魔王と勇者

歩芽川ゆい

第1話 いきなり最終回



 「魔王!!!」

 俺は叫びながら剣を振るった。

 ガキン!! という音と共に、魔王の剣に攻撃が防がれる。

「くそっ!!」

 一度後ろに飛びずさって距離を取る。

 魔王は楽しそうにニヤニヤと笑っている。こちらはすでに満身創痍だというのに、大した余裕だ。

 ここは魔王城の城壁内で、魔王城を目前に見られる広場だ。魔王がわざわざここで出迎えてくれたのだ。

 思う存分に戦えるという意味では広さといい、障害物の少なさといい、確かに城内よりも良いだろう。

 さらには立ち合い魔族が2人いるのだが、彼らは城の門の前で見ているだけで、手出しはしてこないのも助かる。

 人間側は俺一人で魔王に立ち向かっているのだ。相手に手助けする仲間がいたら詰んだところだ。


 それに魔王が人間サイズで良かった。人型をとる魔王は、俺より頭一つ大きいだけで、体系も細マッチョで俺と変わらない。背中半ばまである灰色の髪、頭に生えている山羊のような2本の角、手の爪が非常に長い以外は、ほぼ人と同じだ。ああ、口に牙も生えているし歯も鋭いが。

 指の出る手袋は、あの爪のせいか。重そうなマントと、あとは俺と似通った、動きやすい冒険者のような衣装。先ほど足を剣で狙ったが、ブーツに阻まれた。きっとドラゴンのうろこでも使っているのだろう。傷一つつかない。見た目はさほど変わらなくても、さすがに一流の素材を使っているのだろう。

 それでも人型サイズだからこそ、一対一でも何とかなる。中身はティラノザウルスみたいなのものだが。


 ガキン! また剣と剣がぶつかる。ドラゴン族から譲り受けた、伝説の龍殺しの剣でなければ、魔王の覇王剣を受けることも出来なかっただろう。

「うおおおおぉぉぉぉおおお!」

 魔王の腹を狙って横に剣を薙ぐが、皮一枚で避けられた。実際に切れたのは皮ではなく魔王の装束だが。

「動きが速いな。その割に剣の重さはしっかりとしている」

 両手の、デュラハンのマントから作った速度50%増し効果のある手袋。これが無ければ魔王の剣の動きに付いて行くことすらできずに切られているだろう。

「いい装備だ!」

「ああ! お陰様でな!」

 これは魔王討伐のために一緒にパーティを組んでいた、剣士の持ち物だった。

 この直前の戦いで、俺たちは魔王の手下の3将軍と激突した。

 オークサイズのそれ一人だったら、俺たち5人で十分に戦えただろう。だが魔王直属の家臣と言われる3将軍が手を組んでいるとは思わなかった。

 魔王の1番将軍であるオークを俺と剣士が、2番将軍のケツアルカトルを魔導士が、3番将軍であるホルスを魔法剣士が足止めしていてくれなかったら、あの時点で俺たちが全滅していてもおかしくはなかった。

 俺はあの時、剣士にこれを託されたのだ。必ず魔王を倒してくれと。

「でやああああああ!!」

「うおおおおおお!!」

 防がれようが受けられようが、俺は剣を振るった。魔王の一撃は非常に重く、受け流すようにしても体力がどんどん削られていく。

 隙を見て距離を取り、上級ポーションを呷って、向かい合う。

「ゆっくり回復してくれて構わないぞ。こんなに楽しい戦いは久しぶりだ。長く楽しみたい」

「気が合わないな。こっちは早く終わらせたいんだ」

 だがいい機会だ。上級ポーション2本と上級魔法ポーションを3本、続けざまに飲みくだす。カッと体が熱くなり、あちこちに付いていた切り傷がかすかな痛みと共に消えていく。

 先の戦いで、俺以外の4人は死亡もしくは重傷を負った。回復役の聖職者、ビショップは、魔力の使い過ぎと、魔力ポーションの飲み過ぎによる中毒で今は意識不明だ。しかし彼がそこまでしてくれなかったら、俺も生き残れなかった。

