。せめて一時間! 回復しながらならそのくらい行けるだろう?」

「まだBISの回復が完全じゃないんだよ。無理をさせたくない。ポーションだけで戦えるのは30分が限度だ」

「だからワタシがBISを完全回復させてやると言っているのに」

「BISのプライドが折れるからやめてくれ」

「人間てのは面倒だなあ。まあお前が死んでしまったら困る。それで良しとしよう」


 満足そうに言って、魔王は後ろを振り向いた。


「今この時より、協定は発動だ。ではワタシタチは帰る。これでやっと勇者と遊べるな。ああ、後日勇者たちへの報償とやらを受け取りにくるから、用意しておいてくれ。」


 魔王はマントを翻して勇者と共に部屋を出て行った。


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