恵まれぬ北区

 翌朝。朝も早くから里藤が朝食の準備をしていると、いつぞやの警備兵であるボールドがディミトリと共に厨房の勝手口から現れた。

 妙に低身なボールドの態度を疑問に思いつつも、二人に厨房に備え付けになった椅子へ座るようにうながした。

 里藤は朝食の準備をしながら、ボールドになんの用かと訊いた。ボールドは頭をガリガリと掻いて、ガバリと頭を下げる。


「本当に申し訳ない」


 突然の謝罪が理解できず、里藤は半目でディミトリを見た。ディミトリも困った表情で補足をする。


「リトーはあまり街に出ないから地図が頭に入っていないと思うんだけど、この領主館は領都の最北端より少し手前にあるんだ。東側には中小商人の集まる市場、南側にはトランジット用の施設、西はリトーたちがよく知っている通りの地元の人間が寄り合う店やギルドがある。だが、北には警備兵の訓練所や詰め所ばかりだ。さらに他の地区に加えて飲食店や日用品店の総数も少ない。必然的に警備兵と領主館に詰めている我々の部下である領兵は限られたパイを食い合うことになる。これが警備兵と領兵が仲が悪い本当の理由なんだよね」

「昨日の昔の隊長がどうのこうのはきっかけにすぎないってことか」

「そのとおり。結局のところ、どっちの兵も疲れて帰宅するときに欲しいものが売ってない状況を嫌いな奴に当てこすって押し付けてるだけなんだよ」

「子供かよ」

「全くもってそのとおり。返す言葉もないね」


 儚げな笑みを浮かべてディミトリは認める。


「警備隊長の俺が抑えきれないばっかりに、本当にすまないディミトリ」

「俺はボールドが警備隊長ってことに驚いたよ」


 口では言うが、全く気にした雰囲気を見せずに焼きおにぎりを焼き始める里藤。焼きから目を離すことなく話をまとめる。


「ようは、飯屋と雑貨屋が足りねぇってことだろ? ボヌム様に上申しろよ。あの人なら理解してくれるぞ」

「それがダメなんだよ」

「なにがだよ。店増やすだけだろ?」

「増やしても、料理を作れる人材がいないんだ。みんな稼ぎのいい東地区や南地区に行きたがるからね」

「あぁ……」


 里藤はそこでベリィのことを思い出す。場所的には北寄りの位置に店があるはずで、彼女は本当に北区の奴らのためだけに仕事をしているのだと感心した。

 そんなことを考えているとディミトリは表情から読み取ったのか、ふぅと大きな溜息を吐いて続ける。


「ベリィには負担をかけっぱなしだ。彼女がいなくなれば主食のパンでさえ西地区まで買いに行かないといけなくなる。北配置の警備兵はとんでもない負担になるよ」

「だったら人材を育てればいいじゃないか」

「君も何年も修行を積んだ料理人だろう? 人を育てる難しさは知ってるはずだ」


 ピタリと里藤は焼きおにぎりを返す手を止める。そして、ディミトリに言い切った。


「だからといって後進は育てなければ生まれない」


 普段は聞かない里藤の強い口調に、ディミトリは疑問を感じた。しかし、そんなことを吹き飛ばす発言を里藤がいった。


「仕方ないな。俺が素人にもできる料理を教えてやる。だが、そのまえに」


 里藤はにっこりと邪悪な笑みを浮かべて、一言。


「人にケツ拭かせてばっかのバカどもにお灸をすえなきゃなぁ」


 ディミトリは里藤を頼ったことを少し航海した。





「おいクアッド」

「おん? 今日は真面目に訓練してたぜ?」

「毎日やれ……まぁいい、おまえ、この領都で低賃金で働いても従順な労働者って心当たりねぇか?」

「え、なに? 奴隷でも欲しいのか。ウチの国に奴隷はいないぞ」

「俺の母国にもいなかったわボケ。そうじゃなくて、ある程度金で操れる経済状況のほうが都合がいいんだよ。金持ってたら別の場所に逃げられるかもしれないからな」

「やっぱ言い方が黒いって」

「他にいい言い回しが思い浮かばないんだよ。ほっとけ」


 厨房で漫才を繰り広げる二人であったが、不意にクアッドが条件にあう人材に思い当たる。


「孤児院のガキンチョたちならいいんじゃねぇか? なにをさせたいか知らないが、いつも金に困ってるから簡単に請け負うだろうし。なにより領都からは出られない」

「ん? なんで出られないんだ。門から出るだけだろう」

「孤児院の子供には市民権がないんだ。だから十五になってなにかしらのギルドに入らない限り領都の外には出られない」

「……あー、意味も理屈もさっぱりわからん。説明してくれ」

「孤児院に自分の子供を放り込んでスパイさせたカスがいたから先代様は子供が巻き込まれないようにした。オーケイ?」

「オーケイオーケイ。ウチの大将たちは死ぬほど優しいってこったな」

「そのとおり。ちなみにおまえも身分証もってない不法入国だから一発死刑だったのをオヴィニットさんが止めてくれたんだぞ。マジで感謝しろよ」


 知らない間に死ぬ寸前だった里藤は思わず目が泳ぐ。その様を見てクアッドはひとしきり笑って、里藤の質問の意味を訊いた。


「そんで? なんで人手が欲しいんだ? 困りごとなら俺の部下を貸すけどよ」

「それじゃダメなんだよ。領兵と警備兵のための店を始めるんだからな」


 里藤はそういって、クアッドに孤児院までの言伝を頼んだ。

 条件はなるべく年齢が高く、料理を学ぶ気概がある者。報酬は最低賃金ありの出来高。いずれは店舗をもてる可能性あり。

 里藤の出した条件に、クアッドがボリボリと頬を掻きながらいう。


「だいぶ嘘くせぇ条件だぞこれ」

「おまえの口八丁手八丁で説得して来い。おまえの説得で警備兵と領兵の諍いが減るかどうかが決まる」


 里藤の鋭い眼光に、クアッドは肩を落としてトボトボと孤児院に向かって歩くのだった。


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