 あいつら全員が、命を懸けて俺を生き残らせてくれたのだ。その想いに答えるためにも、全力で挑まねばならない。


 空になった瓶を魔王に投げつけ、同時に地を蹴る。コカトリスの羽を編み込んだ速度80%増し靴でのダッシュで魔王の懐に一気に入る。

 ぶわりと魔王のマントが、俺の風圧ではためく。

 腰だめにしていた剣が魔王の身体を貫けるか、と思ったが、俺の剣が貫いたのはマントの端だけだった。そのまま剣を横薙ぎにしてマントを切り裂く。

「ほお、このドラゴンの皮のマントを切り裂くとは」

 魔王の面白そうな声が、俺の左側の至近距離から聞こえた。とっさに体をひねるが、魔王の腕をよけ切れなかったらしい。俺はそのまま吹っ飛び、壊れた柱にぶち当たる。

「ぐああああ!」

 咄嗟に背中側に風魔法を掛けたのだが、威力を消しきれなかった上に、受け身をしっかりとは取れなかったらしい。ミシリという嫌な音が胸から響く。

「ぐうううう!!」

 今までこういう場面では魔導士ウィザードがサポートをしてくれていた。後ろからの風魔法で吹っ飛ばされるのを防ぎ、衝撃を防いでいてくれた。

 怪我を負えば回復ビショップが即座に治してくれ、防御力上げの魔法をかけてくれた。

 だが彼らはここにはいない。自分で何とかするしかない。呻きながら上級ポーションを呷る。死ぬわけにはいかない。こんなところで。

『これを、お前に、託す……。魔王を 倒して くれ。お前なら、できる か  ら』

 胸部からギシギシという音が聞こえ、苦しかった呼吸が楽になり、痛みも薄れていく。

 剣士の最後の言葉が聞こえてくる。ヤツはそう言いながら碌に動かない手を動かして、この速度手袋を俺に譲ったのだ。ヤツの持ち金全部をつぎ込んで購入した、この速度手を。

 剣を杖代わりに地面に突き立てて、支えにしながら立ち上がる。さすがは上級ポーション。もう全身の痛みまで消えている。だがビショップの回復はこれ以上に速く、痛みなど感じる暇もなかった。バフ効果も入れてくれていたから、あらゆるダメージを軽減してくれていた。さすがに聖職者だけある。ムキムキのマッチョで、ちょっとした小物の魔物なら殴り倒せる、見た目は聖職者には見えなかったが。

「これでも起き上がってくるのか。面白い。非常に面白い」

「どこがだよ」

 面白いものか。こんな圧倒的不利な状況で、命を懸けた戦いが。

 立ち上がって剣を構える。いくらポーションで回復をしていても、ぬぐえない疲労は蓄積していく。装備はポーションでは直らないから、壊れたらお終いだ。長引かせたくない。

 まったく、魔王を倒せなどと命じた国王が、この場に立ち会っていないことに憤りを感じる。命じるだけ命じて放置とは何事か。死ぬ気で見に来いと言いたい。

 運悪くも勇者にランク分けされた俺は、6年前に命じられて一人で魔王退治の旅に出た。その後、運良くも5人の仲間に出会い、ここまでたどり着いた。

 確かに道中の宿代や食費はすべて国持ちだ。装備やアイテム代も毎月の限度はあるが、支給されている。そのうえ手に入れたアイテムの換金代はじぶんたちのものになるし、成功報酬も約束されている

 それでも割に合うものではない。ここまで来るのにどれだけの犠牲を払ってきていると思うのか。

 しかしそれも今日で終わりだ。敵わない相手ではない。魔王さえ倒せば、俺たちがどうなろうと家族や指定した先に報奨金が入る。生きて帰れば、もちろん自分に。

 俺は宝珠のついた柄を両手で持ち、呪文を唱えた

「ヘイスト!」

 俺の身体を白い霧が取り囲み、背中に羽の形を作って消える。速度増し効果の呪文だ。

「プロテクト!」

 続いて防御力アップの呪文を唱える。俺の周りを発光が取り囲み、消える。

「ファイアーエンチャント!」

 炎を剣にまとわせる。

「ヘイスト!」

 二重に速くなるわけではないが、気分だ。

 ウィザードから譲り受けた宝珠が光り輝く。魔法のレベル増し効果をもつブレスレット型アミュレット。不落の魔物洞窟の奥で見つけた宝だ。売れば城の一つや二つ、簡単に手に入ると彼がいっていた。


