第2話
「勇者よ、よく帰ってこられたな」
「……はい」
「報告では、魔王の配下の3将軍との戦いで、剣士が亡くなり、他3人が戦闘不能になったと聞いたが」
「その通りです」
「それでお前だけが逃げ帰ってきたわけか」
王都の王城、玉座の間。階段状になっている玉座に座った国王は、下で跪いている勇者を睨みつけた。
部屋の入り口から通路と玉座をつなぐ中央通路には毛足の長い赤いじゅうたんが敷かれている。その両脇には国の重鎮たちが立ち並び、また、近衛兵や騎士が殺気を立てて階段下のじゅうたんに跪いている勇者を睨みつけている。
勇者は下を向いたまま、こっそりと息を吐いた。キリキリと胃が痛い。
確かにパーティーは壊滅状態だ。あれだけの戦力を失ったことは、国としても非常に痛手だろう。だが相手は魔王と魔王軍なのだ。戦力差を考えて欲しい。ティラノザウルスに竹やりで立ち向かっているようなものだ。魔法はあるけれど。それにたった6人のパーティで立ち向かい、生き残っただけでも十分に奇跡的な事じゃないか。褒めてくれとは言わないが、評価してくれてもいいと思うのだが。
「王様、お言葉ですが、逃げ帰ったわけではございません」
「魔王を倒せずに一人おめおめと帰ってきたのを、逃げ帰ったと言わずに何というか!」
「魔王とは相打ちでした」
「ならば何故貴様が生きてこの場にいる!」
「それは……」
***
体が重い。重すぎて沈みそうだ。動けない俺を誰かが引っ張っている。
止めてくれ。体が重いんだ。浮かび上がれないんだよ。
そう思ったとたんに、誰かが俺の背中を押す。上からのすさまじい重力と、下からの持ち上げで体が潰れそうだ。やめてくれ、本当に、止めてくれ!
だが下から突き上げる力は変わらず、俺の身体は徐々に上に浮かんでいく。
潰れる。苦しい。止めて
「っは!!!」
「お、目が覚めたか」
はくはくと喘ぎながら目を開けた俺の目の前に、ぬっと顔が出てきた。目が覚めたばかりのせいか、よく見えない。誰だ。
「お前は勇者。ワタシは魔王。ここは魔王城の客室の一つ。お前は生きている。ワタシも生きている。分かったか?」
「……は?」
なんで生きているのか。俺も魔王も。しかもあれだけ黒焦げでプスプスと煙を上げていた魔王の肌は、白磁に戻っている。魔法剣士のあねさんが見たらどんな美白しているのか教えろと騒ぎそうだ。
「細かいことは後で聞け。とりあえずお前は生き残った。ワタシも生き残った。それで話があるんだが、あとでな」
そういうと魔王は立ち上がった。目で追うと、そのまま扉の方に歩いていく。
どうやらベッド脇に座っていたらしい。ベッド? いつの間に?
