例えば、こんなメシの話

里藤の看板料理《スペシャリテ》/ディミトリの焼きおにぎり茶漬け

 金龍狩猟祭まで日取りがあり、特に忙しくもない夕食後。複合魔石を創るための材料である魔石は早くても狩猟祭後になると告げられた里藤は、せっかくなので丁寧にクエン酸を使った食器洗浄をおこなっていた。

 そんな里藤をぼんやりと塩味のポテチを齧りながら眺めるのはサボり魔クアッドと従士最年少のアマレである。パリパリと音を立てて、鼻歌を歌い皿を洗う里藤の背中へ不意にクアッドが訊いた。


「リトーはさ、得意な料理ってあんの?」


 ノリノリで皿を洗っている里藤は、声を弾ませながら訊き返す。


「どうした急に」

「いや、おまえさんの飯は全部美味いけどさ。得意な料理ってそれ以上なんじゃねぇかなって思ってよ」

「……確かに気になるね」


 クアッドにだけタメ口を使うアマレ。だがクアッドはそれを気にしたようではなく、再び里藤に問いかけた。


「な、教えてくれよ」


 無言で最後の皿を洗った里藤は、手拭いで水濡れの手を拭いて作業台にある自分用の椅子に座った。


「俺の得意料理、というより得意なジャンルはフレンチだ」

「フレンチ?」


 当然聞いたことのない料理ジャンルに二人は小首をかしげる。里藤は内心だろうなと思って補足する。


「フレンチというのはフランスという国で発展した料理の総称だな。グダグダと説明するのは面倒なので割愛するが、フレンチは総じて宮廷料理から発展した食文化なんだ」

「え? じゃあ、お偉いさんが食ってる飯を作ってたのかよ」

「んにゃ、俺の生まれた国では市民でも高い金を出せば宮廷料理が食えるんだよ」


 里藤の発言に二人は信じられないといった表情をする。

 貴族が口にする食を市民が食せるなど価値観の相違で理解ができないのだ。


「……まぁ、リトーの故郷のトチ狂った価値観は置いておいて」

「置くな」

「結局、リトーが一番美味く作れる料理はなんなんだよ。つか食わせて」

「あ、私も食べたい」

「晩飯食った後にポテチまでつまんでんのにまだ食う気か」


 絶句する里藤にクアッドとアマレは「まだ腹八分目、イエーイ」と両手を打ち鳴らして答える。酒を飲んでもいないのにやけに陽気な二人に里藤はいささかイラっとしたが、大きく溜息を吐いていった。


「おまえらに食わせてもいいが、できるまでに二日かかるぞ」


 その言葉に二人は硬直する。笑いながら目を見合わせて手を叩いていた二人の顔がギギギッと聞こえてきそうなほどにゆっくりと里藤のほうへ向く。


「……二日?」

「おう」

「料理に二日?」

「別に三日かかる料理も珍しくないぞ」


 再び衝撃を受ける二人。言葉には表わさないが明らかに引いている態度を見て里藤は鼻で笑った。


「なんだ。思ったより辛抱強くないな従士も」


 里藤の煽りにまず反応したのはクアッドである。


「あ、ああ。カッチーンときたわ。二日でも三日でも待ってやろうじゃねぇのっ。その代わり不味いもんだしたら許さねぇぜ」


 同じくアマレも爆発した。


「納得できなかったら私たちと地獄のランニングだから」


 地獄のランニングとは戦闘をする装備で領主館の周りを三十回走るランニングで、領兵たちの中ではもっとも死に近い訓練と畏れられているものである。

 売り言葉に買い言葉だが、自分の料理に絶対的自信をもつ里藤は受けて立った。


「いいぜ、受けてやるよ。その代わり俺が勝ったら……」

「勝ったら?」

「思いつかないから別にいいや」


 クアッドとアマレがズッコケる。そもそも勝敗の決まっている勝負で決められた罰ゲームなどに里藤は興味がないのであった。





「やぁ、リトー。夜遅くまで大変だね」


 欠食児童二名の要望で得意料理を仕込んでいる里藤の元にディミトリがやってきた。今日もまた領兵と警備兵の諍いで頭を下げに行っているため食事をとれていないとデレクがぼやいていたので、里藤は下処理をしているニンジンを置いて立ち上がる。