 2番将軍のケツアルカトルを一人で相手にしてくれていたウィザードは、3番将軍を相手にしていた魔法剣士の援護をした際に、一瞬の隙を突かれて体当たりを食らった。

 魔法特化に徹した装備だった彼は、物理攻撃には紙同然で。それでも最後の力を振り絞って、3体に電撃魔法を食らわせた。感電して動きが止まった所を、魔法剣士が3番将軍の息の根を止め、ビショップがケツアルカトルを物理で殴り倒し、俺が1番将軍の息の根を止め、魔法剣士と共にビショップの元に駆け付け、食いつかれていたビショップを引き離しつつ、魔法剣士ががむしゃらにケツアルカトルを切りきざんだ。

 ようやく3体を倒した時には、攻撃要員5人中3人は戦闘不能状態だった。

 3体同時の電撃魔法をもっと早く使えば良かった? 使った代償が、たとえ万全の状況でも魔力枯渇による意識障害だ。あれはウィザードの持てる魔力全てをつぎ込んだ最後の切り札的な技だった。どうせ命を懸けるのならば魔王を相手に使ってほしかったが、あの場で使わなかったら、3将軍を倒せたかどうか。

 魔法剣士が必死にウィズにポーションを振りかけ飲ませている横で、俺はビショップに回復魔法をかけていた。ビショップがつかう回復魔法と比べ物にはならないが、ビショップが回復してくれなければ、剣士もウィザードも救えない。

 ケツアルカトルを物理的に拘束していた手足を食いちぎられていたビショップに上級ポーションを振りかけ、回復魔法を必死に掛ける。

 ビショップは助かった。手足もなんとか復活した。だが出血多量の上に体力を使い果たしたビショップも意識が戻らず、結果として、剣士の命を救う事は出来なかった。

 回復魔法とポーションで、なんとか最後の会話を交わすことができた剣士が、俺に速度手を託した。ウィザードも命こそ助かったものの、意識はいまだに戻っていない。俺の回復魔法レベルが低かったから、意識が戻っても体が元通り動くかどうかも分からない。

 魔法剣士も自身が重症だったのに、ウィザードに回復魔法を掛けた反動で、こちらも魔力枯渇でしばらくは動けなくなってしまった。


 俺は魔法剣士に、事前に何かあった時のためにみんなから頼まれていたからと、ビショップとウィザードと、魔法剣士のそれぞれアイテムを託され、ここにいるのだ。

 ビショップの防御魔法アイテム、魔法剣士の速度足。彼らの想いも背負って、俺は最後の戦いに挑んでいる。負けられるわけがない。

「行くぞ!!」

「おう!」

 ヘイストと速度足で瞬間的に魔王の懐に飛び込む。速度手にヘイストが乗る。目にも見えない速さで繰り出す斬撃を、しかし魔王は全て受けた。

 ギン、ギン、ギン! と剣がぶつかる音が響き渡る。

 一撃が重い。ビショップの筋肉増強ベルトを貰っていなかったら、腕が折れているところだ。おかげで腕がムキムキになっていて、異様な光景だが。

 速度足を活かして動き回り、何度も懐に飛び込み、後ろに回り、下から上から切りかかるが、全ての攻撃を受け止められてしまう。

「ははっ! すごいな! その速度でよく動けるものだ!!」

「お前もその図体でよくこの動きに付いてこられるな!」

「これだけ早く動けるのは魔物の中にもいないぞ! ははっ! 楽しいな!」

「ちっとも楽しくない!」

「そうか? その割に、笑っているようだが」

 魔王の剣で振り払われ、マントが切り裂かれる。まともに胴体を狙っても攻撃が届かないのなら、と足を狙って切りつけた。

「おおっと!」

「避けるなよ!」

「避けるわ!」

 バランスを崩してくれれば、と思ったそれも、紙一重で交わされる。剣に乗せた炎が飛び散り、威力が落ちてきた。

「ヘイスト! ファイアーエンチャント!」

「まだ乗せられるのか? おお、さらに速くなった!」

 魔物は筋力が人間とは比べ物にならないほどに強い。だから体系が似通っていても、その力は人とゴリラほどに違う。アイテムで底上げしていなければ通用しないほどに。

 だが人間は筋力を上げれば同時に体が重くなり、動きが遅くなる。それを速度手と足、魔法で底上げしてようやく魔王と対等に打ち合えるとは。

「流石に強いな!」

「これでも魔物の頂点に立っているからな!」

 ガン、ギン、と剣を振るう。どれも受け止められるが、力で敵わなければ手数で押すしかない。少しでもバランスを崩せれば、それがチャンスだ。

 ガギン!!