「おーいポーター、勇者が目を覚ましたぞ~~」
ドアを開けて大声を出す魔王。その言葉が終わらないうちに、ドドドドという凄い音が近づいてきて、魔王が開けていた扉からひょいとどき、同時にポーターが飛び込んできた。
そのままの勢いで俺の居るベッド脇に駆け込む。止まった時にあとから風が吹いてきて、天蓋を揺らすほどの勢いで。
「無事か無事だな目が覚めたか起きたんだな!」
「お、おう……」
俺のかすれた声での返事に枕脇に両手をついて、大きなため息をつくポーター。俺は状況が分からず、ただポーターの顔を眺めていると、それに気が付いたポーターが体をどかして、俺の腰のよこあたりに背中を向けて黙って座った。
「……なあ、どうなったんだ? なぜ俺は生きているんだ?」
みっともないほどに掠れた声で、俺はポーターに話しかけた。聞こえ辛いだろうその声に、ポーターはチラリと俺を見下ろし、口をもごもごと動かしたが、小さすぎて聞こえない。
「なんだよ。はっきり言ってくれよ」
「ワタシから説明してやろう!」
やけに元気の良い声は、魔王だ。そうだこいつがいた。魔王は俺の枕もと付近に腕を組んで立った。
先ほどはよく見えなかったが、戦いの時に着用していたマントはなく、黒い皮の装束に身を包んでいる。すばやく見た腰に剣はない。
「なぜ、お前が生きている。黒焦げに焼いたはずなのに」
「おお、あれは熱かった。文字通り痺れたしな」
「なのに、なぜ」
そこで魔王は視線をポーターに投げた。
「ポーターに回復してもらった」
「ポーター!!」
「し、仕方がなかったんだ、勇者を生かすにはそれしかなかったんだから!」
ポーターが語った状況は次の通りだった。
***
ブスブスと煙を上げる黒焦げ魔王の横で、大やけどの勇者は、超級ポーションを掛けても出血が止まらない。ポーションは傷に掛ければ表面とその近くの傷はふさがるが、剣を下手に抜けば、そこから体内で大出血を引き起こす可能性が高い。傷口から流し込めばふさがるが、今回の場合、溢れてきた血でポーションが流されてしまう可能性の方が大きい。
ポーションを飲み込んでくれれば、体内からも回復力が飛躍的に上がるから、飲ませて、その後に剣を引き抜きながらポーションを流し込みたいのだが、喉が焼けているらしくて、いくら口に含ませても飲み込んでくれない。
みるみるうちに勇者の顔からは血の気が引いていく。BISのリザレクションがあれば助けられるのに。そのBISは意識不明で、ここから1日ほどの距離のある村で魔法剣士が看病をしている。もし意識を取り戻していて呼ぶことができたとしても、間に合わない。
ポーターは泣きながら、しかし上級ポーションを飲ませ、ふりかけ続けた。焼け焦げた皮膚は少しずつもとに戻ってきているし、どうやら口の中のやけども収まってきたようだが、飲み込めるようになるのが早いか、勇者が意識を失うのが早いか。時間の勝負だ。
なのに勇者は喋っても飲み込まない。そうしてとうとう意識を失ってしまった。
「勇者!! 寝るな! 起きろ!! 頼むから!!」
ポーターが必死に勇者の手を握ると、その手がズルリと落ちた。
ポーターの手には勇者の指ぬき手袋が残されている。
恐る恐る、落ちた手を見てみれば、やけどで皮膚がはがれた血まみれの手がそこにある。
指ぬき手袋には、手の皮がくっついていたが、持ち上げたことでそれが剥けたらしい。
「っ!!!!!」
悲鳴にならない悲鳴がポーターの喉から発せられた。とっさに上級ポーションをその手に振りかける。
手がこれでは、全身、服の下もただれている。ああ、超級ポーションが一本しか手に入らなかったのが悔やまれる。一本ふりかけ、一本飲ませることが出来ればBISの元まで運ぶまで、持たせられたかもしれないのに。
「おい」
どうして僕は、回復魔法が使えないのか。回復魔法さえ使えれば、上級魔力ポーションをがぶ飲みしながらでも治療が出来るのに。
「おーい」
「うるさい!!」
怒鳴って気が付いた。誰が自分に声を掛けているのか?
ポーターが慌てて見回すが、黒焦げ魔王以外は誰もいない。戦いを見守っていた二人の魔物の姿もなかった。では誰が? まさか、勇者が?
違う。超級ポーションのお陰でまだ脈拍と呼吸はあるが、いつ止まってもおかしくないほどの弱さだ。もちろん意識はない
「おい、こっちだってば」
再び掛けられた声の方向を見る。そこには黒焦げ魔王しかいない。と、あおむけに倒れ込んでいる魔王の目がギョロリとこちらを見た。
「まだ生きてっ!!」
咄嗟に腰の短剣に手を伸ばす。さすがは魔王、まだ生きているとは! 今のうちに殺さなくては!!