 黙ったまま夜食の準備を始めた里藤にディミトリは両手を合わせて謝った。何日も夜食の世話になっているディミトリと里藤は互いにタメ口で話すようになっていた。


「ごめんね」

「構わんよ、ディミトリが悪いわけでもなし。ただ、流石に毎日のように問題が起きているなら対策はすべきだと思うがね」


 里藤のもっともな正論にディミトリも大きく頷く。


「だよね。でも、こればっかりは領兵と警備兵の中にある溝がね」

「そもそも俺は領兵と警備兵の区別がついてないんだがよ」


 特に知りたいわけでもないのでスルーしていたが、話題にあがったので里藤はディミトリに訊いてみた。ディミトリは里藤の手で握られるおにぎりを目線で追いながら答える。


「警備兵と領兵の違いはね、守ってる範囲なんだ。警備兵は領都を護る専門の兵士で、外敵に接近された場合に籠城するときの兵力なんだよ。彼らとは逆に、領兵はファヘハット辺境伯領全体に派兵される兵士なんだ。だから、大森林に派兵して魔物の間引き作業に従事しているのも領兵だよ」

「へぇ。でも同じ辺境伯領の仲間じゃん。なんで喧嘩するんだ?」

「それはね。三世代前の警備兵トップの兵長と領兵トップの従士長が死ぬほど仲が悪くて、それが下にまで伝播しただけだよ。理由なんてないんだ。全体が嫌いだから喧嘩してるだけ」


 ディミトリから訊いた理由に里藤は口元を引きつらせる。


「くだらねぇ……」

「まったくだね。どうにか仲良くできないものか」


 真剣に頭を悩ませて厨房の作業台に倒れ伏すディミトリ。里藤はごま油で熱したフライパンにおにぎりを入れて火を通しつついった。


「できんこともない」

「本当かいっ?」

「ディミトリに覚悟があるならな」

「毎夜毎夜の深夜帰りから解放されるなら喜んで覚悟を決めるさ」


 やはり日課になっている残業が心底嫌だったのか、ディミトリは目を輝かせた。上体を起こしたディミトリの前に、里藤は木椀にポツンと入った焼きおにぎりを差し出す。ディミトリがこれだけか? と思っていると、里藤が火にかけていた片手鍋の中身をお玉で椀に入れた。

 次の瞬間、焼きおにぎりについた胡麻油の香ばしい匂いと昆布出汁の上品な香りがディミトリの鼻腔をくすぐった。里藤は追い討ちにすりおろしたワサビをちょこんと焼きおにぎりの上に乗せる。


「茗荷とニンジン混ぜご飯の焼きおにぎり茶漬け、完成だ。冷めないうちに食ってくれ」


 里藤の言葉などもはや聞こえていないディミトリは、生唾を呑みこんで焼きおにぎりに匙を入れる。一瞬パリッとした感覚が木匙を通じて伝わってくるが、ディミトリはそんなのお構いなしに匙一杯にご飯をのせて口に突っ込んだ。

 熱い、熱い、熱い、だがそれがいい。これだよこれとディミトリは胸の内で叫ぶ。

 米とニンジンの優しい甘み、おこげの食感、昆布出汁の強烈な旨味、そしてシャキシャキ感をアクセントとして提供し、最後にスッとさっぱりした後味にしてくれる茗荷。ディミトリは思わず笑顔になる。


「味は?」


 里藤の問いに、ディミトリは当然。


「最高だよ」


 満点の答えを返した。


「それじゃあ、明後日の昼食後に警備兵と領兵の代表者を五人ずつ集めてくれ」

「わかった。だが、いったいなにをするんだい?」

「なぁに、ちょっと度胸試しをしてもらうだけだよ」


 里藤は意地が悪い笑みを浮かべていった。

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