50マイルの笑顔に。
豆ははこ
50マイルの笑顔に。
「うわ、背、高いんですね」
割といい雰囲気の居酒屋の個室。
会社の同じフロアの人で、挨拶くらいしかやり取りのない女性の声がした。
彼女の声は、給湯室で会うときの声よりも高い。
あ、でも。
「お願い! 会費なしだから、合コンの助っ人! いてくれたらいいから!」と手を合わされた時には真剣みがあったなあ。
確かに、あの男の人、180以上は絶対ある。……185くらいかな。
そんな感じで、要するに数合わせで呼ばれた合コン。
全員揃ったから、挨拶はしよう。社会人だからね。
……会社名と、名字だけでいいや。
それにしても。
最後に来た男の人、やっぱり、すごく背が高い。
あの人は、どれくらいあんな風に言われているのかな。
私は、父が180以上あるから、誰かが長身だからといって、あまり驚かない。
そして、「身長高いですね!」って褒められたい系の男は大嫌いだ。
「あ、すみません」
挨拶を終えて、一人で楽しく食べものの海をさまよう回遊魚をしていたら、いつの間にか、あの人が隣にいた。
自己紹介だけして、その後はひたすら食べている私の隣にくるなんて、この人、物好きな人だなあ。
あ、でも。
「もしかして、から揚げ狙いですか?」
そうなのかも。
皆は色々話しているから、私は一人で好きなものを食べていた。
中でも、このから揚げは美味しい。
「お目が高いですね。美味しいですよ、これ。多分、しょうが多目なんです。あ、レモンは絞ってないですから。お好きでしたら、小皿に取ってから、どうぞ」
「いいえ。あ、確かに美味しそうですが、貴女と話したかったんです。俺の、と言うより誰の名前も聞いてなかったでしょう? 勤務先も」
……ばれてた。
「ああ、はい。会費なしでいいからお願い、って言われたので。いきなり欠席の人がいたらしいんですよ。なんでしたっけ、△△社さん? だから、人数足りない、とか有り得ないの! って」
「……そうだったんですか」
そうだ、△△社。確か、かなりの大手。
だから、おがまれそうな勢いで頼まれたんだね、私。
「実は、俺もなんです」
「え」
「会費半額で、って」
男性側の方が負担額が多いから、ただにはできなかったんだ。それでも、会費は高そう。
それなら、せめて、このから揚げを堪能してもらおう。
「挨拶だけでいいって言われたのに。やっぱり身長の話、させられて。……あ、すみません」
から揚げを食べてもらおう、と真剣に考えていた私の表情を、不快感からだと思ったらしい。
違いますよ、不快なのは貴男に対してじゃあ、ありません。
よし、それなら。
「じゃあ、50マイルにしましょう」
私は伝えた。
これは、母に教わった名案。
昔、身長のことばかり言われて困っていた父に、母が授けた伝家の宝刀なのだ。
「え」
「185、いくつとか言ったら、大きいですね、とか色々言われて面倒くさくないですか? 次からは50マイル、って言えばいいんですよ」
「……なるほど。確かに185、7ですが」
あれ、考えこんじゃった。
だめだったのかな。
父はものすごく喜んだらしいんだけどな。
「……違いますよ、すごく嬉しいです。実はね。俺の名前、
「失礼ですね!」
それは本当に失礼だ。
名字さえ聞いていなかった私に怒る権利があるかは、ここでは置いておく。
「それにしても、貴女の……
「……それって」
「はい、交際を申し込んでます」
「いきなりですね」
さすがに、びっくりした。あと、私の名字、聞いてくれてたんだ。……嬉しい。
「自覚はあります。でも、五十田さんのことかわいいって言ってた奴、何人かいたから。女性陣のおかげで奴らはこっちにこられないんです。これだけは、感謝しないとなあ」
何人か、って。
何人かしかいない合コンでそれだと、ほぼ全員ですよ。
幻聴では、と言いたかったけど。まあ、いいかな。
そうだ、これは言わなきゃ。
「うちの父、183センチで体重100キロ、体脂肪率10パーセント台なんです」
さあ、どうする?
「すごいですね、筋肉だ!」
「ひかないんですね」
「惹かれてますよ、貴女に」
……あれ、キザな人だったの?
でも、私も、もしかしたら、惹かれてるのかも。
だって、さっきからから揚げの味が薄くなってきたもの。
貴男の、50マイルの笑顔。
それは多分、きっと、すごく美味しい。
50マイルの笑顔に。 豆ははこ @mahako
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