「まてまて。このまま放置されたらさすがのワタシも死ぬ。だから話を聞いてくれ」
「お前を殺すのが僕たちの役目だ!」
「勇者を生かしたいのだろう?」
「!!」
「ワタシなら勇者を回復させられる」
「何故お前が、勇者を助ける!?」
「こんなに面白い対戦は初めてだったからなあ。死なせるのは勿体ない」
魔王の声も掠れていて聞き取りにくい。それにピクリとも動かない。だが、ゆっくり小声ではあるが、しっかりとしゃべっている。
「……お前だって死にかけているのに、どうやって勇者を助けるというんだ」
「そこで取引だ。まずはワタシにそのポーションを、くれ」
「なぜお前を助けなくてはいけないんだ!」
思わず大声をだしたポーターに、魔王は目だけ笑った。
「ワタシが死んでは回復させられるわけがないだろう。ワタシも死ぬ寸前の重傷なんだ。だが回復すれば、魔法で勇者を回復することが出来る。そのままポーションをいくら振りかけていても勇者は助からないぞ」
そうかもしれないが、だからといって敵である魔王を助けるわけにはいかない。
「お前を倒すために僕たちは修行し、旅をしてきたんだ! 助けるわけがないだろう!」
「なら、勇者が死ぬのを見ているんだな。そのままならもう長くはないぞ?」
「ううっ!」
「考える時間などない。ワタシの回復にだって時間がかかる。勇者を助けたいのなら、私にポーションを寄越せ。出来ないのなら、ワタシも勇者も死ぬだけだ」
「おまえを助けるわけには……!」
「そうか。残念だな。ただもう一度勇者と戦ってみたかったのだが」
そういうと魔王は目を閉じた。
助けることなど出来ない。魔王は人類の敵なのだ。ようやく、これだけの犠牲を払ってようやく、魔王を倒したというのに。
勇者を助けたい。だが、魔王が勇者を助けるという保証もない。魔王だけ復活したら、もう、誰にも倒せないのだ。
「うっ、うっ」
ポーターは勇者を抱きしめて泣いた。助けたくても助けてやれない。無力な自分を責めながら泣いた。
「もう時間がない。ワタシを復活させれば勇者を必ず助ける。それにワタシがこのまま死ねば、すぐに次の魔王が誕生するぞ」
「え……?」
魔王が目を開けて横目でポーターを見た。
「我々の中の一番強い者が、魔王の座に就くのさ。ワタシもそうやって魔王の座を勝ち取った。今はお前たちが将軍たちも倒してしまったから上位はいないが、その下は山のように居る。彼らが互いに競い、その中の一番強い者がまた魔王になるだけだ。そうなった時、勇者を失った人間が、我々に敵うと思うか?」
「……」
たんなる脅しかもしれない。だがそうなった時、勇者がいないこの国は、本当に魔王に乗っ取られてしまうだろう。
「今言った通り、魔物の中にはすでにワタシに匹敵するツワモノはいない。勇者と戦って、久しぶりに全力で戦う楽しみを思い出したんだ。もう一度と言わず、何度でも戦ってみたい。それに、そうだな。お前がワタシを助けてくれたなら、お前と勇者が生きている限り、魔物は人を襲わないと約束しよう」
「え?」
「命の恩人なんだから、そのくらいは当然だろう。お前と勇者が望むなら、お前の国を乗っ取るて助けでもしてやるぞ」
「そ、そんな事は望まない!」
「ならば、何を望む?」
「ぼ、僕たちは、おまえを倒して国に平和をもたらすために戦ってきたんだ!」
「それなら、先ほど言った通り、お前と勇者が生きている限り、お前の国を魔物が襲う事はないと約束しよう」
「ち、小さな村を魔物が襲って滅ぼされることが無いように、僕たちは戦ってきたんだ!」
「魔物たちが自分からは人を襲わないように徹底させる。正当防衛は権利として認めてもらうが」
「だ、だれも魔物に怯えて暮らさなくていいように!」
「今日から友達、とはいかないが、襲わせない」
「……本当に?」
「命の恩人に嘘はつかない。魔王として誓おう」