「ちっ!!」

 だが先にバランスを崩されたのは俺だった。横から来た剣を受け止めそこね、ふらつく。

「貰った!」

「させるか!! サンダー・アロー!!」

 魔王が振りかぶった剣めがけて雷魔法を放つ。同時に飛びずさって距離を取る。

 魔王は剣を振って雷魔法を散らしたが、金属である以上、雷は剣に集まる。

「ぐおおおおおお!!!」

 散らしきれなかった雷が剣を経由して魔王を直撃した。

 その隙に上級ポーションと上級魔力ポーションをがぶ飲みし、空き瓶を魔王めがけて投げつけ、同時に地を蹴って魔王に切りかかった。

「痺れたぞ!」

「そりゃそうだろう!」

 だが正面から防がれる。あれが人間なら痺れたでは済まないのだが。

「見てみろ、手の震えが収まらん」

「そりゃあ良かった!」

 ガン、ギン、ガン! それでも魔王は俺の攻撃を防ぐ。

 そうして嬉しそうに言うのだ。

「ワタシと互角に切りあえる人間がいるとはな!」

「世界は広いってことだろう!」

 そう答えたが、この状態の俺と互角に戦えたのは剣士だけだった。アイツは本当に強かった。

「剣士が一緒にいたら、お前なんてとっくに倒せていたのにな!」

「ほう、お前以上の剣の使い手なのか? それはぜひ手合わせをしたかったな! 残念だよ!」

 言いながらも打ち合いを続けているが、俺には疲労がたまりつつある。ポーションでの回復が追い付かない。打ち合いだけではだめだ。

「ブリザート・スピアー!」

 氷の槍を複数本、魔王の頭上に出現させた。そのまま串刺しにすべく、速度を上げて落とす。

「攻撃魔法も使えるのか! だが効かん!」

 魔王は目を輝かせて頭上を見て、その剣を振るい、氷の槍を吹き飛ばす。

「風の呪文!?」

「ワタシも使えるのだよ、魔法もね」

 剣に風を纏わせて、槍を吹き飛ばしやがったのだ。

「ますます面白い! どんどん魔法も使いなさい! ワタシも使うから!」

「使わなくていい!!」

 思わず返してしまったが、本心だ。

「アイスキャノン!」

「ファイアーバリア!」

 俺の氷砲は炎の壁で阻まれた。だが相手が炎ならば!

「トルネード!」

「あちちち!!」

 強力なつむじ風を食らわせれば、その炎が魔王を襲う。慌てて炎の壁を消す魔王。

「アイスキャノン!」

「おっと!」

 壁が消えた所ですかさず氷砲をぶつけたが、剣に阻まれた。

「サンダーシャワー!!」

「あぶねっ!!」

 雷の雨を降らせれば、先ほどの攻撃を思い出したか流石に魔王が飛びのく。

「インフェルノ!」

 炎が一直線に伸び、魔王に迫る。

「ファイアーバリア!」

 だが同じ炎属性だからなのか、魔王が展開した壁に吸収されてしまった。

「今度はこっちの番だ! 炎よ! 行け!」

 威力を増したインフェルノが、こちらに向かって突進してくる!

「ウオーターフォール!」

 俺の前面に滝のような水の壁を作り、それを阻む。炎と水がぶつかって水蒸気が辺りに立ち込めた。今だ!

「ヘイスト!」

 速度魔法を上掛けし、速度足で壁の横から一気に魔王に襲い掛かる。

「いないっ?」

「お見通しだ!」

 だが壁から出た瞬間、眼前に魔王がいた。防御が、呪文が間に合わない!!! 

「終わりだ!」

 魔王の剣がまっすぐに俺の胸を貫く。

 死んでたまるか。

 貫かれながら、俺は剣を持つ手に力を籠め、魔王を突き刺した。

「何っ!?」

「サンダーボルト!」

「っっ、ぎやああああああああああ!」

 全魔力をつぎ込んだ雷呪文をゼロ距離で魔王に叩き込む。当然ながら俺を指している剣にも雷が流れ込み、俺の身体と意識を焼いていく。

 掠れる目と遠くなる意識の中、魔王の身体全体から白煙が上がり、口や鼻、耳からも煙が上がった。

 だがまだだ。とどめを刺さなければ。

 MPは残り少ないが、剣に込めれば体内に直接効く。残りの魔力で使える魔法は。

「ライトニングボルト……っ!」

 サンダーボルトよりは威力が落ちるが、今使える魔法で確実に仕留められるのは雷しかない。

 魔法の発動で魔王は声もなくガクガクと体を震わせ、さらに白煙を上げた。

 運良くも魔王は剣から手を放していたので、俺に魔法が戻ることは無くて済んだ。

 先にドサリ、と魔王が背中から倒れこみ、掠れた視界でそれを確認して、俺は両膝をついた。前に倒れたらこれ以上に剣がめり込む。後ろに倒れれば押されて剣が抜け、その瞬間に大出血で俺は死ぬだろう。

