意外な才と密談
クアッドが舌打ちをしながら厨房を去った後、一人残った里藤はレモンからクエン酸を次々と抜き出していった。大きめのレモンから抜き出せるクエン酸は約四グラム、クエン酸を掃除に使いたい里藤は、レモンからクエン酸を山のように抜き出して木製のコップに詰めていった。
そして、二つ目のコップがクエン酸で埋まったころに、クアッドがオヴィニットを連れて厨房に戻ってくる。作業台で四つ切りにされたレモンの山にオヴィニットは仰天した。
「なんですかこれはっ」
「あ、今クエン酸を作ってたんです」
「く、クエン酸? ともかく、そんなに錬金球を多用しては身体が……」
オヴィニットがそういって、里藤の顔色を確認する。ケロッとした表情の里藤を見て、オヴィニットとクアッドが首をかしげた。
「なんとも、ないんですか?」
「はい。別になにも」
「おかしいですね」
「おかしいですね? 錬金球ってもしかしてとんでもないデメリットがあるんですか?」
あわわと慌てる里藤に拍子抜けしたのか、オヴィニットが深い溜息を吐いて説明を始める。
「錬金球を使うと魔素反発という自身の身体に対する拒絶反応が起こります。これはそんなに強力なものではないですが、それでも長時間触り続けるとジワジワとダメージを受けるのです。そうですね、里藤さん海で泳いだことは?」
「もちろんありますよ。襲ってきた鮫をかまぼこにしてやったこともあります」
オヴィニットが「かまぼこ……?」となるが、気を取り直して説明を続ける。
「簡単に言えば、長時間の錬金球使用は海で全力をもって泳ぎ切ったときの疲労感に似ています。そのような倦怠感はないですか?」
里藤はフルフルと首を振る。
「全くもってありません。いくらでも使えそうです」
自信満々に答える里藤にオヴィニットとクアッドが頭を抱える。自身の異質さに気づいていない里藤はクエン酸の入ったカップを除けて、再びクエン酸を分離し終えたレモンを錬金球に入れた。
里藤への対応を真剣に悩む二人を尻目に、里藤はレモンから今度はエリオシトリンを取り出す。エリオシトリンとはレモンやライムに多く含まれる黄色の色素で、抗酸化物質でもある。もっとも、里藤は食用色素としてしか使うつもりがないのだが。
「
いくら使っても元気溌剌な里藤を見て、クアッドとオヴィニットはボヌムへどう報告したものかと頭を悩ませた。
◇
夕食を終え、執務室に呼び出された里藤は執務机を挟んでボヌムと互いに座った状態で顔を近づけて密談をする。これから話すことは今のところ秘匿事項なのでオヴィニット以外には知られるわけにはいかないためである。
会話の内容は、もうすぐ行われる『
金龍狩猟祭とはギルドの出稼ぎたちが入れ替わるタイミングにおいて、冒険者の減ったことで魔物たちがモトル大森林から逃げ出さないように、領主が先頭に立って狩猟を行い、その狩猟の中で目立った功績をあげたものは賞品を授けるという年に数回実行される辺境伯領の祭りなのだ。賞品の中には従士取り立てなどもあり、なにを隠そうクアッドは三年前にファヘハットサーペントと呼ばれる大蛇を斬り捨てたことでボヌムの目に留まったのである。
そんな三日三晩行われるお祭りの最中に食されるのは毎回平パンと美味しくないスープと新鮮な野菜と肉だけだったが、今回は里藤がいることで潮目が変わった。里藤が祭りに同行し、カレーを作り宣伝することで二人は後の大森林における金稼ぎ計画に繋げる予定になっている。
「既にデレクたちには命じて、大森林のキャンプ地で調理場を建築させている。二十日後の祭りには間に合うだろう」
「私は木漏れ日亭でお墨付きの契約をしてきました。今日の夜営業から試してみると言質は取ってますので、明日になったらクアッドに様子を見に行かせます」
「よろしい。ところで、錬金球をかなり度を越えて使用していたようだが大丈夫なのか?」
「はい。今のところなにも問題はありません」
「そうか」
ボヌムは少し悩んだそぶりを見せて、口を開く。
「君にあてがった例の研究所内ならば魔石の複合化を許可する」
「旦那様っ」
壁の花となっていたオヴィニットが叫んだ。
「落ち着けオヴィニット。いいか、リトーくん。まず魔石を合成してみてくれ。それで複合化ができそうならばひとつ創ってみる。その完成品を我々に必ず見せる。約束できるか?」
「もちろんです」
「よろしい。創ったものは必ず私たちに見せるように。これは厳命だ。下手に自分で売ると私が庇いきれなくなる」
真剣な目をしてボヌムがいう。里藤はその態度で複合魔石を創れる人材は色々と狙われるのだなと理解した。
「はい。厳守します」
「よし。それと――」
続けてなにかを言おうとするボヌムに、里藤はオヴィニットは構える。
「明日の朝食は夕食で食べたアレにして欲しい」
里藤は笑顔で「承知しました」と返すのであった。
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