**
「という事で、魔王を回復して、魔王が勇者を回復してくれたんだ」
「……最悪だな」
勇者は寝たまま頭を抱えた。倒したはずの魔王に助けられるとは。
「何が最悪なんだ。助けてやったのに」
魔王が腕を組んで不満そうに言う。
生きていること自体は嬉しいし、ありがたい。だが、魔王が生きているのがありがたくないし、うれしくない。しかもその魔王に助けられたとか、論外もいい所だ。
「俺は魔王を倒すためにここまで来たのに、倒せないだけじゃなくて助けられているとか、国王に報告できないじゃないか」
「何故だ」
「だから、俺の目的は、国王に銘じられたとおりに魔王を倒すことで」
「そもそも何故、ワタシと戦うのに国王の命令が必要なのだ?」
「は? それは、お前たちが人間を襲ってくるから」
「元はといえば人間がワタシタチを襲うからだろうが。こちらはひっそり楽しく暮らしているだけなのに、そこに人間がやってきて荒らすから、追い払っているだけだ。まあほとんどの人間が弱すぎるから、力加減など出来ない魔物たちが結果として殺してしまうだけであって、ワタシタチは悪くない」
「はあ? ちょっと待て、お前たちに村を滅ぼされた例だって多々あって」
「それは村ぐるみで近くに住む魔物を襲いにくるからだ。まさか大人しく殺されろとでも?」
「元はといえば、魔物が村を襲うからだろう!?」
「魔物が人間を襲う利点などないのだが?」
「は?」
「魔物は本来、人間と違って、群れでなど暮らさない。考えてもみろ、ドラゴン族が群れで暮らしているか?」
「暮らしているだろう! ドラゴンの住む山があちこちにあるじゃないか!」
「あれはつがいとその子供だ。子供が巣立てば夫婦だけに戻る。たしかに生息地が近いことはある。住みやすい場所というのは限られているからな。だがもしドラゴン全体が群れていたら、山などあっという間にドラゴンだらけになってしまう。だから大きくても家族単位でしか集わない。オークやオーガだって家族単位だ」
「そ、そうなのか!?」
言われて見て考えてみれば、確かに大きな魔物は、そんなに大きな群れではなかった。ゴブリンなどは相当数いたが、それも家族単位と言われると納得できる大きさだ。
「そもそも人間と違って、魔物は種類が違い過ぎる。オークなどの人間型、ケンタウロスのような獣人族、グリフォンに代表される羽のある者たち、デュラハン、スケルトンのようなアンデット系。まだまだあるが、それぞれに生態が違う。一緒に住むには難しいから、大体が不干渉で暮らしているだろう」
「言われて見れば、確かに……」
「だが人間が魔物狩りに生息地に来れば、住みかと身を守るためにも団結して立ち向かう事はある。場合によっては、相手の住みかに乗り込むこともあるだろう。それが勇者のいうところに、村を襲った、ということになるのじゃあないか?」
「それなら、何故村を全滅させる必要がある!? 女子供まで虐殺して!」
「お前たちだって魔物を絶滅させているだろう? 女子供も容赦なく」
「そんな事はしていない!」
「お前たちパーティーが襲って滅ぼした、トレントの幼体生息地を見に行ったが、それはそれは酷いものだったな。生まれたてのかわいい個体が手足をもぎ取られ、切り裂かれ、全身焼かれていたな。守り役の若い個体も無残な姿で、駆け付けたつがいが枯れるほど泣いていた」
「幼体生息地……?」
以前、立ち寄った村で、近くの森に巣くったというトレントの討伐依頼を受けたことがある。狩りや採集に森に入るとトレントに追いかけられたり、貴重な収入源でもある薬草や果物などが荒らされるという被害が続出した。その上、森に入った子供や女性がトレントに掴まれて怪我をしていた。だからこその討伐依頼だったのだが。
「確かに、あのトレントは小さかった……」