 ふらふらと座り込んだ俺の視界に、ポーターが駆け込んでくるのが見える。

 6人目のメンバー。補給に欠かせない、ポーター。

「勇者! 頑張れ! いま超級ポーションを掛けるから!」

「……、……」

「喋ろうとするな! 大丈夫だ、剣は抜かないから! まだ!」

「……ふ、」

 超級ポーション。上級よりもはるかに強力に効くが、この世に3本しかないと言われている幻のアイテムだ。ここに来るまでに1本だけ手に入れていた。売れば、国が手に入るほどの、珍品。

 それを惜しげもなく俺の口と体に垂らす。

 だが無駄だ。魔王もだが、俺も体の中も外も、黒焦げ状態なのだから。

「大丈夫だ! 諦めるな! 上級ポーションだってまだ余っているんだから!」

 上級ポーション一つで庶民が半年、贅沢に暮らせる。この戦いでも何本も飲んだし、3将軍を相手にした時もがばがば使っていたのに。

「……お ま え が、い て  く れて   よか  た」

「喋るな! 喋る暇があったら飲め!!」

 ポーターは顔をくしゃくしゃにして、俺を抱えて上級ポーションを振りかける。

 だが無駄なのだ。黒焦げで、胸を刺し貫かれている状態では、ポーションだけの回復では間に合わない。ビショップのリザレクション並みの回復魔法を併用する必要がある。

「ああどうして僕は魔法が使えないんだ! 飲め、飲んでくれ!!」

 言われてももう喉も動かない。折角口に入れてくれているポーションを飲み込むことも出来ないのだ。

 振りかけられた皮膚が引っ張られる感覚がある。だが痛みも何も感じない。

「もう  い い  こくおう に ほう こ く を  たの」

「ああ! 報告するさ! 一緒に!」

「……、」

「ビショップも魔法剣士も! 回復して一緒に!」

「そう び お まえ つか って」

「喋れるのなら飲め! 頼むから、飲んでくれ!」

 泣きながらまた一本を口に突っ込んできた。少しだけ喉に流れ込んできたが、喉もただれている。飲み込めない。舌と口腔内はポーションのお陰で治ってきたようだが、飲み込めない以上、それ以上体内には効かない。

「ま おう   は」

「勇者以上に炭になっているよ! あれで復活したとしても、僕でも倒せるさ、そんな事より、少しでも飲め!」

 喉がダメなので声は出ない。吐息で伝えているが、ポーターは理解してくれている。

 4年前に仲間になったポーター。彼は攻撃要員ではなく、物資補給と荷物運び、宿の手配や資金管理をしてくれる裏方だ。パーティの中には軽く見る者もいるようだが、彼が資金繰りや補給、道案内、野宿での食事の準備、王都への報告など、裏方を一手に引き受けてやってくれているおかげで、俺たちは余計なことに煩わされずに進める。彼は大切な存在なのだ。

 ポーターである彼は転送魔法が使える。近距離で手に乗る大きさ限定ではあるが、戦いの最中に離れた所で様子を見ながら、武器の補充やポーション系の回復役を、必要な人に必要な分量、送ってくれる。

 今の戦いでも俺の手やポケットをめがけてポーションを送ってくれるからこそ、必要なタイミングですぐに飲めたのだ。

 何より、彼が4年かけて上級ポーション、上級魔力ポーションを集めていてくれたから、最後の戦いで数を気にすることなく、がぶ飲みできていたのだ。


 ああ、俺にも回復魔法が使えたら。リザレクションが使えたら。自分で自分を回復することもできたし、何より剣士も、ウィザードも救えたのに。

 勇者失格だ。魔王は倒せたようだが、メンバーの殆どを失うことになるとは。

 彼らの家族に合わせる顔もない。ここで死んだ方が、楽だ。

「もう いい あり が   と」

「勇者ーーー!!!」


 ポーターの絶叫を聞きながら、俺は目を閉じた。

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