出店計画

 夕食後、里藤はオヴィニットに連れられて屋敷の二階にあるボヌムの執務室を訪れた。

 初めて入る執務室に緊張しながらも、里藤はボヌムとの会話に臨んだ。


「カレーとやら、堪能させてもらったよ。激辛はもう勘弁願いたいがね」


 カレーの激辛を食べたせいで腫れた唇と擦るボヌム。確かに作っておいてなんだが、アレは普通の神経をしていたら食べないだろうなと里藤は思った。


「それで、あのカレーが財政難打破の巧妙になるといったそうだね」

「はい。カレーをモトル大森林のキャンプ地で販売することを許可いただきたいのです」


 それから里藤は手元にある木板で作ったカンペを使ってプレゼンを行った。クアッドたちから聞いた大森林の食糧事情、元手のかからなさ、しっかりとした利益計算を事細かにボヌムに伝える。

 難しい顔をしていたボヌムであったが、全てを聞き終えたころには腕を組んで思案する表情に変わっていた。

 通ったか? と里藤が感じていると、ボヌムが執務机に乗り出す形になって里藤に訊いた。


「なかなか興味深い案ではあるが、カレーでなくクリームシチューではダメなのか? ウシシの乳といえば馴染み深い故にカレーよりも警戒されにくいとは思うが」


 里藤の食事を信頼しているため、辺境伯一家はカレーのディテールに言及はしなかったが、領兵の中にはそういうものに見えると呟いていた者もいた。

 味を見る前に、口にしてもらうことも叶わない可能性をボヌムは考えていたのである。しかし、ボヌムの言葉に里藤は首を振って否定する。


「現状では不可能ですね。仕込みに時間がかかりすぎます。スパイスの調合だけで調理のほとんどが完結するカレーと違い、シチューはコンソメから引かないといけないのでずっと俺が拘束されますから」


 カレー粉さえあればカットと煮込みだけの料理なので、短期間で調理できる人間を教育することができる。里藤はその点をプッシュした。


「ふむ。カレーは素人に作らせてもそこまで難しくはないと、そういいたいのだな」

「はい。それにクリームシチューと違って味を変えるレパートリーが豊富なので、大衆食にするにはもってこいです」


 自信満々に言い切った里藤の顔を見て、ボヌムは押し黙って眉間を摘まむ。


「少し考えさせてくれ。認めるにしても人員の手配がある」

「休暇をいただければ、試しに私が大森林まで赴いてみる手もありますが」

「いや、それならば領都で広めるほうが効率が……」


 無言。


「いい手を思い浮かんだんですが」

「そうか。私もだ、リトーくん」


 里藤とボヌムの視線が交差し、互いに笑う。

 主と料理人の悪だくみが理解できなかったオヴィニットは、ひとり黙ったまま大きなため息を吐いた。





「オニグモさんおるかー」

「おお。よく来たな賢人ピーケルよ」


 翌日。クアッドの部下であるナッズに同行してもらい、領都のオニグモ鍛冶に里藤はやってきていた。何度か交流することで里藤はオニグモから賢人ピーケルという渾名をつけられ呼ばれるようになっていた。


「すまんが貸してもらっている包丁はしばらく返せんぞ」

「あぁ、それは大丈夫だよ。そんなに使う機会がある得物じゃないし」


 里藤が貸している包丁は予備の牛刀で、普段使っている玉鋼製とは違いステンレス製のものである。そのステンレスについて研究しているオニグモは、同じステンレス合金の包丁が打てるまで返せないといっていた。


「それで賢人よ。今日はなんの用だ? 例の単式何某は全て納めたぞ」

「ああ。確かに受け取ったよ。だけど、ちょっと別のもんが入り用になってな」


 そういって里藤は恒例となりつつある木板に描いた設計図をオニグモに渡した。その木板に描かれた情報量に圧倒されて、オニグモは目頭を揉んだ。


「連式蒸留器という。オニグモさんに作ってもらった単式の発展版だ」

「待て待て。単式とやらでは不満なのか? 作って何日も経っていないんだぞ」


 不満気なオニグモを見て、里藤は慌てて否定する。


「違うんだ。単式と連式では質が変わるんだよ」

「質が変わる?」

「そうだ。両方とも強い酒を作るための装置なんだが、単式はそのまま強くするだけ。連式は猛烈に強くなる代わりに味が抜ける仕組みだ。両方とも必要なんだよ」


 里藤の必死の説明に、オニグモは「うーん」と唸る。連式蒸留器は木板に描かれた設計通りに作るならばどう考えても一ヶ月はかかるような道具であり、さすがに他の仕事もあるため受けるには躊躇する仕事だった。


「悪いが、ちょっと考えさせてくれや」

「こっちも無理を言ってる自覚はある。だが信用の面においてオニグモさんにしか頼めないんだ」


 そういってリトーが頭を下げる。オニグモは溜息をひとつ吐いて「しょうがねぇな」と観念した。


「軽く見積もって一か月だ、それ以上は早くならんぞ」

「ああ、構わないよ。俺もやらなきゃいけない仕事が多くてね……」


 ふぅ、と肩を回しながら里藤がいう。


「料理人ってのも肩こりと友達みたいだな」

「機械道具が使えればまだマシなんだが、ないものねだりしてもしょうがないからね」

「機械道具?」


 ピンと来ていないオニグモが里藤に訊いた。


「こう、ある部分を触ると円筒状の箱に内蔵された三つ矛の刃がグルグルと回って中身を粉砕してくれる道具とか、オニグモさんに作ってもらった泡だて器二つ付いた箱が泡だて器だけ自動で回るとかそんな感じの道具が機械道具ってやつ」

「あー。つまり、特定の合図で自動に動く道具ってことだな?」

「大雑把に言うとね」

「だったらリゼのところに行くといい。魔道具はそういうときのためにある」


 オニグモはしたり顔でそういった。


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