ポーターがボソリと呟いた。勇者もそう思った。だから殲滅しやすかったのだが。
「あれは、トレントの幼体だったのか!?」
「歩き始めた幼体トレントは、好き勝手にあちこち動いてしまうから、守り役の若い個体たちがまとめて幼体の面倒を見ているが、そりゃあたまには1体2体逃げ出すこともあるだろうな?」
そういう個体が人間と出会ったら。子供だから面白がって遊ぼうとし、幼体とはいえ大きいから、手加減できずに掴むこともあるだろう。しかも確かに『掴まれた』とは言っていたが、皆、彼らから無事に逃げ帰ってきている。
「かわいそうになあ。ワタシの回復が間に合った個体はいくつか生き延びたが、大人のトレントが激怒して、それを鎮めるのに苦労したものだ」
「鎮めた? 何故?」
勇者の言葉に、魔王は呆れた視線を返した。
「彼らがそれで人を襲えば、またお前たちが来て、今度は大人のトレントを殲滅していただろう。ワタシタチは強さが全てだ。負けたのならそれまでだが、流石に幼体や若いモノを殺された被害者が返り討ちにされるのを、彼らの王として黙って見過ごすわけにもいかないだろう? ゴブリンもオーガも、お前たちのいうところの女子供まで、無残に殺されまくったなあ? 彼らも子供たちだけは、と命乞いをしていたんだけどなあ」
言葉がトゲとなって胸に刺さる。知らなかったこととはいえ、言葉が分からなかったとはいえ、全滅はやり過ぎた。やり過ぎだと思っていはいても、国王から魔物討伐を任命されていたから、絶滅させることが使命だと思っていた。
「まあヤツラは繁殖力が強いから、居なくなることはない。増えすぎないためにも人間たちとの戦いは必要悪でもある。だから、魔物たちは人間を恨んだりしない」
「……なら、なぜお前は人間を狙う? 国を滅ぼそうとする?」
「それだ」
「どれだ」
「何故、生活圏もパターンも違う我々が、人間の国を滅ぼさねばならぬのだ?」
「は?」
「先ほども言ったが、人間とは種族が違う。手を組めば両者ともに利点があるが、組まなくても問題はない。何よりただの人間は弱い。我々のように強い者が正義の種族では、人間など取るに足らない存在だ。お前たちが挑んでこなければ、こちらから弱い者を狩ることはない。もちろん、国などというものに手をだすつもりもない」
「ちょっと待て! 魔王は魔物を率いて人間の国を虎視眈々と狙っているのではないのか!」
「ない」
「じゃあなんで、国王は魔王と魔物を倒すように俺に命じたんだ!?」
「ワタシが知るはずがないだろうが」
「それはそうだ」
ぼそりと最後にいったのはポーターだ。勇者ともども唖然としているが、思わず納得してしまったようだ。
呆ける勇者を横目で見ながら、魔王は顎を一撫でした。
「たぶんだが、人間同士の国争いの中で、魔王と魔物を倒せばそれだけ自分が強いというアピールになるのではないか?」
「それは、そうだろうな」
ポーターが答える。
「我々は誰よりも強い者が王となるが、人間は違ったな。戦いにおいては勇者が一番強いのではないのか?」
「そうだ。だから勇者なのだから」
ポーターが頷く。
「国王と言うのは、国を治める主だ。彼らはそのための教育を受けてきた、エリートだ」
「ふむ。ではお前たちは?」
「我々は、戦闘に特化した者たちの集まりだ。パーティで言えば、剣士がこの国で誰よりも強い」
「勇者よりもか?」
「剣技では勇者よりも強い。魔導士はこの国一番の攻撃魔法の使い手だし、回復職のBISは超強力な回復魔法を使える。魔法剣士は剣と攻撃魔法を使わせたら、剣士とも十分に戦えるが、剣だけ、魔法だけではそうでもないわけだ」
「ならば、勇者は?」
「勇者は、豊富な知識を持ち、剣技に優れ、すべての属性の上級攻撃魔法が使え、そのうえ上級回復魔法も使える者を言う」
「最強ではないか!」
感嘆の声を上げる魔王に、しかし首を横に振ったのは、勇者自身だった。
