チキチキ 漢のタルタルステーキ早食い対決
「チキチキ、漢のタルタルステーキ早食い対決っ」
里藤がそういって、パチパチと手を鳴らす。朝早くから集められた領兵と警備兵たちは怪訝な表情で里藤を眺め、少しでも彼と関わりのある者は苦笑をしながら里藤のハンズクラップに追従する。
里藤はノリが悪い奴らが多いなと眉を顰めるも、説明を続ける。ボヌムの好意で朝早くに屋敷の庭を貸してもらえているので、あまり時間をかけるわけにはいかないのである。出入りの商人たちが庭に並べられた長机を見て、ボヌムに質問すれば答えに困窮するに違いないからである。
「それでは自らが上だ上だと喧嘩をし続けるバカどもに決闘の場を用意してくれたリトーに代わり、私、北部警備隊長のボールドから決闘方法について説明する。領兵、警備兵双方よく聞くように」
ボールドが里藤に合図を送り、メイドのミミと共に長机に五人ずつ並んで座っている兵士たちの目の前に料理を置いていく。その料理が目に入ると、挑戦者たちは口々に小さな悲鳴をあげる。
「決闘方法はシンプルな話だ。五人いる挑戦者たちのうち、何人がタルタルステーキと呼ばれる目の前の料理を完食できたかで勝敗を決める。例えば、警備兵が三人、領兵が二人なら警備兵たちの勝ちだ」
「もちろん、タルタルステーキは俺が完璧に加工してある。食っても腹は壊さないので安心しろ」
自信満々に言う里藤に、領兵の一人が半泣きで訊いた。
「いや、これ生なんですけど。本当に料理なんですか?」
瞬間、里藤から殺気が飛ぶ。思わず、ボールドと少し離れたところで構えていたディミトリが身構えるほどのものである。
殺気に怯える領兵に対し、里藤は訊いた。
「おまえ、料理の定義とはなにか知っているか」
「し、しりませぇん」
「食材に手を加えれば、それはもう料理と呼ぶんだ。そこに手間暇をかけたかどうかは関係ない」
里藤は嘆息する。
「タルタルステーキとはいわゆる肉料理の一種で、生の
そういって自分用のタルタルステーキを混ぜ合わせて里藤は口に運ぶ。オニオンと生肉の混ざった、これでしか味わえない食感に納得するように何度も里藤は頷いた。
そこに、またしても訓練をサボって決闘を見に来ていたクアッドが里藤の肩を叩く。
「俺も食べたい」
「俺の食いかけでいいか?」
「おう。ん、これは……」
タルタルステーキを一口ずつ口に運ぶたびにクアッドは深く頷き、あっという間に完食した。
「おかわり」
「ねぇよ」
里藤が用意したのは、万が一を考え、錬金球を使用してヒヒン肉から危なそうな菌類を取り除き、生食しても大丈夫なように殺菌したタルタルステーキである。当然、手間が非常にかかっており、当然挑戦者たちの分と味見用のものしか用意していなかった。
クアッドは里藤の言葉に唇を尖らせていう。
「えー、俺もガッツリ食べたかった」
「生食を好むのはお前ぐらいだと聞いているぞクアッド」
「確かにクアッドが生卵を丸のみしたときは正気を疑ったね」
ディミトリが引きつった笑みでいった。クアッドをよく知らない警備兵たちは信じられないものを見る目でクアッドに視線をぶつけた。
責任者として警備兵の背後にいるボールドが、冷や汗を掻きながら里藤へ訊いた。
「このタルタルステーキというのは本当に食べても腹を壊さないのか?」
「無論、リスクはある。生食だからな。それも含めての漢気だろう」
現代日本であれば一発で営業停止をくらう発言をする里藤に、クアッドが不思議そうに訊ねる。
「そういや、なんでヒヒンの肉なんだ? ウシシの肉じゃダメなのか?」
「いいところに目をつける。相変わらず食事に関しては鼻が利くな」
「どうでもいいんでさっさと終わらせましょうよ。午後からエルドラド商会の方がいらっしゃるのでそれまでに片づけないといけないんですからね」
得意げにフフンと鼻を鳴らす里藤へ、大変白けた目で配膳を手伝うミミが口を尖らせていう。
里藤は彼女の態度を気にすることもなく、言葉を続ける。
「待て待て、何故腹を壊さないかを知ることでタルタルステーキを口にする勇気が出るかもしれないだろう。解説までが俺の仕事だ」
ゴホンと里藤はひとつ咳払いをした。
「ウシシとヒヒンの違い、それは反芻するかどうかだ。ここに大きな違いがある」
「反芻? なんだいそれは」
ディミトリの疑問に里藤は右手の人差し指を振りながら答える。
「反芻。これは体内に胃を複数持つ草食の動物が口にしたものを口内と胃を行ったり来たりさせて消化する、主に草食動物に見られる食事の方法だ。
「ああ、王都の学者連中がそう結論付けた」
ボールドが腕を組んで頷く。
「つまり、ウシシは牛の魔物であり、ヒヒンは馬の魔物である。この認識で間違いない。そうだろ?」
「おう、その通りだ」
クアッドもボールドと同じ体勢で頷く。
「で、あるならば。魔物であるウシシも牛の食事方法を継承していると思って間違いないはず。これが肝でな、反芻をする獣の生食は大変危険だ」
ディミトリが「ほう」と興味ありげな視線を里藤にぶつけ、「詳しく聞かせてくれ」と続けた。役目として軍を率いることもあるディミトリからすれば行軍の際に起こりうるリスクを知っておきたいのである。
「病原大腸菌といってな。人の
「ヒヒンは反芻をしないので大丈夫だと?」
「完全にではないが、俺が加工したので今日用意しているタルタルステーキに関しては大丈夫だ。自分で作るのはやめたほうがいいだろうな。絶対にやるなよ?」
里藤はタルタルステーキを用意するにあたって、徹底的に錬金球による殺菌と煮沸を用いての食器類の消毒を行っており、衛生観念が低いファヘハット辺境伯領において自ら作ることは自殺行為といっても過言ではないので念押しをした。
「その、大腸菌とやらは普段の食事には影響がないのか?」
「大腸菌は熱に弱い。加熱すれば死滅するよ」
ディミトリは安心したように嘆息する。そして、領兵と警備兵の代表者によく通る声で告げる。
「リトーの説明にも納得したところで、そろそろ度胸試しといこうじゃないか。暴力を用いない、素晴らしい喧嘩だ」
ディミトリがそこまでいって、ボールドに視線を飛ばす。ボールドは口角を少し上げて言葉を引き取っていう。
「そら、ただの生肉を食えば主張が通るんだ。まさか、怖気づくなんてことはないよな?」
上司たちからの圧力に、代表者たちは震える手で木匙を握った。
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