木漏れ日亭

「こんにちは」

「いらっしゃいませ……あ、兄さんの友達の……」

「リトーだよ。プエラちゃん、お父さんはいるかい」

「はい、奥にいますけど……もしかしてあのバカ兄がなにかやらかしましたか?」

「……まぁ、訓練はサボりまくってるけど、取り立ててバカはやってないかな。今回はちょっとお願いしたいことがあってね」


 里藤がナッズに視線を送り、ナッズが辺境伯家の家紋入りプレートをプエラに見せた。


「私は辺境伯家の代理として来ています。改めて、父君をお願いできますかね」


 顔面を蒼白にしたプエラが「少々お待ちを」と叫んで一階の奥へ消えていった。おそらく一階のカウンター奥は一家の居住スペースだろうとあたりをつけて、里藤は吹き抜けになっている一階から宿泊者を泊めるスペースの二階部を眺める。一階から見える部屋数は八、奥行きがある造りではないので実際の数も変わらないだろう、思ったよりも数が少ないなと里藤は感じた。


「小さいでしょう?」


 ナッズが心を読んだかのようにいった。


「まぁ、そうだね」

「ギルドを通して大森林で出稼ぎをする奴らは長期契約の部屋を借りるんですよ、だから、木漏れ日亭に泊まるのは飛竜便の騎手と商人ぐらいです」

「飛竜便?」


 聞きなれない単語に里藤は首をかしげる。ナッズはそういえば里藤はこの国にやってきて数日しか経ってなかったと反省し、説明する。


「ああ、まだご覧になってませんよね。ファヘハットでは十日に一度、飛竜隊がやってきて王都への輸送品を持っていくんです。夕方に到着して、翌日の午前中に帰都するので必ずここで一泊するんですよ」

「へぇ。それにしてもどれだけ運ぶか知らないが、十日毎で食料が足りるのか?」

「俺も詳しいわけじゃないんですが、運ばれる際に使われる箱はかなり大きいですし、そもそも飛竜便で運ばれるのは貴族の腹に入るものばかりなので……」

「ああ。みなまでいわんでいいよ」


 里藤は言いづらそうな顔をするナッズの言葉を遮った。


「又聞きですけど、王都では貧富の差が激しいらしくて、それで王都の人間がモトル大森林へ出稼ぎに来るんです」

「出稼ぎはそんなに金になるのかい?」

「なりませんね。ですが、大森林の環境のおかげで食費はほとんどかからず、実質寝床の金だけで貯蓄ができますから。ぶっちゃけ死に物狂いで稼ごうとする深淵冒険者ディープは我々より給金が高いくらいですよ」

深淵冒険者ディープ?」

「ああ、またしてもすみません。ギルドに所属して大森林へ挑む者を冒険者ハイランダーと言うのですが、その中でも深淵部へ挑むことが多い冒険者を深淵冒険者と呼びます。中には戦闘用の魔道具で身を固めるほどに利益を出している冒険者もいるようですよ」

「戦闘用の魔道具なんてのもあるんだ」

「有名なのは名工クラリエが創ったフラッシュシールドですかね。大盾の内側にボタンがあって、それを押すと盾の全面が強烈な発光をして相手に目つぶしをする魔道具です」

「大したもんだねぇ」

「ですよねですよね。他にも有名なものがあって」


 途中から、好きなものを語る孫の相手をする老人のようになっていた里藤は、近づいてくる足音に気づいてナッズに合図を出した。ナッズはそれを見て瞬時に黙って里藤の背後に立つ。

 店の奥から現れたのは、クアッドを二回りほど老けさせて目に隈を蓄えさせたような男性であった。辺境伯家の使いと認知されているためか、いやにおどおどとした態度で里藤に寄ってくる。


「は、初めまして。クアッドの父で木漏れ日亭を経営しているスパートリイと申します」

「どうも。里藤と申します。辺境伯様からのお願いがありますので、少しばかり時間をもらってもよろしいですか?」

「は、はひぃ」


 挙動不審になるスパートリイへ微笑んで、里藤は木漏れ日亭にある八つの大きなテーブルの内ひとつに座り、スパートリイにも着席をうながす。

 ガクガクと震えながら座ったスパートリイを面白く思いつつ、里藤はナッズに持たせていた書筒を受け取り、中身をテーブルに置く。中身はこの世界では高価な紙であり、そこには辺境伯のお墨付き店舗とする旨を書いた契約が載っていた。


「辺境伯様は、条件を満たせば木漏れ日亭をお墨付きにすることを認めました。書類をご確認ください」


 震えたままスパートリイは書類に目を落とす。書類に書かれていた内容はこうだ。年一回の市民税とは別に月に金貨一枚を納めること、稼ぐ手段は辺境伯家がアドバイスすること、契約してから3か月は特別税の徴収は行わないこと。

 自らに有利か不利かわからない条件に、スパートリイは小首をかしげる。


「もちろん、いくらでも悩んでもらっても構いません。身内や信頼できる友人などに相談することも大丈夫です。しかし、この話を蹴れば後悔するとだけ伝えておきます」


 里藤の最後の補足にスパートリイが再び震えあがる。


「リトー代理。恐喝にしか聞こえません」


 ナッズの指摘に、里藤は自らのデコを叩いて訂正する。


「失礼。そういう裏の意味があるわけではありません。ナッズ、例のものを」

「はい」


 ナッズは里藤の指示を受け、背中の携行袋から三つの両手サイズの袋を取り出す。


「プエラちゃん、お皿用意してもらえる?」

「はい、ただいま」


 俊敏な動きでプエラはカウンターに置いてある綺麗な皿を三つ持ってくる。その皿に里藤は袋の中身をひとつずつ入れていく。

 まず一つ目はポップコーン。里藤が仕入れたコーンに爆裂種が少量混じっていたので作ることができたのである。コーンは飼料用として販売されていたので酒飲みたちに薄利多売を目的に準備した。

 二つ目はポテトチップス。里藤がオニグモにスライサーを開発してもらったので、簡単に量産できてそこそこの値段で販売可能なお手軽おつまみとして売るためのものだ。

 最後にスパイスチキン。里藤がカレー風味に近いスパイスを配合してチキンの屋敷ではあまり使わない部位である手羽元と手羽先を焼いたものであり、多少割高でも確実に注文するであろう層がいることを見越して準備した。

 以上三つが里藤が後悔するといった証拠である。


「やっぱり、ポテチはボロボロになっちゃいましたね」

「馬に乗って移動したからね、しかたがないよ。さ、スパートリイさんもプエラちゃんも味見してみてください」


 おそるおそるプエラはポップコーンに手を伸ばし、スパートリイは比較的大きな形のままのポテチを手に取って口に運ぶ。


『うまいっ』


 辺境伯家財政再建計画の第一歩である、辺境伯家お墨付き契約の一件目は無事に成約された。


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