「剣技は剣士には敵わないし、魔法も魔導士には敵わない。魔法と剣を組み合わせても魔法剣士には敵わないし、BISの回復魔法の方がはるかに上だ。そのくせ責任だけは誰よりも重い。中途半端なんだよ、勇者なんてものは」
俯いて、視線を落とした勇者のその姿は、すっかり打ちひしがれていた。
魔物とはいえ、子供たちまで惨殺していたとは、考えもしていなかった。ただの大きい個体と小さい個体としか認識していなかった。
だが確かに小さな個体は逃げまどうだけだったではないか。殲滅が任務だから、まとめて燃やしたり、電撃攻撃で倒していた。ついでに言えば、俺たちは強かった。ゴブリン程度なら瞬殺当たり前だった。それでも不必要な暴力はしたくなかったから、なるべく一撃で、を心がけていた。広範囲魔法は魔導士と勇者が担当し、それから逃げたものを剣士と魔法剣士が担当する。
弱い個体だったから、子供だったから。範囲魔法で一瞬で殲滅で来ていたのかと思うと、罪悪感で一杯になる。
頭を抱えている勇者に、魔王は言った。
「それはそうと、お前たちは何故役職で名前を呼ぶのだ? 人間には個別に名前が付いているはずだ。勇者とかポーターという名前ではないのだろう?」
「ああ、いつ死ぬかもわからないから、だ。名前で呼んでしまうと情が湧きすぎる。いざという時に見捨てて先に行くというようなことが出来なくなる。それに勇者でも剣士でも、変わりは沢山いるんだ。途中で戦闘不能になったら、その者だけを入れ替えればいい。必要なときにすばやく仲間を切らなければ、切れなければ、生き残れないし最強のパーティにはなれない。……まあここまで来て入れ替えてもレベルが合わないし、連携も取れないから、俺とポーターだけで来たわけだけど」
「凄い覚悟で戦っているんだなあ、人間は」
すでに名前など忘れた、と暗く微笑む勇者に、魔王は呆れたように言ったうえで、話を戻すが、と続けた。
「勇者よ。お前個人が魔物を殲滅したいわけではないのだな」
「違う! そんな殺魔物狂じゃない!」
叫ぶ勇者に、ポーターも頷いた。
「勇者は、魔物でもなるべく犠牲を少なくしようと、常日頃から言っていた。依頼が無ければ無駄な戦闘も、殺しもしていないのは保証する」
「それなら、これ以上国王とやらの命令が無ければ、ワレワレと戦わなくて良いのだな?」
「だ、だが、魔王を倒すのが俺の使命で!」
「だから、その使命が無ければいいのだろう?」
「だが、そうすると国が……」
勇者は混乱している。
「魔物は人間の国には興味がない。ワタシも、国王にも国にも興味がない。それにポーターとも約束をした。ポーターと勇者が生きている間は絶対に、人間を襲う事はしない」
「そんなの、ただの口約束だろう!? 保証がない!」
「命の恩人との約束を破ったりはしない。それにワタシはただ、強い者と戦いたいだけだ」
「それが、国にとっての脅威になるんだろうが!」
「ならないな。この国で一番強いのは、勇者、お前なのだろう? ならば私の相手はお前だけだ」
「……は?」
「弱いものと戦っても面白くもなんともない。ただの虐殺だ。そんなのはワタシの趣味ではない。強い者と戦いたいのだよ。だが魔物界には私より強い者はすでにいない。そこそこ強いものたちをお前たちが倒してしまったからな。お前と戦って、私が負ければそれでいい。お前が負ければ、次の勇者がワタシに挑んでくるまで、楽しみに待っていればいい。ワタシが死ねば約束もなくなるが、次の魔王が決まるまで、人間で言うところの100年くらいはかかるから、その間、人間を襲うことはない」
どうだ? と魔王が器用にウインクしてくるのを、ポーターも勇者も、呆然と見上げているだけだった。
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